ニュース配信戦争勃発! 「ヤフーニュース独り勝ち」でネットメディアはどこへ向かうのか

1月9日(木)6時0分 文春オンライン

 昨年発売されていたニューズウィーク日本版2019年12月17日号で、ジャーナリストの石戸諭さんが「ヤフーニュースとはなんぞや」という特集をぶちかましておりました。特にこれと言った新情報もなかったんですが、みんな薄々思っていたことを現象としてうまくつなぎ合わせて論じていたこともありまして、年末年始にネット界隈で改めて話題となったわけであります。


特集:進撃のYahoo!

https://www.newsweekjapan.jp/magazine/256301.php



©iStock.com


掲載されると100万単位で読みにきてもらえる


 私自身もヤフーニュースで記事を書き、トピックスで取り上げていただくこともあるので利害関係者と言われればその通りなのですが、いまスマートニュースやLINEニュースなどニュース配信サービスが興隆してきていながらも、ヤフーニュースはなおニュース配信ポータルとしてトップに君臨しているのは間違いありません。


 なにぶん、ヤフーニュースのトップやトピックスに掲載されると100万単位でユーザーさんが読みにきてくれる記事になるということで、ヤフーに記事やコンテンツを提供している新聞社や雑誌社、ネットニュースにその他大勢、どうしても「いかにヤフトピに掲載してもらうのか?」という動機に直結するわけであります。当たり前ですよね、ヤフートピックスに記事を掲載されれば、多くの読者を集めることができ、その読者が観たページ数だけ、1回あたりいくらという報酬が、記事を提供した会社に入ることになります。



 そして、これらのヤフーニュースのトップに掲載するニュースを選ぶ「トピックス編集部」の「代表」は、記事によれば入社3年とメディア業務に従事した経験の浅い若者であるという。


 何だろう、このベテラン大工やとび職が、大学出たてで建設会社に入社した若者に管理されてしまう的な我が国の縮図は、と思うわけですけれども、石戸諭さんはこれを「権力」の行使であると言い、取材に応じたヤフーの現場サイドはあくまで「影響力」であると応じる。我が国のニュース記事の流通は、現場を見れば見るほど「意外と考えられているんだな」という納得と「え、そんな感じで成り立ってていいの」という驚きとで構成されているように思います。



紙の新聞紙を配る会社の運命


 石戸諭さんはあくまでジャーナリストとして取材して記事を書いておられるのが本件なので、ここでは問題意識こそあれ「では、どうすれば日本のジャーナリズムは成立するのんけ?」というテーマにはあまり踏み込んでいません。取材の対価としてどれだけの報酬が得られるのかというエコシステムの問題まででしょうか。しかしながら、改めて状況が整理された記事を読んでいて思ったのは「新聞紙を各家庭に配達し、一等地に土地建物をもっている新聞社や、そういう国内各種マスコミに情報を売って成立している通信社が、もしも本当に立ち行かなくなったらどうするのだろう」という点です。


 もちろん、新聞社各社が頑張って続けているいまの紙の新聞紙を各家庭に配る仕組みが、読者の高齢化とともに死に絶えていくなかで、産業としての新聞業界がいくら軽減税率を得られようとも読者とともに死んでいく運命にあることは誰も否定できません。



思ったより新聞が減っていない?


 ただし、ここには2つ論点があって、ひとつはそういう「おいしい事業」であった新聞社だからこそできた調査報道や各国津々浦々に記者を配置して記事を作って読者に届ける仕組みが維持できなくなれば、どうやって品質の高い記事で警鐘を鳴らし社会を動かしていくのか分からなくなるよなあという点。もうひとつは「紙からネットへ」と変遷した場合に、ネットで情報を流通させるときに本当に相応しい対価が払われる仕組みが準備されているだろうかという点であります。


 例えば、田中辰雄さんの議論の中に「ネットは社会を分断しない」という大テーマがあります。仮にもネットで情報を扱う身として、クライアントから提供されるデータを解析してもほぼ似たような結論になりますし、本件についてはほぼ実感に近いところなのですが、ではなぜ、紙の媒体が全盛だったころは「社会が分断されていないように見えていたのだろうか」という問いも生まれます。田中先生が解き明かしたことは、ネットが社会を分断しているわけではないという事実に留まらず、ネットがあろうがなかろうが、実は私たちの社会は意外と政治的には分断したところから成り立っていたのだという発見でもあります。


【SYNODOS】ネットは社会を分断しない——ネット草創期の人々の期待は実現しつつある/田中辰雄 / 計量経済学

https://synodos.jp/society/23196



 また、新聞に対する信頼度は低下し、新聞の発行部数も低迷が続いているとされる割に、思ったより新聞が減っていないようにも思うのです。もっとすぐ滅びると思ったんですけどね。


新聞への信頼感の上下とその理由(2019年公開版)(不破雷蔵) - Yahoo!ニュース個人

https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20191129-00152161/



読者世代であった団塊の世代が定年退職


 翻って、石戸諭さんが深く論じるのは、これらのヤフーニュースなどニュース配信系サービスが構築する「エコシステム」に背を向けて、古くから手掛けるマグロウヒルモデルとID統合による電子版で全ツッパをした日経「新聞社」の独特なポジションの成立から光明を見出そうとする動きです。もちろん、読売朝日毎日産経各紙も独自で読者の囲い込みを始め、いまやネットで読める新聞紙の記事は限られてきており、新聞記事のURLが流れてきて「おっ」と思っても会員しか読めないとか、無料登録しても読める記事の月間本数が限られているという半分有料モデル的な状況になっていることに気づきます。


 同様に、雑誌社についても業界を取り巻く環境は厳しく、新聞社以上に先に業界の死がやってくる可能性について模索しなければならない状況にあります。端的な話、一番の読者世代であった団塊の世代が定年退職して通勤しなくなって駅売りの雑誌、夕刊紙、スポーツ紙が一気に縮小。さらに年金生活者も後期高齢者に突入すると無料で得られる情報に群がるようになって、今度は可処分時間をテレビやネットにさらに奪われて市場が減少していき、取る新聞は1紙、1か月あたり情報摂取のために使う予算は中央値も平均値も4,000円を切る状態になってしまえば、新聞社も通信社も雑誌社もいつまでも中高年市場に頼るわけにもいかなくなるのも仕方のないところだと思うのです。



ヤフーニュースが担う役割の大きさ


 そういう業界環境にあって、芸能やスポーツといった軽く読むための読者がたくさん集まる分野から、こみいった国際事情やスキャンダルも含めたカネと手間と暇をかけた調査報道まで、多くの分野を飲み込むのがネット上でニュースを配信するデジタル・プラットフォーム事業者ということになり、寡占に近いヤフーニュースの担う役割が大きいというのは石戸諭さんの問題意識になります。


 今後はさらにニュースがネット経由、スマホ経由で閲覧されるようになるとき、単に役割・機能として「ヤフーニュースは凄いですね。影響力ありますね」というレベルでは済まない公益的な何かすらをも担う状況になり得ます。つまり、入社3年目の若者がヤフトピ選んでる状況で右往左往するのは、単に記事を配信する業者の利益や懐事情にダイレクトに影響するというだけでなくなります。トップ記事に「元日産会長ゴーンさんレバノンへ逃亡」とするとき、どのトーンの記事を上に置くかこそ、ヤフーが単にデジタル・プラットフォーム事業者という枠を超えて「それって編集権を行使しているに等しいですよね」と言われる状況にすらなるわけです。



開示されるべきは「基準」と「根拠」


 調査報道としてカネがかかった記事だから偉いのか、現地報道で身を削ったカメラマンが撮影した記事だから凄いのか、あるいは、お手軽に記者会見を見物に行って仕上げた芸能人の色恋沙汰の記事が望まれるのか、この辺は限られたトップの中でどれだけ多くの人が満足してそのサービスを使い続けてくれるかという競争があるのだとするならば、なるだけ、その競争の内容は明示してくれよと思います。



 石戸諭さんがYahoo! JAPANに取材して応対した人たちが、ごく当然の風情でヤフートピックス編集の様子を露わにしていて、いや、開示されるべきことはどんな優秀な若者がその担当をしているのかではなく、Yahoo! JAPANはその影響力(権力)をどのように行使し、何を目指すなかで、毎日何千本と各社から配信されてくる記事から珠玉の数十本を選び出してアクセスを流し込もうとしているのかという基準と根拠です。


こんな良質な記事がタイムリーに出ていたのに……


 例えば、映像作家でジャーナリストの岸田浩和さんが香港デモ(動乱)のドキュメンタリーを現地にいるViola Kamさんと取材してまとめた凄い記事が出ているのですが、ヤフーニュース「国際」でトップを飾った他の香港系の記事はまったくテーマの異なるものでした。限られたスペースで、取り上げられる記事数もそう多くない以上、どうしてもそこには掲載するYahoo! JAPAN側の「恣意」「判断」が働くのは仕方のないことですが、目を通していて「えっ、こんな良質な記事がタイムリーに出ていたのに、なぜトピックスのような人目のつくところでピックアップされなかったのだろう?」という気持ちにすらなります。


「自分に何ができるか」飛び交う催涙弾と火炎瓶……香港デモ密着ルポ 若者たちの胸中

https://news.yahoo.co.jp/feature/1529



 そして、そういう思いはコンテンツに携わる側、各分野でその問題を詳しく知る側からすれば、ほぼ毎日と言っていいほど、各メディアに対して抱く感想になります。新聞紙の1面しかりヤフーニュースのトップしかり、限られたスペースだからこそ、媒体を信頼して読みにきているたくさんの読者と、そこに記事を配信できることを願う記事の書き手との間を取り持つデジタル・プラットフォーム事業者に「もう少し、どういう基準で記事を掲載しているのか、ちゃんと説明しておくんなまし」と思ってしまう瞬間なわけです。



人を動かすニュース記事を選別する側の驚くべき軽さ


 そして、石戸諭さんはまさにヤフーニュースの立ち上げで尽力された奥村倫弘さんへもインタビューしています。何の因果か、私のやっているサロン『漆黒と灯火』でも奥村さんをお呼びして話を聞く予定だったりもしますが、石戸諭さんが今回の記事で解き明かしたのは、人を動かすニュース記事を選別する側の驚くべき軽さではなかったか、と思います。


漆黒と灯火

https://yakan-hiko.com/meeting/yamamoto.html


 ヤフーニュースに携わる責任者の人たちもまた、かなり歴戦の勇士が揃っていますし、私もご担当者と話をする中で「ああ、この人はよく分かっているし、慎重だし、信頼が置けるなあ」という人も少なくないからこそ、いまでも関係が継続し、逆に教えていただくこともまた多々あり、より良い記事を作ったり、調査や取材で不安になったときは相談をしたりします。



フェイクニュース、間違った情報、そしてヘイトコメント


 逆に言えば、ネット社会が広がり、新聞社や通信社、雑誌社などが培ってきたお作法やコストのかけ方を知らない人たちの手による記事が増えてきた結果、より多くの人に読まれさえすればよいのだろうという記事がたくさん量産されて、またそれがコンテンツにお金を払いたくないと思う読者の支持を得て伸びてしまった、というのが実情ではないかと思います。ヤフーニュースは広告ベースの仕組みであるからこそ無料で良質な記事を広げるエンジンの役割を担った一方、前社長の宮坂学さんが構想したような「日本版CNNを作りたい」という方針のはずが結果として「ネット版鉄道弘済会によるキヨスク」ができてしまったのかもしれません。



 そして、今後はフェイクニュース問題も含めた、間違った情報を流布させたときにどう対処しますかという課題を突き付けられていきます。本来は、言論や表現の自由が憲法で認められている以上は、ネットで有象無象が面白半分に発言することもまた国民の権利であるわけですが、石戸諭さんの記事にもある通りヤフーに掲載されたニュース記事に対して、偏りのある読者がヘイトコメントを書いている現状をどうにかしろというのもまた分かります。



Yahoo! JAPANとLINEの経営統合


 そればかりか、いまや各媒体の執筆記事が第三国からの資金・情報提供で書かれた都合の良い記事が流通してしまう類の安全保障上の問題であったとき、単に「コメント欄については問題のある書き手は独り相撲モードにして、その人にしか見えないようにするので対策は概ね大丈夫です」とはならない問題を引き起こします。


 ときとして「マスゴミ」とまで揶揄されるマスコミ批判のすべてが正しいとは思いませんが、物事の事実関係がすべて確認されたものだけヤフーニュースで掲載されます的な状況が望めない以上は、ヤフーニュースにどのような役割を社会的に求めていくべきかはよく考えていく必要があります。


 最後に、Zホールディングスが傘下のYahoo! JAPANと、SNS大手のLINEの経営統合を発表したことは触れざるを得ません。この合併により、ニュース配信のサービスにおいては、実質的にガリバーであるヤフーニュースと、スマホ経由の情報流通では2位と目されるLINEニュース(Livedoorニュース含む)とが同一資本に入ることになります。



グランドデザインやそれを支える価値観・哲学の不足


 これもう、ネット発の大正義通信社よね。大丈夫なのかしら、と心配になるのは、やはり前述の恣意性がなかったとしても結果として編集権を行使しているに近い状態になるわけでして、本件以外でも問題山積であるとはいえ公正取引委員会はどう思っているのか気になるところではあります。とはいえ、良かれと思った国内大手の事業者同士の経営統合(株式の7割以上を韓国資本に握られているLINEを日本の国内事業者と判ずることに難色を示す人は確かに少なくはありませんが)で日本の当局がこの経営統合を妨害することで、結果として日本の当局や法律が及ばないGoogleやFacebookなどの海外事業者がより日本国内で躍進することも考えられるので、このあたりの機微は非常にデリケートなところではありますが。


 それもこれも、我が国が国内にあるデータをどう利活用したいと思っているのか、ニュースを含めたコンテンツの流通についてどういう国益を確保しようとし、どのような競争戦略を敷いて国民や社会の利益に資する活動に企業を従事させたいと思っているのかというグランドデザインやそれを支える価値観・哲学の不足に問題があるようには思います。



 いまの新聞社や通信社、出版社がガバッと死んでも喜ぶのは馬鹿しかいないと思うので、石戸諭さんの記事も踏まえて、デジタル・プラットフォーム事業者が構築するべきコンテンツ業界のエコシステムについて是非考えていっていただければと願う次第でございます。



(山本 一郎)

文春オンライン

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