無敗の男・中村喜四郎は、なぜ誰にも聞かれていない場所で演説するのか

1月10日(金)6時0分 文春オンライン

「誰にも聞かれていない場所で演説を続けられるようになって、ようやく一人前なんですよ」。中村喜四郎の言葉だ。“日本一選挙に強い男”とも呼ばれる衆院議員である。何しろ無所属での当選回数のレコードを持つ。選挙に勝つこと14回、そのうち7回が無所属での選挙になる。


まさに「地獄の黙示録」のカーツ大佐を見るかのよう



2014年の総選挙で当選が決まり、笑顔で花束を受け取る中村氏 ©共同通信社


 そんな中村の名を聞いても、「むかし逮捕されてムショに入ったひと」くらいのイメージしかもたないひとは多かろう。それもやむを得まい。なにしろ四半世紀近く、ろくにメディア露出してこなかったのだから。ゼネコン汚職で「国策捜査」のようにして逮捕(1994年)され、有罪判決を受けて下獄(2003年)する。検察の取調に完全黙秘を貫いた中村は、マスコミに対しても一切を語ることなく、ただ選挙に出て、ひたすら当選し続けた。


 その間、すし詰めの支援者を前にして、はちまき姿で演説する中村の狂気じみた姿をニュース映像でときおり見た。「中村教」と支援者たちは言うのだが、それはまさに「地獄の黙示録」のカーツ大佐を見るかのようであった。沈黙を続ける中村の闇の奥に入っていったのがノンフィクションライターの常井健一である。『 無敗の男 中村喜四郎 全告白 』(文藝春秋)はその著書だ。



 中村は、選挙ともなると決起集会に5000人を集め、1日20箇所まわり、「夜は個人演説会で千人以上、全員に握手して二時間叫ぶ」のだという。68歳でむかえた先の衆議院選挙も、そうした人気アイドル顔負けの活動を連日こなして当選を果たす。このような熱狂は日頃の地道な活動の下地があってこそだ。中村は「無反応を確かめる」ように街宣活動を続け、ひとのいない場所にひとりで立って演説をする。端からみればバカバカしいことを続けることで、信用を得ていくのだという。


選挙における「音」でいえば……


 そして、中村ならではの選挙戦術がオートバイだ。「オートバイに乗って遊説する時は静かに乗っていてはダメなんですよ、静かでは。音が人を興奮させるわけだから、うるさくないと意味がない」と言う。


 選挙における「音」でいえば、山本太郎も音にこだわる。なにしろ「選挙フェス」を謳うくらいだ。これまた常井による「れいわ新選組・山本太郎の研究」( 「文藝春秋」2019年10月号 )によると、山本陣営は10人近くの音響のプロを抱え、演説会場には録音スタジオでも使われる音響ミキサーや超高性能スピーカーが配置されるのだという。そうまでして聞き心地を追求するのは、「山本の演説を聴いた人の数しか支持者は生まれないからだ。『声が聞こえる範囲にしか人は集まらない』というリアリズム」に徹してのことだと常井は記している。



SMクラブでの“プレイ”をめぐって息子と取っ組み合いのケンカ


 それでいえば中村の選挙は、日頃から「無反応を確かめる」ような活動で得た信用の一つひとつを、オートバイの音で掘り起こし、掻き立ててまわっているかのようだ。「選挙は騒音」といって憚らない、意識高い系の者がヒステリーをおこしそうな選挙戦術である。しかしそうやって中村は、政党や企業の支援もなしに、個人の力で選挙を勝ち続けるのであった。


 ところで『無敗の男』で常井が書くのは中村の政治活動ばかりではない。政治家だろうがなんだろうが、誰しも様々な事情を抱えて生きている。あるいは「どんな家にも問題がある」とは森健『 小倉昌男 祈りと経営 』(小学館)の有名なフレーズだが、中村の家庭も例外ではない。


 そのむかし、六本木のSMクラブの元女王様が中村とのプレイを「週刊現代」で告白する。1993年のことだ。当時、中村の長男はまだ小学生で、そのことが心の傷として残りつづけ、後年、親子で取っ組み合いのケンカをすることになる。


 そのおり、中村はしらを切ることなく、こう言ったという。「ちゃんとお金を払って、楽しませてもらっただけだ」。



最近になってインタビューを受ける理由とは


 たとえば山崎拓はどうか。山崎は回顧録『 YKK秘録 』(講談社)で、会合の店名や密談のホテルの部屋番号にいたるまで事細かく記し、その折々の政局と自らの政治家活動を振り返る。しかし選挙の落選(2003年)については「不覚をとってあえなく落選した」とだけ記している。不覚もなにも「週刊文春」(2002年5月2・9日号)の「山崎拓『変態行為』懇願テープとおぞましい写真」で暴かれた愛人問題で信頼を失った結果に他ならない。


 刑務所にまで入った中村にすれば、過去のスキャンダルを自分の評伝に書かれるくらい、どうということはないだろうが、読むほうからすると、それを隠さないことでこのひとは信頼できると思い、それを遠慮なく書く著者にも同様の思いを抱こうか。


 そうした常井の取材を除いては、長らくマスコミを避けてきた中村だが、最近になって報道各社のインタビューを受けるなど、表に出るようになる。それは安倍政権を倒すためだ。


 昨年末の東京新聞の取材では、「私がいたころの自民党には謙虚さがあり、権力を使うことに抑制的だった。何か問題があれば新しい党の顔が出てきた。自分で自分を批判できたから野党は必要なかった」と述べる(12月27日 朝刊)。ところが野党が必要とされる今日にあっても、野党は細かいことにこだわり、まとまらずにいる。そこで中村は動き出したのであった。


 野党といえば、ながらく野党の顔であった者にまつわる逸話が『無敗の男』にある。



「政治家としての感性は、歩かないと磨かれない」


 菅直人が年金未納問題(2004年)で四国八十八箇所参りのお遍路に出かける。坊主頭に白装束姿を記憶する者も多かろうか。実は同時期、中村も出所を機にお参りしている。そのとき、中村が寺の台帳に記帳しようとすると、菅の名前があったのが途中から消える。帰ってしまったからだ(菅は「つなぎ遍路」で9年かけて7回にわけてまわる)。対して中村はといえば、運動着を着て人知れず早朝から歩いては40日でまわり切るのであった。


 このエピソードには「野党とはなにか?」の寓話性がある。上っ面のパフォーマンスにうつつを抜かすのが、民主党をはじめとする近年の野党の習性だ。そこにあって小沢一郎が力を持ち続けるのは、そうした野党のなかでも自民党伝来の「ドブ板選挙」を知ることでの選挙に強いとの神話性によってであったろう。小沢の師にあたる田中角栄は、初選挙の者に「戸別訪問3万軒、辻説法5万回」を説いた。田中の秘書だった中村もおよそ11万軒をまわる。「政治家としての感性は、歩かないと磨かれない」と中村は言う。



「マニフェスト選挙」だ「まっとうな政治」だといった野党が謳うムーブメントは、一時的には意識高い系のひとたちにウケても、すぐに廃れるのが常だ。まして声高に立憲主義をいったところで、いくつになっても「センター試験で何点だった」と話すような大卒の郷愁を誘うだけだろう。


「陽の当たらぬ場所」のひとたちの怒りと恨み


 そういえば『無敗の男』は最終章で、ロッキード事件で逮捕されてなお選挙に勝つ田中角栄を「圧勝させたもの」を洞察する、本多勝一のルポ『 そして我が祖国・日本 』(朝日新聞社)を紹介している。そこで本多は土建屋中心の利益集団の票ばかりではなく、「陽の当たらぬ場所」のひとたちの怒りと恨みが当選させたのだと説いた。そして言論人は田中の当選を「地方ならではの『政治意識の低さ』や『遅れた民度』」と冷笑するが、そうした者たちやマスコミの田中批判は「都会人の遊び」にしか映らないのだといい、野党関係者などにこそこれを読んでほしいと本多は述べた。これは極めて今日的である種の安倍政権批判への反応にも重なり合おうか。


 中村が政治の世界にはいったとき、保守王国・茨城は企業や有力者を他の自民党議員が押さえ切ってしまっていた。だから「オレは百票持っている」とうそぶく者を相手にするのではなく、「家族三人しかいないけど、みんなで応援する」という支持者をつくっていったのだという。もし企業や有力者に頼っていたら、逮捕をきっかけに皆、逃げてしまうだろうし、まして影響力の限られる無所属では当選し続けることなどできなかったろう。一般のひとの支援をかき集めるからこそ、中村は「日本一選挙に強い男」になったのだ。


「桜を見る会」に呼ばれることもない、意識高い系でもない、普通のひとに声をかける政治。そこに可能性はあるに違いないと、『無敗の男』は教えてくれようか。そしてなにより、バイクに乗ったり演説したりする中村喜四郎を生で見たい気にさせられる一冊である。




(urbansea)

文春オンライン

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