張本勲氏、同世代・高木守道さんを偲ぶ 「プロ野球史のベストナインを選べと言われたら...」

1月19日(日)16時55分 J-CASTニュース

ありし日の高木守道さんを偲んだ張本勲氏

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「ミスタードラゴンズ」とも言われ、中日の監督も務めた高木守道さんが2020年1月17日、急性心不全のため名古屋市内で死去した。78歳だった。


同世代で、互いにしのぎを削り合った野球評論家の張本勲氏は、19日に放送されたTBS系情報番組「サンデーモーニング」で「残念だねぇ...」と、悔しい胸の内を明かした。



通算2274安打、守備では「バックトス」の名手



張本氏は1940年生まれの79歳。高木さんは1941年生まれで、1960年に岐阜商から中日へと入団した。通算出場2282試合、2274安打、236本塁打、369盗塁、生涯打率は2割7分2厘。押しも押されもしない成績で、2006年には野球殿堂入りを果たした。また、同球団の監督を2度務めるなどで「ミスタードラゴンズ」と呼ばれた。



数字では表せないのが、高木さんの守備のうまさだった。二塁手としてボールをキャッチすると、グラブに入った状態でボールを遊撃手に離す華麗な「バックトス」をたびたび見せた。以降、「バックトス」は高木さんの代名詞ともなり、当時の子どもたちは、バックトスから併殺を獲る高木さんのプレーに憧れ、よく真似をしていたものだった。



同じ時代を歩んできた張本氏は開口一番、



「残念だねぇ...」


と胸中を吐露した。



張本氏は、高木さんが中日の監督だった時に臨時打撃コーチを頼まれ、アメリカのキャンプに帯同したこともあったという。高木さんを振り返った張本氏は、



「ほとんど、しゃべらない。日本男児というか、無口な人だった。だけど義理堅いし、筋は通すし...。プロ野球史は80年近くありますけど、ベストナインを選べと言われたら(二塁手では)1番に選びますよ」


さらに続けて、



「攻走守(そろっていた)。しかも、ホームランも打てる。いい選手だったけどね。早すぎるよ...」


と、1歳年下の高木さんとの思い出を語った。



1994年「10・8」戦った長嶋氏も追悼



高木さんの訃報に接した長嶋茂雄巨人終身名誉監督は、一部メディアに「野球界にとって貴重な人材を失い、残念です」などとコメントした。長嶋氏と高木さんは、球史に語り継がれる1994年「10・8」決戦での対決も有名だ。勝てば、リーグ優勝が決まるという大一番。結果、高木さん率いる中日は敗れ、長嶋監督(当時)の胴上げを目の前で見てしまう結果となった。



また一部報道によると、中日は球団主催の追悼セレモニーを検討しているという。2018年1月に他界した同OB星野仙一さんを前例に、オープン戦を追悼試合とし、献花台などを設置する予定だという。



(J-CASTニュース編集部 山田大介)

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