相手に「寄り添う」というスタンスが、実は失礼千万である理由

2024年4月13日(土)6時0分 ダイヤモンドオンライン

相手に「寄り添う」というスタンスが、実は失礼千万である理由

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多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「傾聴」するときに、相手に「寄り添って」はならない

「寄り添うな!」 かつて、カウンセリングを教わっていた心理学の師匠にこう言われて、大いに混乱したことがあります。

 なぜなら、それまで私が学んでたきたカウンセリングの教科書には、必ずといってよいほど「相手に寄り添いなさい」と書かれていたからです。だから、私は、相手の気持ちに寄り添うように精一杯心を砕いてきたつもりでした。その常識を全否定するような師匠の言葉に、頭の中が「?」で一杯になってしまったのです。

 しかし、その後の講義を聴いて、目から大きなウロコがポロリと落ちました。「そうか……。だから僕の傾聴は今までスベっていたのか」と。

 師匠はこう言いました。

「相手に寄り添う時、それはカウンセラーという仮面をかぶった演技であり嘘だ」

 師が教える対話は、生身の人間同士が上下の別なく対等に対峙する場です。互いが内面を伝え合う時には、対人関係上のリスクを伴います。否定されるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。本音を伝える時にリスクテイクせずいることは不可能です。

 聴き手が話し手に本音を語らせる、ということは、相手を裸にするに等しいのです。にもかかわらず、聴き手側が「寄り添い」という仮面をかぶってネクタイをしていたのでは、まったくもって対等ではない。こちらも服を脱いで裸になり、相手と同じリスクを取らなければならない。そのためには、カウンセラーとか“いい上司”とか“優しい人”といった「役割演技」を捨てて、「生身の自分」になることが必要なのです。

「寄り添う」とき、実は、相手を「見下ろして」いる

 では、相手の話を聴きながら聴き手は何をすべきなのでしょうか? それは「追体験 Re-experiencing」です。この言葉の定義は、次の文章で明らかです。「追体験とは、『他人の体験をあとからなぞり、自分の体験のようにとらえること』[広辞苑第六版]である。他者の話を聞きながら、他者の体験が『目に浮かぶ』とき、追体験していると言えるだろう」(池見陽、「体験過程モデル」、人間性心理学研究第39巻第2号、2022、P131−141)。

 例えば、話し手がこんな話をしたとします。「中学受験目前の息子が、模擬試験の成績が悪いのに、勉強せずゲームばかりしている。父親として叱ってでも勉強させたいが、それでは長続きしないのはわかっている。自分としても、息子の自発性を大切にして見守る寛大な父でありたい。しかし、このままでは息子が合格するとは思えない。口を出すべきか、我慢すべきか……」

 この話に対して、旧来の傾聴では「相づちやオウム返しをしながら寄り添え」と教えます。「息子さんが勉強なさらない。あなたは叱るべきか、見守るべきか迷っている。葛藤されているんですね……」といった具合です。

 この時、聴き手は話し手に寄り添ってあげています。聴き手の方が、明らかに立場が上。テーブルを挟んで向かい合い、対岸の安全地帯から相手を見下ろしているのです。

「寄り添う」のではなく、「追体験」せよ

 しかし、本物の傾聴は全く違います。それは、まるで話し手のストーリーを映画のようにプロジェクターで壁に投影しながら、隣に座って一緒に映画を見て体験を味わっているかのようです。これこそまさに「追体験」。まるで話し手と手をつないでタイムマシンに乗り、話し手と同じ体験を味わうかのような聴き方なのです。

 そして、話し手になりきって、ゲームばかりしている息子を目の前にした時の、自分の感情を体の中で響かせてみる。そうすれば、「叱ってでもやらせたい気持ちなんですねぇ……確かに……迷いますよねぇ……うーん……」といった、従来型の偽物の傾聴とはまったく違う、相づちや質問が自然に出てくることでしょう。

 そのとき、話し手も「そうでしょ?」と一歩、こちらに歩み寄ってくれるはずです。そして、自分の本音を口にしてもいいかな、という心理状態に近づいていくのです。

 このように、「傾聴」するときに、「寄り添ってあげる」というスタンスでいる限り、相手は本音を話してはくれません。相手が体験したことを、自ら「追体験」して味わってみることが大切なのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。

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