就活で100社以上落ちたトランスジェンダーが「幸せになれなくていい」と語る理由

1月25日(土)21時0分 週刊女性PRIME

※写真はイメージ

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 現在、全国に100万人いると推測されるひきこもり。近年、中高年層が増加しており、内閣府は昨年初めて、40歳以上が対象の調査結果を公表した。一般的には負のイメージがあるひきこもり。その素顔が知りたくて、当事者とゆっくり話してみたら……。



湊うさみんさん(37)のケース

 ひきこもり当事者が作る雑誌『ひきポス』や、そのネット版でいつも「湊うさみん」という名前は見ていた。その鋭い感性に心惹きつけられることも多々あった。

 うさみんさんは、ひきポス第5号の特集「ひきこもりと幸福」に、「幸せの定義」を寄稿している。彼は、母が更年期障害をはじめ、さまざまな病気になっており、テーブルの上に何種類もの薬が置いてあるのを見ると痛々しくて悲しくなると書く。父親のことは大嫌いなのに、つらそうにしているとかわいそうだとも。結局、家族や友人など、周りの誰かは必ず苦しんでいる。そういう人を差しおいて幸せにはなれないと言うのだ。

「私の定義では“周りの人なんてどうなってもいいよ。オレ自身が幸せならそれでいい”という残酷な人だけが幸せになれるのです」

 そして、うさみんさんはそういう人にはなりたくない、だから幸せになれなくていいと言う。「不幸でなければそれでいい」と。そんなふうに書いている彼に、どうしても会いたくなった。

■就活でトランスジェンダーを告白



 うさみんさんの住む地域の駅で待ち合わせた。白いシャツに黒いパンツ、どこか中性的な不思議なオーラを醸し出す人が見えたとき、うさみんさんだとすぐにわかった。駅近くの静かで、おいしいケーキがあるカフェへと案内してくれる。その土地で生まれ育ち、兄はすでに結婚して家を出ていき、今は両親と3人で暮らしている。

「親の言いつけを守る“いい子”だったんです。初対面の人とうまく話せなかったりもするんですが、小学校3、4年生になるころには友達もできて、まったく不登校にはなりませんでした」

 変化があったのは中学生のときだ。テニス部に入ったのはいいものの、1年生は球拾いや素振り、壁打ちくらいしかさせてもらえない。先輩が「絶対的権力」を発動するのを、不思議な感じで見ていた。

 中学は小学校とはまったく違う。科目別に先生が代わることに慣れなかったり、彼のように先輩後輩の関係に疑問を抱いたりするのが躓(つまず)きの要因になることもある。ただ、テニス部をやめても彼は学校にはちゃんと行っていた。成績は「上の下くらい」だった。

「勉強する意味がわからなかった。一応、高校にも行きましたけど、意味が見いだせなかった」



 本を読むのは大好きだった。生まれ持った鋭い感性が、読書によってさらに研ぎ澄まされたのかもしれない。高校卒業後は、クリエイターを育てる専門学校に進んだ。

「小説家になる夢を見て、書いたり読んだりしていました」

 20歳で卒業、雑誌の編集やWEBデザインなどの仕事に就きたいと思い、就職活動もしたが、「覇気がない」「学歴がない」と言われて不合格になった。就職活動で大事なのは、見せかけでもいいので「明るく元気なこと」だ。面接官は深い内面など見ようとしない。私自身、就職活動をしたときに「暗い」と数社から落とされた。

「それに私、トランスジェンダーなんですよ。自分で気づいたのは10代後半になったころから。性別として、どうしても自分が男だと思えなかった。どちらかというと女性寄り。好きになるのは、男性でも女性でも魅力的なら性別にはこだわらないんですが……。外出するとトイレ問題で昔から困っていました。男性用に入ることに抵抗があって……。どうせ、あとでわかることだからと、就職活動では途中からカミングアウトするようにしたんです。そうしたらますます合格が遠のいたような気がします」

■100社以上落ち、ひきこもり生活へ



 就職できなかったことは、うさみんさんに少なからずダメージを与えた。しかたなくアルバイトをしながら小説を書いて応募する生活に入る。

「中学生のときファストフード店で、高校生のときはスーパーでアルバイトはしていました。でも専門学校を出てからは、ずっと出会い系のサクラをやっていました。人と関わるのがいやだったんです」

 小説を書いて応募しても、なかなか最終審査まで残らない。焦燥感と無力感に苛(さいな)まれた。一方、「男」である自分に我慢がならなくなり、18歳から植物性のサプリメントを、20歳からは女性ホルモンを個人輸入して服用するようになった。徐々に体毛が薄くなり、髪はストレートになり、男としての性欲がなくなっていく。周りがどう見るかより、自分で自分を変えていきたかったのかもしれない。

 うさみんさんが就職活動をした会社は100社以上に及んだ。だが結局は落ち続け、「自分はダメだ」という結論に達した。そして26歳のときにアルバイトも就職活動もやめて、ひきこもった。

「父からはときどき、“働きもしないで”と言われました。母親は何も言わないけど、味方になってくれるわけでもない。私にとって、子どものころから父はすぐに怒る怖い人、母はお酒を飲むと怖いし、なんだかやっかいな人というイメージなんですよね。親には甘えられなかった。物を買ってはくれたけど、一緒にどこかに行ったりスキンシップをしてもらったりした記憶がないんです」

 だから小さいときから、ぬいぐるみが大好きだった。誕生日やクリスマスなどにはぬいぐるみを買ってもらっては、そのふわふわした感触に癒されたという。



■ストレスから「耳管開放症」という病に



 ひきこもった当初は昼夜逆転の生活になった。朝7時ごろようやく眠りに落ちて昼過ぎに起き夕方、食事をとる。家の中で親と顔を合わせないよう、ひっそりと生活した。

「1度、私を待ち構えていた父に“今後、どうするんだ”と言われて、大泣きしてしまったことがあるんですよ。それから親も何も言わなくなりました」

 どうしたらいいかわからない。彼自身がいちばん苦しかったのだ。ストレスから、耳管開放症という病にもかかった。耳管というのは通常閉じており、中耳の圧調節が必要なときに開き、速やかに閉じる。ところが何らかの原因でその耳管が開いたままの状態になってしまう。うさみんさんの場合、話している自分の声が脳内に響き渡り、苦痛で話すのがイヤになるという。

「まるで誰かが脳内にいるみたいなんです」

 横になっていれば大丈夫なので、調子が悪いときは寝ていることが多い。手術でも完治するかどうかは不明。治療がむずかしく、それもまた、ひきこもりの原因のひとつになっている。耳栓をするといいのだが、そうすると周りの声が聞こえづらいのだそう。うさみんさんが小さな、なるべく響かないような声で話しているのはそういうことだったのかと合点がいった。

■27歳のときに自殺未遂を図る



 自身を取り巻く苦しさから、27歳のときため込んでいた精神安定剤を200錠ほど一気にあおって自殺未遂を図った。100錠で吐き気がしたが、必死に水で流し込んだという。

「致死量には足りなかったんでしょうね。気がついたら意識を取り戻していた。私がそんなことをしているのも親は知らない。その日は1日中、泣いていました」

 その後、昼夜逆転の生活をやめ、今は朝、カップラーメンかコーンフレークなどの食事をとり、夜は母が作ってくれたものをリビングで食べる。

 うさみんさんが自室から出ていくと、父が自室にこもってしまう。父と息子は互いに極力、顔を合わせないようにすることで摩擦を避けているのだろう。

 父はすでに定年退職したが、両親とも午前中はアルバイトをしているので彼が風呂に入るのは午前中だ。まれに両親が旅行に出かけると、「妙に開放的な気持ちになって、意味なくリビングに長時間いたりする(笑)」。

 通常、出かけるのは近所のコンビニ、スーパー、図書館など。

「親は私に、普通に働いてほしいと思っている。男として生きてほしいとも思っている。それはわかっています。無言のプレッシャーを感じ続けていますから。それでもお小遣いをくれて家を追い出さないでいてくれていることに感謝もしている。ずっと毒親だと思っているけど、決して恨んだりはしていないんです」

 親からは月に2万円もらっている。それは、女性ホルモン剤と食べ物、基礎化粧品などに使う。体調の悪さ、精神的な不安定に常に苛まれている状態だが、それを自分から積極的に親に訴えようとは思っていない。そういう苦悩が、彼の繊細で鋭い文章に表れているのかもしれない。

「母は私のトランスジェンダーの件も女性ホルモンを飲んでいることも知っていると思います。でも、あるとき、ユニクロの服がセールになっているチラシを見ながら、“お母さんがこれ買ってこようか”と指さした先には男物の服がありました。本当はもう少し女性っぽい服を着たいけど、親がいるとやりにくいですね」



■「うまくいかないのは神様のせい」



 以前は自室でゲームばかりやっていたという。1日のほとんどをゲームに費やしていたこともある。

「ゲームの攻略法などを発信していた時期もありましたけど、そういうのは企業が載せるようになって個人としてはできなくなっていった」

 ひとりが好き。寂しいという感情は人より少ないと思うと彼は言う。

「居場所を求めて当事者会に行ったこともあるんですが、人といると、どうしても気を遣って疲れちゃうんです。LGBTプラスひきこもりの会に行ったときは、みんな物静かでコミュニケーションがとれなかった。私も含めてそういう人たちは、行っただけで疲れ果てて、コミュニケーションをとるどころじゃないんですよね」

 1日中ネットを利用しているので、最近、FXを始めた。まだ勉強中だが、これで少し稼げるようにしたいと言う。

「稼ぐ手段としては悪くないと思います。景気を考えながらチャートを分析したりするのはけっこうおもしろい。気づくと何時間もパソコンの前に座っています。これでまずは50万円を稼ぎたい」

 その50万円で声帯の手術をし、もっときれいな女性的な声に変えたいのだという。少しハスキーではあっても決して男っぽい声ではないのだが、「どうしても声がいや」だし、喉仏(のどぼとけ)が出ているのが耐えられないと言う。

 現在はブログを書いたり『ひきポス』に原稿を載せたりしている。たまに出席する当事者会で「おもしろかった」と言われると、うれしくなると笑みを見せた。

「最近、人生がうまくいかないのは神様のせいだと思うことにしているんです。親は頑張って苦労しながら育ててくれた。私も頑張ったつもりだけど、何をしてもダメ。職歴もないし、まったく自分に自信がもてない。今もダメな人間だと思っています」

 あんな独創的で繊細な文章を紡ぐことができるのに、うさみんさんは自分で自分をばっさり斬る。自分を切り刻みながら生きているような痛々しさもありながら、それでもきっと独自の世界で生き抜いていけるはずだというかすかな希望も感じさせる言い方だ。



■働けと言われても働けない



「私は兄とは没交渉です。でも私、こっそり兄のSNSを見ているんですよ。“両親は年をとった”とか“弟は相変わらずぼそぼそしゃべっているらしい”とか書いてる。両親と兄はときどき食事に行ったりしているみたい。私は行かない。会えばどうせ働けと言われるに決まっているから」

 没交渉であっても、やはり兄のことは多少なりとも気になるのかもしれない。ただ、働けと言われても働けないと自分では思っている。もちろん自身がいちばん不安なのだ。だから、先のことは意識的に考えないようにしていると淡々と言った。

 幸せにならなくていいと断言するうさみんさんだが、日々を充実させることは拒絶しないだろう。体調が落ち着いて、FXで稼げるようになったらいいのにと心から思う。幸福より充実や満足を優先させる生き方もあるはずだから。

「ひきこもっていつの間にか10年たってしまったんですよね。自分では3年くらいの感覚なんですが」

 うさみんさんはしみじみとそう言った。では10年後、どうしていると思いますかと聞くと、彼はふわっとした表情のまま言った。

「死んでいるような気がする……」


文/亀山早苗(ノンフィクションライター)

かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆

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