「女性との間に『温かなもの』があった」“性暴力”広河隆一氏、「報告書」の身勝手な主張

1月17日(金)18時45分 文春オンライン

「週刊文春」( 2019年1月3・10日号 、 2月7日号 )の記事で明らかになった、フォトジャーナリスト広河隆一氏(76)による、セックスの強要や裸の撮影などの性暴力・セクハラ。


 実情を調べていた検証委員会は昨年末、「報道された内容は事実であると確認した」とする 報告書 を公表した。


 涙を流す被害者たちから話を聞き、上記記事を書いた私にとっては、当然の結論だ。


 報告書は、文春報道で触れなかったセクハラやパワハラ、会社関係者の責任にも言及した。当初、 広河氏や会社に厳しい記述は期待できなかった だけに、踏み込んだ内容になったのは率直に評価したいと思う。


 報告書には、広河氏が検証委の聴き取りで語ったとされる言葉が散りばめられている。グロテスクな思考と感覚の開陳にあきれるばかりだが、その中に、この問題を取材してきた者として看過できないものがあったので、指摘しておきたい。



広河隆一氏 ©共同通信社


「悪質な代償型セクハラである」


 その前に、検証報告書の要点を紹介しておこう。


 検証は、広河氏が発行していた月刊誌「DAYS JAPAN」の発行元(株式会社デイズジャパン)が設置した、外部の有識者3人による検証委が進めた。


「DAYS JAPAN」や広河氏と関わりのあった45人にヒアリングを実施。その結果、広河氏は「DAYS JAPAN」を発行していた2004〜2017年に、少なくとも以下の加害行為をしたと認定した。


・性交の強要 —— 3人

・性交には至らない性的身体的接触 —— 2人

・裸の写真の撮影 —— 4人

・言葉によるセクハラ(性的関係に誘うなど) —— 7人

・環境型セクハラ(アダルトビデオを見える場所に置く) —— 1人

(複数種類の被害を受けていた女性は、被害ごとにカウントされている)



 これを踏まえ、広河氏の行為は「著名なフォトジャーナリストとしての肩書きを濫用し、女性たちから自身への尊敬の念に乗じ、権力性を背景に重ねた、悪質な代償型セクハラである」と断じた。


 明快な「有罪判決」である。


 この検証結果を受け、被害女性の1人が今月、デイズジャパンに慰謝料など400万円の損害賠償を請求した。


「これだけの事件を起こしながら、会社が何の責任も取らずに終わったという前例を作りたくないんです」と女性は話す。


 デイズジャパンはどう応じるのか。


 問い合わせると、「個別の事案に応じて誠実に対応してまいります」という形式的な回答が、代表清算人・川島進氏(元DAYS JAPANアートディレクター)、竹内彰志氏、河﨑健一郎氏(ともに弁護士)の連名で返ってきた。



女性たちとの間に「温かなもの」などあったはずがない


 本題に入りたい。


 113ページに及ぶ報告書を読んでいると、広河氏の言い分に、たびたび目が点になった。


 とりわけ私が引っかかったのは、次の認識だ。


「男女がたとえ、地位や力の世界であっても、すべてがセクハラが絡む関係とならないはずだ。セクハラという言葉で関係が語られたその瞬間に、それまでの男女の心の中に育ったはずの温かなものは、一切なかったように女たちは語り始める。あの時期はそれほどひどいものだったのか、あの時語り合ったことは、そんなに色あせたものだったのか、男たちは愕然とする。そして残ったのは加害と被害だけなんてひどすぎる、と考える」(検証報告書41ページ、107ページ。太字は筆者)


 広河氏がここで言う「温かなもの」とは、いったい何なのか。


 本人に確かめようと、電話をしメールを送ったが、応答しなかった。検証委に尋ねると、広河氏は聴き取りの際、具体的なことは言わなかったという。



 おそらく広河氏は、女性たちとの間には「温かなもの」があったのだから、セックスはその延長線上の、恋人同士の行為だったとでも言いたいのだろう。


 だが、広河氏と被害女性との間に「温かなもの」などあったはずがない。


 そして、この救い難いほど身勝手な広河氏の認識が、彼の性暴力の根源にあったと私は思う。


「口説き」ではなく、実質的に「わな」だった


 私が話を聞いた被害女性たちの中で、温かい雰囲気の中で広河氏とセックスをしたと振り返った人は1人もいなかった。


 ある人は、広河氏に強く叱責された直後にホテルに連れて行かれ、「許してほしいなら、こうしてわかりあうのが一番だ」と言われた。


 別の人は「僕のアシスタントになるなら一心同体にならないといけない」と条件提示をされた。


 また別の人は「取材先の男性たちとセックスするか、それとも僕と一つになるか」と恐怖の二者択一を迫られた。



 もし広河氏が言うように、女性たちの間に「温かなもの」が育っていたなら、こうした卑劣な方法でセックスを要求する必要などなかったはずだ。潔く誘えばよかった。


 しかし、現実には「温かなもの」など存在せず、正面切って誘うとセックスできないと思ったから、広河氏は女性を追い込むことで、欲望を満たしたのではないか。


 女性たちにとって広河氏は、指導者であり、雇い主であり、編集長という権力者だった。ノーと言えば、疎まれる、仕事がしにくくなる、将来への展望が閉ざされるなどの不利益をもたらすことが、容易に想像できる相手だった。


 実際、検証報告書には、広河氏が「女性を性的に誘い、それを断られたら、退職に追い込むような態度をとっていた」という証言が出ている。


 広河氏は強者対弱者の力関係の中で、自分とのセックスを受け入れるよう女性たちに詰め寄った。それは「口説き」ではなく、実質的に「わな」だった。


 これを卑劣と言わず、なんと呼ぶべきか。



被害女性に謝罪することを拒んだ広河氏


 そんなふうに女性たちに迫った記憶はない、と広河氏は言うだろう。


 事実、11回応じたという検証委の聴き取りに対し、広河氏は次のように言って、被害女性に謝罪することを拒んだという。


「思い出せないのに、事実と認めて謝るというのは、謝罪を受けた人にとっても謝る人にとっても許されることではないと思う」


「相手に会って顔を見て話したら多くのことを思い出せるかもしれないが、それもできないならどうしたらいいのか」


「嫌な思い、素敵な思いをした人にとっては大事な記憶として残るかもしれないが、嫌な思いをさせたことがないと信じている自分にとっては、記憶にとどめる理由がなかったのかもしれない」



 これも広河氏の恐ろしい内奥をのぞかせる説明だ。広河氏は、性行為の強要を「記憶にとどめる理由」のないことだったと言っているに等しい。


 女性たちにとって忘れたくても忘れられない恐怖と混乱と屈辱の体験は、広河氏にとっては何ら印象に残らない、自然な行動だったというのだ。


 一方で、女性との間に「温かなもの」があったことはちゃんと覚えていると、広河氏は訴える。


 この落差に唖然とする。


なぜ女性たちは広河氏にやさしい言葉をかけたのか


 広河氏に性行為を強要された女性たちには、人としての尊厳を踏みにじられた後も、広河氏に一見やさしい言葉をかけた人がいる。


 ある女性は、風邪をひいた広河氏に「お大事になさって下さい」などとメールを送ったという。別の女性も、広河氏の健康を気遣うメールを送信したことがあった。


 広河氏は、これらの声がけを「温かなもの」に含めているのかもしれない。


 だとすれば、広河氏は大きく間違っている。



 女性たちはメールを送った目的を、次のように私に説明した。


「(広河氏を)爆発させたくなかった。少しでも上機嫌に事務所に来させるための布石だった」


「再び性的な暴力を受けるのが怖くて、社交辞令を言って様子を探っていた」


 彼女たちにとっては、温かな要素などみじんもなかった。心の中は最初から完全に冷え切っていたのだ。



被害者が加害者に迎合したような行動を取る理由


 表面的には矛盾しているように見える女性たちの言動は、性暴力の被害者には珍しいものではない。


「性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査」(NPO法人日本フェミニストカウンセリング学会、2019年)では、性被害に遭った後に、加害者に好意を寄せていると取られかねないメールや手紙を送った次のような事例が、20件近く報告されている。


「加害者の感情を逆なですると私の職場環境が悪化すると考え、メールで相手をなだめるようにしていった」


「加害者の考えを先取りして、メールし、歓心を買おうとするまでになっていた。喜ぶとほっとして、『これ以上悪いことは起きないだろう』という安心が得られた」


 メールにとどまらず、マフラーや眼鏡などを加害者に贈っていたケースも、10件以上報告されている。加害者の妻に「浮気」を感づかせ、加害行為をやめさせることなどが目的だった。


 こうした言動は日本人に限ったことではない。例えば、#MeTooのきっかけとなった米ハリウッド映画界の大物プロデューサー、ハービー・ワインスティーン被告の性暴力でも、被害女優たちが同被告に "I love you" といったメールを送っていた。



 被害者はさらなる被害を避けるため、加害者に「自分に気がある」と勘違いを起こさせることもする。それを「温かなもの」と受け止め、さらに大胆になる加害者もいるだろう。


 広河氏はその1人だったのではないか。


 日本フェミニストカウンセリング学会は、調査報告書でこう訴える。


「被害者は相手を怒らせないようにと加害者に迎合したような行動を取ることが少なくないが、その必死の思いや混乱した心理状態からとられた対処行動がなかなか理解してもらえない」


報告書が示す広河氏の人間性


 先ほど引用した広河氏の言い分には、「男女がたとえ、地位や力の世界であっても、すべてがセクハラが絡む関係とならないはずだ」というくだりがある。


 その通りだろう。すべてがセクハラが絡む関係だったら、世の中大変なことになる。


 立場を利用して性的行為を迫らない。相手を抵抗しにくい状況に追い込まない。同意を大事にする。いやがることをしない。


 これらが守られれば、どんな立場にある者同士だろうと、性暴力もセクハラも絡まない関係がつくれると思う。


 しかし広河氏は、そのすべてが欠落していた。そのため、女性たちの尊厳を踏みにじり、深刻な傷を負わせ続けた。


 広河氏はパレスチナやチェルノブイリなどで、虐げられる側の痛みや悲しみをくみ取り、写真や文章で伝えてきたはずだった。



 その人権派ジャーナリストが、目の前にいた女性が不本意なセックスを迫られ、嫌な思いをしているのにまったく気づかなかったと、今回の報告書では主張している。


 そして、女性との間に「温かなもの」があったのは確かだが、強引に性行為に及んだことは記憶にないと言い張っている。


 ここまで都合のいい感覚と記憶をもつジャーナリストがしてきた仕事には、強い疑いの目が向けられるべきだろう。



(田村 栄治)

文春オンライン

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