岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち ソレイマニ「殺害」シナリオの本音は何か

1月19日(日)17時30分 J-CASTニュース

トランプ大統領がイラン国民向けに発信したペルシャ語のツイッター

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Soleimani was our hero. They killed him. Why? Are we humans or not? What should we do? You tell us.

「ソレイマニは僕らの英雄だった。あいつらは彼を殺した。なぜ? 僕らは人間なの、違うの? どうしたらいいんだ? 教えてくれ」

2020年1月7日、米ネットワークMSNBCのレポーターにマイクを向けられたイランの若者が、涙で顔をくしゃくしゃにしてむせび泣きながら訴えた。


「米国へのメッセージは?」と促されると、声を振り絞るように言った。


We love Americans, but we hate your President.

「僕らはアメリカ人が大好きだ。でも君たちの大統領は大嫌いなんだ」


「世界ナンバーワンのテロリストを殺害した」



その1週間後、米トランプ大統領は、大統領選の激戦区ウィスコンシン州の支持者集会で、ガセム・ソレイマニ司令官殺害について、こう言い放った。


「私の指示により、米軍は完璧な精密攻撃を行い、世界ナンバーワンのテロリストを殺害した」、「このクソ野郎のせいで、足や手のない人間がたくさんいる」

1月3日、米軍は無人機から発射したミサイルで、ソレイマニ司令官を攻撃した。イラクのバグダッド空港付近を走る同司令官らの車列に向けて、ミサイルを発射したのだ。


トランプ氏に対しては、「攻撃されてもいないのに、イラク領内で武力行使を行った」、「人を殺しておいて、自画自賛とは呆れてものが言えない」と、国内外で厳しく批判が起きている。


ソレイマニ氏は、イラン革命防衛隊の先鋒「クッズ部隊」の司令官だった。クッズ部隊は、中東など国外でのイランの支配を拡大するために、武装組織を支援する工作機関だ。同氏は信念が強く、軍人として傑出していることなどから信望が厚く、イスラム過激派組織「IS」掃討に一役買うなど、「イランの英雄」とされてきた。



双方が避けた本格的な「戦争」



国連憲章では、国連安全保障理事会が認めた場合や、武力攻撃に対する自衛権行使を除いて、他国への武力行使を禁じている。


とはいえ、トランプ氏に殺害を正当化する理由がないわけではなかった。ソレイマニ司令官はこれまでにイスラム教他派などに対して、大量虐殺を含む数々の残虐行為を指示してきた。


2007年、ソレイマニ氏は国連安全保障理事会決議の制裁対象となった。また2019年には、米国がイラン革命防衛隊をテロ組織に指定した。


2019年12月27日には、米軍が駐留するイラク北部の基地がミサイル攻撃され、複数のアメリカ人が死傷した。イラン革命防衛隊が支持する軍事テロ組織による犯行とされている。31日、同組織はイラクにある米大使館も攻撃した。1979年に起きた在イラン米大使館人質事件の二の舞になる、との恐れもあった。


今回の殺害について米国務省は、「米国民への差し迫った攻撃を阻止するため」であるとし、「ソレイマニ氏がさらなる攻撃を計画していた」と主張する。


殺害を受け、イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は米国に対して厳しい報復攻撃を宣言した。


イラン軍は2020年1月8日、在イラク米軍基地にミサイルを発射。イランはイラクに対して事前に発射を通知。イラクはその情報を米軍に伝えたため、米兵に死傷者はなかった(米軍属1人が死亡)とされている。


イランでは複数のメディアが、「この攻撃で米国のテロリストが少なくとも80人死亡した」と報道。イランの国民感情に訴えると同時に、米国との戦争を避ける形となった。



イラン国民に向けたメッセージ



トランプ氏も大統領選を前に、戦争は避けたいと思っているはずだ。米国による2001年のアフガニスタン攻撃、2003年のイラク侵攻、2011年のシリア紛争と、多数の死者を出すなど犠牲ばかり大きく成果のない戦争に、米国民は辟易しているからだ。


イランによる米軍基地攻撃の5時間後、イランの対空ミサイルがウクライナ航空機を撃墜し、乗客176人が死亡する事故が起きた。ほとんどはイラン人とイラン系カナダ人だった。


イラン政府は当初、墜落を「技術的トラブル」と発表したが、米メディアなどの報道を受けて、イラン軍の誤射であると認めた。


ウクライナ航空機の撃墜について、「事実を隠蔽していた」と国民の怒りが爆発。イラン国内で反体制デモが起きた。


「私たちの敵は、米国だと体制は嘘をつくが、敵はここにいる」、「お前たちは自分たちの代表じゃない」と現体制や革命防衛隊を非難している。


デモの様子を画像や動画で見ると、おそらくそれを踏みつけるようにと地面に星条旗とイスラエル国旗が大きく描かれているが、参加者の多くが踏まないように、避けてその周りを歩いている。


イランでの反体制デモは、今に始まったことではない。米国の経済制裁によって財政が悪化。2019年秋にもガソリン価格の大幅な引き上げに反発し、抗議デモが起きた。政権側はインターネットを遮断し、弾圧に乗り出した革命防衛隊が数百人を殺害した。


これを受けてトランプ大統領はツイッターで、英語とペルシャ語で次のように呼びかけた。


To the brave, long-suffering people of Iran: I've stood with you since the beginning of my Presidency, and my Administration will continue to stand with you. We are following your protests closely, and are inspired by your courage.

「長い間、苦しみ続けた、勇敢なイラン国民へ。私は大統領に就任した時から、あなたたちを支持している。私の政権はこれからもずっと、支援し続ける。あなたたちの抗議をじっと見守り、勇気に励まされている」


There can not be another massacre of peaceful protesters, nor an internet shutdown. The world is watching.

「平和な抗議者らの虐殺やインターネットの遮断が、再び起きてはならない。世界が見ている」


イラン系アメリカ人の複雑な視線



イラン系アメリカ人で外交政策専門家のナジー・モイニアンさんは、「イラン国民には親米派も多い。彼らに力を与えることが現状のジレンマから抜け出す答えだと、トランプ大統領はよくわかっている。イラン国民に手を差し伸べたことは、称賛に値する」とFOXニュースで評価している。


ニューヨークで2年前の春に私が知り合ったイラン系アメリカ人男性(60代)は、「ソレイマニ殺害を批判する民主党支持者たちは、腐敗した政権やテロリストを支持するというのか。イラン国民にとって、大きなチャンスがやってきた。自由と民主主義を勝ち取るために立ち上がったんだ」と興奮を隠さない。


一方で、「火を付けたのはトランプ自身だ。私たちをずっと支持してきたのなら、なぜ『イラン核合意』から一方的に離脱し、経済制裁を加え続けたのか」と憤りの声もある。


「共和党も民主党も、大統領戦のためにイランを利用しているだけ」と米国内の反応を冷ややかに見ているイラン系アメリカ人も少なくない。



世界中にいる司令官を英雄視する「分身」



イランでは「反米・反イスラエル」が、国をまとめるためのイデオロギーでもあった。現イスラム政権が崩壊し、イラン革で失脚したパーレビー国王(皇帝モハンマド・レザー・シャー)のような親米政権に変わることを、トランプ氏は期待しているはずだ。


高齢のハメネイ師の死後、クーデターが起き、米国を敵視してきたソレイマニ司令官が後継者となると一部に噂されていたことも、トランプ氏が同司令官を「排除」したかった理由かもしれない。


イラン核合意離脱、経済制裁の強化、ソレイマニ司令官殺害、イラン国民への支持、経済制裁のさらなる強化、イランの経済破綻、イラン現体制の崩壊——。すべてがトランプ氏のシナリオどおりに進もうとしているかにも見える。


「歴史に残る賢い大統領だ」とトランプ氏を大きく評価する人がいる一方で、「米史上最悪の大統領だ」と酷評する専門家たちは次のように警鐘を鳴らす。


米国はこれまでもテロリストを殺害してきたから、ソレイマニ司令官殺害も大したことではない、とトランプ氏は考えているかもしれない。が、ハメネイ師の片腕ともいえる、信望の強い政府高官を殺した。


司令官を英雄視する彼の「分身」テロリストたちは、世界中に潜んでいる。今回、国家間の全面戦争は避けられても、ソレイマニ氏を英雄視していた彼の「分身」たちは、必ずや米国人に対して報復やテロ攻撃を行うはずだ。


トランプ氏の真価は、これから問われることになる。(次回に続く。随時掲載)



++ 岡田光世プロフィール

おかだ・みつよ 作家・エッセイスト

東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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