森友自殺“遺書”に「私の記述はない」 安倍首相の論理に“88%再調査すべき派”は納得できる?

3月27日(金)18時0分 文春オンライン

森友自殺“遺書” 圧倒的88%が「財務省は再調査すべき」で一致する根本理由——アンケート結果 から続く


 文春オンラインで実施した「“遺書公開” 財務省改ざん事件『再調査』に賛成?反対?」アンケートでは、再調査「賛成」が約9割を占める異例の結果となった。その要因について、時事芸人のプチ鹿島氏が分析する。(#1で 「森友自殺“遺書” 圧倒的88%が「財務省は再調査すべき」で一致する根本理由——アンケート」 を公開中)


◆◆◆


 ギョッとする見出しがあった。


「<新型コロナ>首相会見なし 『森友』追及避ける思惑か」(東京新聞3月21日)


 まさか……。


 たしかに安倍首相は20日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けたイベント自粛や一斉休校を巡る対応について記者会見はしなかった。3連休で人出が多くなりそうだったが、国民に直接呼びかける会見はなかった。その理由が《再浮上した学校法人「森友学園」問題への追及を避ける思惑があったとみられる。》というのだ。


 さすがにそんなことはないだろうと思ったら、


《政権幹部は「記者会見だと、コロナと関係ないことも聞かれる。対策本部会合で語ればいい」と、記者会見なしの背景に「森友」問題があることを示唆した。》


「政権幹部」が言っていたのである……。



森友事件、自殺した財務省・赤木俊夫さんの手書きの遺書。「これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」などとつづられていた ©共同通信社


 私はこの振る舞いにこそ現政権の正体を見る。きちんと説明しない態度。それはずっと続く公文書クライシス(by毎日新聞)とセットでもある。


 コロナ対応で、毎日新聞は安倍政権が「記録」と「議事録」を巧妙に使い分けていると指摘する。しっかり記録を残すと強調する一方で、議事録が必要な会議を絞ろうという姿勢も垣間見えると。


「新型コロナ『歴史的緊急事態』で記録は消されるのか 見え隠れする『桜』の手法」(毎日新聞WEB3月22日)


 モリカケや桜を見る会なんてどうでもいいと言う人もいるがコロナでもその「態度」は同じ。遂に私たちに直接影響が出る案件までつながったのだ。



今の政権は本当に「保守」なのだろうか?


 私たちだけではない。子ども世代のことを考えたい。将来また新しいウイルスが出現したとき「あの時代にはどういう決断があり、議論の過程があったのだろう」と彼・彼女らが思っても参考にならない可能性が高い。未来の日本人にも迷惑をかけているのだ。


 過去・現在・未来をつなぐという誠実な態度が驚くほどない。自分たちの目先の損得だけでいいようにみえる。伝統破壊や歴史の分断をしている。常々思うのだけど今の政権は本当に「保守」なのだろうか? 私には保守政治家の態度には到底見えない。そうまでして守っているのは一体何なのだろう。


 そう考えると、コロナパニックでも 88%が森友再調査に「賛成」 なのはむしろ当然だ。コロナも森友も同じだからだ。なぜ森友問題で公務員の自殺者まで出してしまったのか。そこを再調査しないと「美しい日本」など悪い冗談である。



検察は「最強の第三者機関」


 再調査しない理由について首相は「佐川氏が改ざんの方向性を決定づけたことなどが財務省の報告書に書かれている」ことを挙げている。


※「森友、向き合わぬ首相 再調査、改めて否定 参院予算委」(朝日新聞3月24日)


 さらに第三者機関を入れて調査委員会を立ち上げてはどうかと野党に提案されると「最強の第三者機関と言われる検察がしっかりと捜査をした結果がもうすでに出ている」と答えている。


 しかし、その検察に手をつっこんでいるのは(最近なら)黒川検事長の定年問題でわかる。そんななかしれっと「最強の第三者機関」と評価してみせた。怖さを感じた答弁だった。



 首相は財務省の報告書も「評価」している。その評価から見えるものは何か。佐川氏がなぜ改ざんを指示したのか。ジャーナリストの立岩陽一郎氏は、


《政権の中枢から彼に指示が出ていた可能性も否定できないが、仮にそうでなかったとしても、無言の指示が出ていたと考えるのが合理的だ。それが、2014年に安倍政権がつくった内閣人事局の狙いだからだ。官邸の意を受けて動かない役人は能力の有無にかかわらず出世できない。それがこの政権のつくり上げたシステムだ。》(日刊ゲンダイ3月25日付)


 と指摘する。「内閣人事局」というシステムを見直す必要があると。


 実際に佐川氏ほか、手記に出てきた官僚の面々は改ざん事件のあとにむしろ出世、栄転している。


「私の発言がきっかけだったという記述はない」という論理


 実は安倍首相の言葉にも、このシステムのからくりが見えたのだ。


 赤木さんの生前の手記の中には「私の発言がきっかけだったという記述はない」という部分である。


 私の発言とは2017年2月17日の国会での「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」を指している。これがきっかけだと手記には書いていないではないか、という論理である。


 この「直接書いていないから問題ない」は非常に巧妙だ。首相官邸の思惑を読んでいかに動くか、という現在の役人の生態を「信頼」しているから出る言葉ともいえる。今のシステムが成せる技なのだ。


 だからこそ、財務省自身による調査ではなく第三者機関を入れた調査が必要なのだ。外部の人間によって、官僚からその生態をじっくり聞き出さなければならない。そういう場でやっと放たれる小さな声はきっとある。五輪の前に森友再調査こそ「完全な形で」おこなわれるべきなのである。



 最後に。


 日刊スポーツ(3月24日)に掲載された「赤木さんを死に追いやったのは、だれだ」(大谷昭宏)の最後の一節を紹介する。


《なにより大事なことは、決して赤木さんの妻だけの戦いにしてはならないということではないだろうか。》


 そう、これは決して赤木さんの妻だけの問題ではない。孤独な戦いにしてはならない。


 公文書や議事録をきちんと残すことを求めること、もしくは残さなかったり改ざんした理由をハッキリさせるのは、私たちや、未来の日本人のためである。


【続き】#1 「森友自殺“遺書” 圧倒的88%が「財務省は再調査すべき」で一致する根本理由——アンケート」 へ



(プチ鹿島)

文春オンライン

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