節分には恵方巻? 「伝統」はこうして誕生する

1月30日(火)6時12分 JBpress

恵方巻はこのまま節分の伝統として定着するだろうか?(写真はイメージ)

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 早いもので2018年1月も明日でもう終わり。明後日からは、もう2月だ。商売の世界では二八(=ニッパチ)といって、2月は8月と並んで売り上げの上がらない月とされている。

 その心は何かというと、クリスマスから正月にかけて帰省と年中行事が続くだけでなく、年末年始に忘年会や新年会があって散財することが多いので、その反動として2月には消費支出が減少するというわけだ。2月は閏年でなければ28日しかないので、その分だけ売り上げが減るという理由もある。

 2月3日の節分には豆まきや、近年では「恵方巻」という太巻き寿司が販売されるし、2月14日のバレンタインデーにはチョコレートがよく売れる。とはいえ、年末年始のように大規模な移動が伴うわけではないし、好影響を受ける業界も限定される。

 ここ数年は、日本の旧正月にあたる「春節」の7日間の休暇を利用して大挙来日する中国人観光客の“爆買い”が消費を支えてきたが、一時期のブームは過ぎ去って、ずいぶん落ち着いてきたようだ。特需に過ぎなかったのかもしれない。

 今回は、2月の消費を盛り上げるために導入されたバレンタインデーのチョコレートと節分の恵方巻といった、商業目的で導入され定着していった「伝統」について考えてみたい。


アメリカのバレンタインデーは?

 ずいぶん前のことになるが、初めてアメリカで生活してみて分かったのは、バレンタインデーもクリスマスも、日本人が考えているようなものとは似ても似つかぬものだということだ。

 実際に生活してみれば分かるが、アメリカのクリスマスはいわゆる「ホリデーシーズン」の幕開けであり、何よりも家族の再会を祝い、一緒に過ごす機会でもある。日本語には「盆と正月が一緒に来たような」というフレーズがあるが、アメリカのクリスマスは、まさに日本の「盆と正月を一緒に」したようなものなのだ。だから、大規模な移動はこの時期に限られるのである。

 バレンタインデーもまた、「日本型バレンタインデー」とは似ても似つかないものだ。バレンタインデーの起源が、キリスト教の殉教者である聖バレンタインであることは、日本人でも知っているだろう。だが、そこから先が違う。

 アメリカにもバレタインデー(Valentine’s Day)があることはあるが、もっぱら男性が女性に花を贈るのが一般的だ。日本のように、女性が好きな男性にチョコレートを贈るような習慣はまったくない。

 バレンタインデーのチョコレートは、日本のチョコレート会社の「発明」である。しかも、「いつ・どこで・誰が」まで明確に分かっている。それは、いまからちょうど60年前の1958年(昭和33年)2月、少女の横顔のシルエットで有名なメリーチョコレートカムパニーが、東京都内の百貨店の催事で初めて手がけた販促として始まったのだという(参照:「メリーのバレンタインヒストリー」)。

 30年を1世代とすれば、60年は2世代になる。さすがに3世代にまたがって続いてきた「年中行事」となると、バレンタインデーのチョコレートはもはや「伝統」といってもよいのかもしれない。そう簡単に廃れることはないだろう。

 ただし、それはあくまでも「日本型バレンタインデー」である。本来の意味を離れて土着化しているわけだ。現地化を意味する「ローカリゼーション」の成功事例として考えるべきものかもしれない。

 ちなみにバレンタインデーはタイでも盛んになってきており、キリスト教とは関係のない若者世代の「年中行事」として定着しつつあるようだ。だが、日本とは真逆で、男性が女性にプレゼントを贈る習慣になっている。

 新たな習慣が社会現象になってくると、年長世代からのバッシングも発生するのはタイ社会でも同様だ。かつてHIV感染の爆発的拡大が大きな社会問題になったタイでは、バレンタインデーに性感染症対策の啓発運動としてコンドーム配布が行われている。これもまたローカリゼーションの一事例として考えるべきであろう。


「恵方巻」に感じる違和感

 2000年代に入ってからのことだと思うが、「恵方巻」がやたら宣伝されるようになり、コンビニはじめ流通各社がこぞって販促している。現在では、すでに豆まきよりも恵方巻を食べる習慣のほうが上回っているのだという。

 恵方巻とは、太巻き寿司を縁起のいい方角にむけてかぶりつく風習だという。なんだか平安時代の貴族の間で行われていた、悪い方角には向かわないという「方違え」(かたたがえ)を真逆にしたような印象がある。恵方巻は、関西で発祥した慣習だと説明されることが多いが、あくまでも大阪ローカルの風習だったようだ。

 私は恵方巻にどうしても違和感を抱いてしまう。なぜなら私自身は関西生まれの関東育ちだが、自分が子供の頃は恵方巻など見たことも聞いたこともなかったからだ。

 両親がともに関西出身だったが、家庭内では豆まきが行われていた。「鬼は外 福は内」で始まる童謡にあるように、節分といえば豆まきだった。  

 違和感を抱く理由はもう1つある。それは、消費期限の点からいえば、豆まきの豆と違って、生鮮加工品の太巻き寿司は賞味期限がはるかに短いということだ。正確な量は分からないが、相当な量が賞味期限切れで廃棄されているのではないのではないか?

 その点で、流通各社が恵方巻の予約販売に力を入れているのは評価できる。売り上げを確定し生産をスムーズに行うとためだけでなく、廃棄ロスを減らすこともできる予約販売は一石二鳥である。社会的にも意味のあることだろう。

 恵方巻が売れて新たな伝統になることは、コメの消費拡大にもつながる。そう考えればけっして悪い話ではないが、節分の豆まきという伝統が廃れないことも同時に望みたい。


恵方巻もまた「創られた伝統」

 ネット検索して調べてみると、恵方巻の起源はさかのぼれば戦前にまでたどりつくようだ。だが、本格化するきっかけとなったのは、「石油ショック」後の1974年からだという。大阪の海苔店経営者たちが、節分のイベントで「巻き寿司早食い競争を開始したのが直接の起源のようだ。真偽のほどは分からないが、まあ、起源というものは、そんなものかもしれない。

 ローカルの商売人たちが知恵を絞って創り出したイベントが、消費喚起の目的で積極的な販促を通じて全国レベルに転化していった。このプロセスは、東京生まれのバレンタインデーのチョコレートと同様だ。先にも見たように、バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は1958年以来である。節分の恵方巻もまた、伝統として定着し、確立していく可能性がある。

 以前、「『先進的』伝統を作り出した英国の2人の女王」というコラムで取り上げたように、20世紀英国を代表するマルクス主義の歴史家エリック・ホブズボームは、伝統とは人為的に創られるものだとし、「創られた伝統」(invented tradition)というコンセプトを提示した。

 確かに、目的が商業目的であろうが政治目的であろうが、「伝統」は常に人為的に創られてきたものであると言うことができる。たとえば「土用の丑の日」といえば「ウナギの蒲焼き」という連想がある。だが、これは、18世紀に生きた江戸時代後期の奇才・平賀源内が友人のために制作した宣伝文句がその起源だという説がある。「土用の丑の日」が伝統といっても、二百数十年程度のものだ。

 ただし、こうした商業目的で始まった伝統が生き残るかどうかについては、なんら保証はない。どんなに人気のある商品やサービスでも、消費者に飽きられると消えてしまう。長く生き続けるのはレアなことなのだ。

 その意味で最近の事例として注目に値するのが、「受験生のお守り」として定着した「キットカット」だ。キットカットは、英国生まれのチョコレートの商品ブランドである。九州地方の受験生の間で語られていた「きっと勝つとぉ!」の語呂合わせが験担(げんかつ)ぎの起源だが、2002年頃には日本全国の受験生にクチコミで広まっていたという。この自然発生的な動きに乗っかったのが、スイスを代表するグローバル企業ネスレの日本法人ネスレジャパンである(参考:「キット、願いかなう」)。

 この「受験生のお守り」は現在ではすっかり定着しているが、まだ1世代を経過していない。自然発生的な慣習が「伝統」にまで成長していくのか見守っていきたいところだ。

 伝統は、そのすべてが人為的に創られたものである。だが、それが伝統として生き残っているということは、それなりに合理性があるからなのだ。それは供給サイドの思いだけでなく、需要サイドの支持があってこそなのである。

筆者:佐藤 けんいち

JBpress

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