槇原敬之は明らかに不当逮捕だ! 立件できなかった2年前の話を蒸し返して別件逮捕 薬物より怖い警視庁組対5課の暴走

2月17日(月)21時30分 LITERA

明らかに不当逮捕!(槇原敬之Twitterより)

写真を拡大

 槇原敬之が2月13日に警視庁組対5課に逮捕されて以降、テレビやネットニュースはいつものごとく、警視庁のリークによる“槇原のヤク中ぶりを物語る新事実”を垂れ流し、槇原のことを糾弾している。


 しかしこの事件、本当にこんなくだらない報道ですませていいのか。今までの薬物捜査とはレベルがちがう、どう見ても警視庁による不当逮捕ではないか。


 そもそも槇原の容疑は、2018年3月に覚せい剤と危険ドラッグを所持していたという、2年も前の話だ。2018年3月に槇原の個人事務所元代表で公私にわたるパートナーだったA氏が逮捕されたときに、押収していたというのだが、A氏はとっくに単独所持(と使用)で有罪判決が確定している。


 こんな終わっている事件で今さら逮捕するなんて、聞いたことがない。A氏が2018年当時、「マッキーのもの」「(薬物が見つかった部屋について)マッキーの部屋」と証言をしたという話もあるが、A氏は逮捕直前に、槇原から事務所代表を解任されたことでトラブルになっていた。物的証拠もないままそんな関係性の人物の証言だけで逮捕に踏み切れるなら、恨んだ相手をいくらでも陥れることが可能になってしまう。


 そもそも警視庁はA氏を逮捕した2年前に、槇原を一緒に逮捕しようとしたものの、「証拠不十分」で断念しているのだ。なのに、いまになってなぜ同じ容疑で逮捕・立件できるのか。実際、この逮捕容疑には普段、ワイドショーに出演して警察の捜査をPRしている元捜査官らも当初「それだけで逮捕というのは考えにくい」と首をひねっていたほどだ。


 いったいどういうことなのか。警視庁担当記者がこの不可解な捜査の裏をこう解説する。


「組対5課にいまも槙原が覚せい剤をやっているという情報があったようです。ただ、確たる証拠がつかめなかったため、A氏が2018年に逮捕された際に、槇原の使用を示唆していたことを利用して逮捕に踏み切った。とにかく逮捕すれば、尿検査、ガサ入れで覚せい剤をいまもやっている証拠をつかみ、自白に追い込めると踏んでいたようです」(警視庁担当記者)


 そう、今回の逮捕は完全に別件逮捕、しかも沢尻エリカのときと同じで明らかな見込み捜査だったのである。言っておくが、これらの捜査手法は完全に違法だ。しかも、警視庁の目論見は、これまた沢尻のときと同じく、完全に外れていた。


 尿検査の結果もシロ。自宅から、覚せい剤の所持を裏付ける証拠はまったく出てこなかったのである。覚せい剤の入っていたパッケージに槇原の指紋があったとか、パイプに唾液があったなどの情報もリークされているが、これ、すべて2018年のA氏逮捕のときの話。以前、槇原がA氏と暮らしていたマンションで見つかったというだけで、なんの証拠能力もない。実際、前述したように、警視庁は2018年の段階でこれらの事実もつかんでいたが、それだけでは立件は無理と、槇原逮捕を断念していた。


「ようするに、何にも出てこなかったので、慌てて警視庁が昔の話を蒸し返してリークしているだけです」(前出・警視庁担当記者)


 昨日16日になって、マスコミは現在の自宅からも薬物が出てきたと報じているが、これも覚せい剤ではなく「RUSH」という危険ドラッグ。これは、2007年に販売が規制され、2014年から所持・使用も禁止となっただけで、少し前まで合法だったもの。また国によっては、アルコールなどと同じく販売規制はあっても、使用は合法な国もある。


 大麻などと同じく、アルコールとタバコより、身体的有害性も依存性においても、よりはるかに低い。依存性については大麻よりも低い。冗談抜きでアルコール度数9%のストロングゼロ酎ハイ・ストロングゼロのほうがよほど危険だろう。規制には疑問の声も根強く、オーストラリアやイギリスではラッシュ規制の動きに対して反対運動も起きたほどだ。この程度のものを規制してまで警察の仕事を増やしたいなら、ストロングゼロの規制のほうを真剣に考えたほうがいい。


●自供報道もミスリード、こんな捜査が認められたら誰でも犯罪者に仕立てられる


 いずれにしても、覚せい剤の使用と所持であげようと思って、徹底的にガサ入れしても、出てきたのは沢尻と同じように、たいして悪質性のない以前は合法だった危険ドラッグだけだったのだ。しかも、この自宅にはA氏とは違う新しい同居人もおり、警視庁はこの危険ドラッグが槇原の所持ということも断定できていないという。


 また、沢尻のケースと違って、現段階では槇原から自供も引き出せていない。FNNなど一部報道では「大筋で容疑を認めた」などと言っているが、これはどうもミスリードらしい。


「大筋で容疑を認めた、というが、槇原が認めているのは、違法化以前の所持や2018年頃にそのマンションでA氏と暮らしていたというくらいのもの。警視庁が報道を煽るために、それを“大筋”と言っているだけですよ。いまのところ、槇原は認めていない。実情はそのあとにテレビ朝日などが報じた『僕は長いこと、薬やってません』『検査をしても反応は出ないと思います』と供述したという話のほうが正しい」(前出・警視庁担当記者)


 実際、法律の専門家の間では、もしこのまま、自白がなければ、不起訴、あるいは裁判で無罪という可能性も十分あると指摘されている。


 いや、仮に今後、槇原が自白に追い込まれたり、どこかから違法ドラッグ使用を証明する証拠が見つかったとしても、警察が違法捜査をしていたことには変わりはない。繰り返すが、別件捜査は完全な違法捜査であるうえ、逮捕容疑は2年前にパートナーA氏の単独所持として片付けられている事件なのだ。それを持ち出すなんて、とても法治国家のやることではない。


 実際、こんなことが通用したら、警察は自分たちがターゲットにするだけで誰でも犯罪者に仕立て上げられることになる。たとえば、もし警察があなたを逮捕したいと思ったら、警察はあなたを恨んでいる人間に全く身に覚えのない覚せい剤所持を証言させ、それだけを理由にガサ入れすればいい。ガサ入れで覚せい剤は出てこなくても、合法時代に買った危険ドラッグが残っていたり、PCのなかに以前、違法ダウンロードしていた画像などが残っているかもしれない。それで、あなたは立派な犯罪者の仲間入りだ。


 そういう意味では、いま、警察がやっている違法捜査は、たかだか一芸能人の薬物使用よりもずっとやばい話なのだ。


 ところが、マスコミは「2年前の所持で逮捕」という事実にちょっと驚いてみせるだけで、この異常な逮捕にまともな批判は一切していない。それどころか、「歯がガタガタ」「感情の起伏が激しいときも」「こんなCD出せないと声を荒らげた」「50歳になって風邪が治りにくくなった」など、薬物となんの関係もないような槇原の言動を、あたかも薬物依存の証拠かのようにおもしろおかしく報じたり、セックスのときに使う薬物だと槇原の性を暗に揶揄するように報じたり、居丈高に叱責してみたり。2年前の所持を疑わないどころか、前回の逮捕直後から20年間薬物に溺れてきたかのような前提で、勝手に「厳罰しかない!」などと叫んでいるのだ。


 特にひどかったのが、『バイキング』(フジテレビ)だ。このまま新証拠がなくパートナーの証言だけでは、不起訴の可能性もあるとコメンテーターが当たり前の指摘をすると、司会の坂上忍はなんと「不起訴は無罪じゃない」と言い切っていたのだ。これ、炎上系YouTuberの放言とかじゃなく、れっきとした地上波キー局のお昼の看板番組で大真面目に語られていることなのだ。


ASKA、沢尻エリカ逮捕で失態犯しても批判されず、「組対5課は完全に調子に乗っている」


 実は、こうしたマスコミの姿勢こそが今の警察の強引な薬物捜査をつくりだした共犯者といえるかもしれない。薬物捜査に詳しい全国紙社会部記者が「組対5課は完全に調子に乗っている」として、その理由をこう解説する。


「組対5課が薬物捜査の手法をどんどんエスカレートさせたのは3〜4年前からで、ASKAのときや沢尻エリカのときは逮捕後に警察のやりすぎとしか思えない問題が噴出した。ところが、マスコミ、とくにワイドショーはその部分を一切批判せずに、むしろ逮捕された芸能人のほうを叩き続け、世論もそっちに流れた。あれで、組対5課が味をしめてしまったんですよ」


 たしかに、2016年11月のASKAの2度目の逮捕劇はありえないものだった。このとき、NHKと共同通信が「歌手のASKA元被告逮捕へ。覚せい剤使用容疑」と速報を打つと、テレビ各局が逮捕状も出ていない段階で一斉に「ASKA元被告 逮捕へ」と大々的に報道。当のASKAは自分のブログで逮捕も覚せい剤の陽性反応も完全否定したが、その後も断定的な逮捕報道は続き、逮捕当日には午前からASKAの自宅前にマスコミが集結。身柄確保の瞬間があらゆるメディアで実況中継されるという人権無視の異常事態に発展した。


 しかし、ASKAは約3週間後に嫌疑不十分で不起訴処分となり釈放されている。警視庁は秘密の薬物部屋があるなどとマスコミに盛んにリークしていたが、結局そんなものはなにもなかった。ようするに、警視庁組対5課は証拠が不十分なまま不当逮捕を強行していたのだ。


 沢尻のときも同様だった。「週刊文春」(文藝春秋)とTBSに逮捕を事前リークまでしておきながら、自宅近くの路上で捜査員が声をかけたとき、沢尻は違法薬物を所持していなかった。その後の家宅捜索で沢尻自身が自己申告しMDMAが1錠発見されるが、その直前にクラブで取り引きされるという組対5課の情報・見立ては完全に間違っていた。


 しかも裁判では、MDMAもコカインも年に数回クラブで使うくらいで依存状態になかったこと、大麻についても軽度の依存が認められるものの治療の必要はないことを医師が証言している。また沢尻の元恋人の男性も、共同所持で無理やり逮捕したものの、結局立件できず釈放された。沢尻自身も、わざわざ自白しなければ不起訴や無罪になっていてもまったくおかしくない状況だったのだ。ちなみに当時『バイキング』では「否認して無罪になるより、素直に認めて謝ったほうが印象はいい。否認しないでもらいたい」などという信じがたい議論がなされていた。


 この2つは明らかに警察サイドの大失態だが、しかしマスコミは警察の杜撰極まりない人権無視の捜査を批判することなく、その暴挙に丸乗りし、大衆の劣情を煽りながら、ASKAや沢尻叩きに血道をあげた。


 実際、ASKAは不起訴だったにもかかわらず、きちんと謝罪したメディアはひとつもなかった(井上公造と『ミヤネ屋』が逮捕騒動に乗じてASKAの未発表曲を勝手に公開したことを謝罪しただけだ)。また『バイキング』はこのときも「不起訴は無罪じゃない」という無茶苦茶な理屈を叫んでいた。


 あとで不起訴になっても無罪になっても、警察はその失態や不手際をマスコミからも世間からも批判されることはまったくない。常軌を逸しているとしか思えないが、このメディアの姿勢こそが、近年のやりたい放題な薬物捜査を助長させていることは間違いないだろう。


 しかも、今回の槇原逮捕で、その警察のやり口はさらにエスカレートしたにも関わらず、しかしマスコミの姿勢は全く変わっていない。


 芸能人の薬物汚染と、警察国家化・道徳ファシズムのグロテスクな合体による不当逮捕の横行と、どちらが危険なことなのか。国民はもう一度考え直してみるべきではないか。
(林グンマ)


LITERA

「逮捕」をもっと詳しく

「逮捕」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ