高校無償化で「バラマキ教育」の競争が始まる

2月17日(金)6時10分 JBpress

「バラマキ教育」で肝心の高校生は救われるのか(写真はイメージ)

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 東京都の小池百合子知事は2月16日、年収760万円未満の世帯を対象に私立高校の授業料44万2000円(年額)を給付する方針を明らかにした。これによって東京都の私立高に通う生徒16万7000人のうち、5万1000人の授業料が無償化される。

 高校無償化は昨年、彼女が都知事選挙に立候補したときの公約であり、「人への投資」は自民党も民進党も公明党も掲げている。都議会でも、全会一致で可決される見通しだ。それが大衆受けして政治的においしいことは明らかだが、これで肝心の高校生は救われるのだろうか?


「バラマキ教育」がポピュリズム競争を生み出す

 高校無償化で、公立高校と私立高校の区別はなくなる。公立高校については、すでに全国で年収910万円未満の世帯について無償化されており、私立もこれとほとんど同じになる。

 これは定額の教育バウチャー(金券)を配るのと実質的に同じだが、バウチャーは本来すべての学校を私立にして国民負担を一元化するものだ。今のように都立高校のコストを都が負担したままバウチャーを実施すると、都民は二重の負担を強いられる。

 さらに問題なのは、これが自治体のポピュリズム競争を生み出すことだ。2017年度から埼玉県も東京都に追随して年収609万円未満は無償にするが、神奈川県では限度額は250万円だ。神奈川から東京に住所を移して高校に通わせる親が増え、いずれは神奈川県も東京都並みに引き上げざるをえないだろう。

 だから容易に想像できる結果は、こうした競争で全国の高校が無償化されることだ。東京都の財政はまだ黒字だが、今後は高齢化で急速に財政が悪化すると予想されている。他の多くの自治体はすでに赤字だが、東京都が「プライスリーダー」になると追随せざるをえず、財源の足りない分は公債でまかなうしかない。


「教育国債」で増えるのは子供の税負担だけ

 昔はバラマキ財政といえば公共事業だったが、今ではそれは国の一般会計の5%程度だ。30%を超えるのが社会保障、中でも老人福祉だが、これは評判が悪いので出てきたのがバラマキ教育である。

 国政でも、与野党そろって教育ポピュリズムが始まった。2月15日、自民党は教育無償化の対象や財源を検討する特命チームの初会合を開き、財源確保のために「教育国債」の新設を検討し始めた。アベノミクスの行き詰まった安倍政権が、バラマキ財政への批判を「未来への投資」という意味不明な言葉でごまかすつもりだろう(「過去への投資」なんて不可能だ)。

 民進党も、次の衆議院選挙の公約として「子ども国債」を打ち出した。これは昨年の代表選挙で玉木雄一郎氏が「100兆円のこども国債」として出した政策で、民進党は教育無償化を進める議員立法を今国会に出す方針を決定した。

 日本維新の会に至っては、教育を無償化する憲法改正を打ち出している。安倍首相も前向きだが、これは巨額の財政赤字を憲法で義務づけるに等しい。文部科学省によると、全面無償化には毎年4兆1000億円が必要になり、教育予算はほぼ倍増する。

 このようなバラマキ競争は、1960年代の老人医療の無料化と同じだ。その結果どうなったかは、誰でも知っているだろう。医療保険の抱える「暗黙の債務」は今後30年で400兆円で、これは子供の世代が払う。教育無償化のための「教育国債」や「こども国債」の償還を税で負担するのは、当の子供なのだ。

 政治家の言い訳も、与野党を通じて同じだ。「一時的に政府債務は増えるが、教育で人的資本が高まると成長率が上がるので税収も増える」という。これが本当なら一石二鳥のフリーランチだが、本当だろうか。

 世界銀行の調査によれば、教育にはマイナスの外部効果があるという結果が出ている。各国の教育投資と成長率を比較するとまったく相関がなく、特に大学教育は若い労働人口を浪費して成長率を下げている可能性がある。

 大学教育についてよく知られているシグナリング効果の理論によると、有名大学を卒業した人が高卒より多く採用されるのは、大卒が新しい知識を習得するコストが低いことをシグナルしているからで、この効果は大学教育で人的資本が高まったかどうかとは無関係だ。

 海外の大学では卒業できるかどうかというハードルがあるが、日本では合格した大学の偏差値だけで人材の価値が決まる。高校以上の教育で労働生産性が上がることはありえないが、シグナリング効果は大きく、大卒の生涯所得は高卒より25%高い。


高校・大学教育より幼児教育に公的投資を

 したがって大学教育は社会的な浪費だが、私的な収益率は高い。人的資本が形成されなくても学歴のシグナリング効果が大きいので、教育投資のインセンティブは十分ある。東京都のような給付型奨学金は無駄で、子供のない家庭から教育を受ける(豊かな)家庭への所得逆分配になる。

 ただし貧しい家庭の優秀な子どもが学歴を得られないことでよい職につけないのは不公平なので、資金繰りを支援する貸与型奨学金が合理的だ。その教育に十分な効果があれば、学費は将来の所得で返済できるはずであり、返せないような大学には行くべきではない。

 教育予算を増やさなくても、貸与型奨学金を増額する財源はある。国立大学法人と私立大学に出ている毎年1兆5000億円の助成金を大学に出す代わりに、学生に貸与すればいいのだ。その支給額は成績に連動させ、定員割れの私立大学には出さず、推薦やAO入学者は除外する。

 もっと効率の高い投資対象は、幼児教育だ。多くの人が経験で知っているように、「できる子」は小学校高学年までに決まる。教育の効果が最大なのは8歳までなので、高校・大学教育に出している公的投資を幼児教育に転用して義務教育を5歳入学にし、幼児教育バウチャーで公立・私立の格差をなくすべきだ。

 小池知事のような教育ポピュリズムは、1960年代に東京都の美濃部亮吉知事などの革新自治体が競争して導入した、老人医療費の無料化などのバラマキ福祉の「いつか来た道」である。これはそのあと国政にも拡大し、財政破綻の最大の原因になっている。

 さすがにこれ以上は老人福祉を増やせないので、今度は子供を食い物にしようというわけだ。高校無償化は、選挙権のない高校生の同意なしに彼らの税負担で消費を増やす親のエゴイズムであり、それに迎合する政治家の人気取りである。

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筆者:池田 信夫

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