「稀勢の里に『カエルの楽園』が力を与えた」百田尚樹の自慢は本当か? 新横綱はネトウヨの広告塔に

1月26日(木)12時22分 LITERA

日本相撲協会HPより

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 大相撲初場所で初優勝を飾った大関稀勢の里の横綱昇進が正式に決定した。若乃花以来19年ぶりの日本出身力士として、相撲ファンはもちろん、マスコミも沸きに沸いている。


 ところが、その稀勢の里にちょっと気になるニュースが飛び込んできた。きっかけは24日付の共同通信が、稀勢の里の2014年初場所当時のエピソードを報じたことだった。


 共同電によれば、2014年初場所14日目、7勝7敗となり失意のなかにあった稀勢の里は、初の休場を決意。心が折れかけていたが、その後、〈発想を広げるために池井戸潤百田尚樹ら人気作家の小説を読み、合気道を習ってへその下に力を入れて下半身を強化。食事では揚げ物を避け、体幹を鍛えた。15年からは安定感が徐々に戻り、昨年は初の年間最多勝。低迷を打破した〉という。


 この共同電を複数の新聞社が記事にすると、ツイッターですぐに反応したのが記事に名前のあった百田尚樹センセイだった。


〈今日の「京都新聞」などに、「稀勢の里が、心が折れそうになったとき、百田さんの本を読んで頑張った」と言っていたという記事が載っていたらしい。
私の本が稀勢の里に力を込めて与えたと思うと、めちゃくちゃ嬉しい!〉
〈ネット検索したら、稀勢の里は去年の九州場所では『カエルの楽園』を読んでいたようですね。意外です(^^;
今回、心が折れそうになったときに読んでいたのも『カエルの楽園』なのかな。〉
〈稀勢の里に本を送りたい!!(^^)〉


 ようするに、百田センセイ自ら、稀勢の里が『カエルの楽園』を読んでいたことを明かし、心が折れかけていた稀勢の里に力を与えたのは『カエルの楽園』かもしれない、と自慢げにツイートしたのだ。


 これを受けて、百田信者のネトウヨのみなさんは大喜び。〈稀勢の里関が百田先生のカエルの楽園を読んで自らを鼓舞していたとは!!!〉〈稀勢の里は以前、精神面が弱い力士でした。カエルの楽園が逆に弱い自分を奮起したのだ〉〈まさに「日本男児此処に在り!」、稀勢の里関、応援してますよ〉〈「横綱稀勢の里も読んだ『カエルの楽園』」で再売り込みしましょう!〉と、その界隈では完全に『カエルの楽園』が稀勢の里を横綱に押し上げたことになってしまった。


 しかし、これ、本当なのだろうか。本当だったら、稀勢の里って相当にヤバい人なのでは......。断っておくが、当サイトは"百田憎し"でこんなことを言っているわけではない。相撲界の体質を考えれば、横綱になった力士がたまたま百田尚樹ファンだったとしても別に驚きはないし、純朴な人なら『永遠の0』や『海賊とよばれた男』を読み、その語り口に騙されて奮い立った、なんてことも十分あると思う。しかし、百田センセイがもちだしたのは、あの『カエルの楽園』なのだ。


 その違和感を共有してもらうために、『カエルの楽園』がどんな小説なのか、改めて簡単に振り返っておこう。


 物語は国を追われた2匹のアマガエルが、「ナパージュ」という国にたどりつくところから始まる。このナパージュに住むのはツチガエル。このツチガエルたちは「一.カエルを信じろ。二.カエルと争うな。三.争うための力を持つな」という「三戒」を守り、何を謝っているのかわからないまま、「謝りソング」というものを歌っていつも謝っている。


 一方、ナパージュの崖の下には「気持ちの悪い沼」があり、そこには「あらゆるカエルを飲みこむ巨大で凶悪な」ウシガエルが住んでいて、ナパージュの土地を自分たちの土地だと言い張り、侵略しようと虎視眈々と狙っているのだが、ナパージュのカエルたちは「三戒」のおかげで平和が守られていると信じている。


 なんのひねりもないのでもうおわかりだと思うが、ナパージュは日本、ツチガエルは日本人。でもって、三戒は憲法9条、謝りソングは自虐史観、凶悪なウシガエルは中国。ようするに、これ、日本の過去の戦争を肯定し、憲法9条改正を扇動する極右プロパガンダ小説なのである。


 実際、その後の展開も笑っちゃうくらい露骨だ。聡明で真実を語る存在として、安倍首相と思しきプロメテウスなるカエルや、百田自身のことらしいハンドレッドなるカエルが登場して、三戒(憲法9条)破棄を主張する。ところが、長老のデイブレイク(どう考えても朝日新聞のことだろう)に影響を受けたツチガエルたちは、これを拒否。その結果、ウシガエル(中国人)によるツチガエル(日本人)の大殺戮がおき、あっという間に国中をウシガエルに占拠され、ナパージュ(日本)は滅亡してしまう。オシマイ。


 その政治的主張の恣意性や小説としての安直さは置いておくとしても、こんな物語を読んで、どうやって「おれも頑張ろう」という気持ちになるのか。仮に稀勢の里が百田と思想が100パーセント一致したネトウヨだったとしても、これを読んで折れた心を立て直せるとは思えない。


 というか、問題はそれ以前だ。前出の共同電によると、稀勢の里が心が折れそうになって百田や池井戸潤の小説を読んだのは2014年初場所休場の後。『カエルの楽園』は2016年2月の出版だから、そもそも心が折れた当時の稀勢の里が読んでいるはずがないのだ。


 にもかかわらず、百田センセイが『カエルの楽園』をもちだしたのは、昨年11月25日付のサンケイスポーツの記事が根拠ではないかと思われる。そこにはこんなくだりがあった。


〈9月の秋場所では3場所連続の綱とりに挑み、10勝に終わって横綱昇進へのチャレンジは白紙に戻った。場所前、1カ月ほど続いた秋巡業中。稀勢の里は複数の本を持参していた。古武術を主とした身体技法の研究家、甲野善紀氏のシリーズ本を3冊、百田尚樹氏の「カエルの楽園」だ。父・萩原貞彦さん(70)が茨城・牛久市の実家に戻った際に持たせたもので「(武道書は)文字通り体の使い方、動きの参考になればと思ってね。(百田氏の本は)自分の置かれた環境をよく考えてほしいと...」という親心があった〉


 こちらは、稀勢の里の父親が証言しているだけなのだが、百田センセイとその信者たちはこの記事と今回の共同電を混同して、いつのまにか、稀勢の里に力を与えたのは『カエルの楽園』だったということにしてしまったのだろう。事実を自分に都合よく平気で捻じ曲げる、この人たちらしい勘違いである。


 とはいえ、稀勢の里が『カエルの楽園』を父親に渡されていたのは事実だ。しかも「自分の置かれた環境をよく考えてほしい」というアドバイス付きで。その意味では、改憲運動やヘイト思想の広告塔にされてしまう可能性は大いにあるだろう。


 いや、その動きはもう始まっているのかもしれない。ネトウヨのみなさんはこのことが話題になるや、さっそく〈稀勢の里関は『カエルの楽園』を読まれて支那国と本気で戦う勇気を与えられたと思います。その結果稀勢の里関のパワーアップに繋がったのでは⁉〉〈『カエルの楽園』を読んだ稀勢の里は、対戦相手をみんなデイブレイク(引用者註:つまり朝日新聞のこと)だと思って突進したんだと思う〉などと、無茶苦茶な解釈をして、稀勢の里を自分たちのヘイト思想、歴史修正主義の体現者にまつりあげはじめた。


 さらに象徴的なのが、くだんのサンスポだ。同紙記事は稀勢の里の父親から「『カエルの楽園』を持たせた」という証言を得たあとに、小躍りしてこんな珍解説をしている。


〈とくに「カエル−」は侵略によって国を失ったアマガエルが世界を放浪しながら「カエルを信じろ、カエルと争うな、争う力を持つな」と「三戒」の堅守にこだわるツチガエルの言動に疑問を抱く様子も描かれている。それは、モンゴル勢を中心とする外国出身力士が席巻する勢力図のなかで、あらがわなければならない国内出身力士の立場に置き換えることもできる〉


 前述したように、『カエルの楽園』で、ツチガエルを侵略するウシガエルはあらゆるものを飲み込む気持ちの悪い殺戮者として描かれている。もし相撲界の状況をこのプロパガンダ小説に置き換えていたら、それは外国人力士に対するヘイトそのものだと思うのだが、しかし、これがいまの稀勢の里と相撲界をめぐる日本社会の視線なのだろう。


 日本の相撲界にあって、外国人力士は品格のない悪役であり、それに対抗できるたったひとりの日本出身力士として稀勢の里が登場した。そういうナショナリズムの物語に大衆は熱狂している。そして、横綱審議委員会もその熱狂に引っ張られ、大甘な裁定で、今回、稀勢の里の横綱昇進を決めた。


 もちろん、このナショナリズムの物語が相撲やスポーツという世界のなかにとどまっているなら、別に目くじらをたてるつもりはない。それは力道山の時代からそういうものだからだ。しかし、この『カエルの楽園』をめぐるニュースを見る限り、どうもそれでは済みそうにない。


 純朴な人柄だというこの新横綱がグロテスクなヘイト極右思想に騙され、改憲運動の広告塔に仕立てられないことを祈りたいところだが......。
(宮島みつや)


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