軽井沢バス事故4年 「就職、結婚…未来見たかった」 遺族ら事故現場に献花

1月16日(木)8時27分 毎日新聞

死亡した田原寛さんの名前が刻まれた「祈りの碑」を磨く父義則さん=軽井沢町で2020年1月15日午後1時55分、原奈摘撮影

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 大学生ら15人が死亡した長野県軽井沢町のスキーツアーバス事故は15日、発生から4年を迎えた。事故現場には遺族らが続々訪れ、犠牲者をしのぶとともに「二度と悲惨な事故を起こしてはいけない」と再発防止を誓った。【島袋太輔、原奈摘】


 15日朝、事故現場に建つ、死亡した学生らの名前が刻まれた「祈りの碑」は、供えられた色とりどりの花であふれ、雪が積もっていた。当時、寒空の下で救助を待っていた学生らの苦痛が、訪れた人々の目に浮かんだ。


 首都大学東京2年の田原寛さん(当時19歳)を亡くした父義則さん(54)=大阪府吹田市=は、寛さんの形見の青いネクタイとストライプ柄のマフラーを身に着け、母由起子さん(53)と献花に訪れた。遺族会「1・15サクラソウの会」代表として国土交通省などと再発防止の協議を進めており、「かなり進んだ部分もあるが、安全は『100点以上』が必要」と指摘。「告別式の時に息子の死を無駄にしないと約束した。活動を振り返り、『背中を押してくれてありがとう』と伝えた」と語った。


 甘党の寛さんが好きだったシュークリームも持参。由起子さんは「年末に夢に出てきて、帰って来てくれてうれしく思う半面、寂しくなった。20歳になり、就職、結婚、という未来を見たかったな」と涙をこらえた。


 東京農工大1年の大谷陸人さん(当時19歳)を亡くした父慶彦さん(54)=東京都杉並区=は「4年前もこんな寒い日だった。陸人の人生が終わったことが、ここに来る度に思い出されてしまう」と心情を吐露。親子そろってラグビー好きで、2019年のラグビー・ワールドカップ日本大会で日本戦2試合を観戦した。慶彦さんは「息子と一緒にいないのが非常に悔しかった」と肩を落とした。


 佐々木紀国交政務官も訪れ、義則さんと慶彦さんに「再発防止に取り組む」と伝えた。


 軽井沢町の藤巻進町長は、町議会議長らと献花。「4年たったが、遺族の悲しい気持ちは何年たっても癒えないだろう。若い命を亡くしたことは大変悲しい。事故が二度と起きないように再発防止を願った」と述べた。

毎日新聞

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