不動産業界が「働き方改革」を恐れる意外な理由

4月17日(火)7時0分 文春オンライン

 働き方改革をめぐって今、世間が喧しい。厚生労働省によれば、我が国は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの状況に直面している中、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題だとしている。


多様な働き方を目指す「働き方改革」


 こうした問題認識のもと、厚生労働省は働き方改革について次のように定義づけている。


「働き方改革」は、この課題の解決のため、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。(厚生労働省HPより)


 このスローガン自体は特に問題はないはずだったのが、具体策の中での裁量労働制の拡大や時間外賃金の削減、長時間労働の是正などを巡って、国会での説明データの誤りなどが発覚し、野党やメディアにつつきまわされている状態だ。


 そもそも、当初は大手広告会社の新入社員の自殺や大手不動産会社社員の過労死などをセンセーショナルに取り上げて働き方改革を推進する上での「仮想敵」をこしらえることで世論を味方につけようとしたのだろうが、やや拙速に事を進めようとして深みにはまってしまったような印象も受ける。


都心部に続々竣工する巨大オフィスビルを見学すると……


 こうした騒ぎとは別に、今不動産業界ではこの働き方改革に「戦々恐々」なのだ。大手不動産会社の一角が「働き方改革」に逆行する対象として糾弾されたから「こんどはウチかも」といったような話ではない。「働き方改革」がどんどん進行していくと不動産業界の地図が様変わりするのではないかという恐怖である。


 最近都心部に続々竣工する新しいオフィスビルは、どれも航空母艦のような威容を誇る。今のところテナントの入居は順調のようだが、実は新しいビルを見学すると内部にシェアオフィスのスペースを設けているビルが増えてきていることに気づく。



都心部では巨大なオフィスビルが続々竣工中 ©iStock.com


 シェアオフィスというと思い浮かぶのはオフィスフロアを細かく間仕切って、会議室などを共用部としてシェアし、また受付なども一緒にすることで会社のランニングコストを節約しようというものだ。利用するのはスタートアップしたばかりの企業が主体だ。起業はとにかく金がかかる。これまでは一人や二人で起業すると、普通のオフィスは借りられず、マンションの部屋などを借りてオフィスとして使用するのが関の山だったが、このシェアオフィスを利用すれば何かと便利。しかも他の起業家とも情報交換ができビジネスにも役に立つというものだった。


大手企業でも劇的に変化しつつあるワークスタイル


 ところが、最新鋭ビルに設置されるシェアオフィスはどうもこれまでのシェアオフィスと様相が異なる。豪華すぎるのだ。そして利用料もめちゃ高だ。広々したロビーや高価な家具が置かれた打ち合わせスペースはもとより、ドリンクを飲みながらメールをチェックする、ちょっとした資料作成を行うような利用者の姿が目に付く。運営するデベロッパーに聞くと、実は会員となっている企業にスタートアップ企業はほとんどなく、多くが大手企業だという。最近の大手企業は一人に一つのデスクを与えて9時から5時まで座って勤務するような形態がどんどん減っているという。フリーアドレスといって自分のデスクを持たずに好きな場所で仕事する。ワークスタイルは今劇的に変化しつつあるのだ。


 大手企業がこのコワーキングスペース(最近ではシェアオフィスと言わずコワーキングスペースなどという)を使う理由は、自らたくさんのオフィス床を借りずに社員は「放し飼い」にして外に出し、コワーキングスペースに立ち寄って報告書や資料を作成させるのである。



 また新規プロジェクトなどを立ち上げる時も社内にスペースは設けずにコワーキングスペースに数名の社員を放り込んで仕事させる。社内に部署を作らなくてもコワーキングスペースなら変幻自在だ。プロジェクトが思うようにできなかったとしても撤収は早い。



コワーキングスペースは大人気だが、「ちょっと待てよ」


 さてコワーキングスペースはおかげさまで大人気だが、「ちょっと待てよ」である。大企業が社員にデスクを与えずに外に野放しにする「働き方改革」は、企業にとって広いオフィススペースは「いらない」ということになる。


 情報通信機器の進化で何も都心に出ていかなくとも自宅近くにコワーキングスペースがあればそこで仕事ができる。ひところサテライトオフィスが構想されて自宅近くで働くことが推奨されたがうまく普及しなかった。だが、各社が郊外に節約してチンケなオフィスを構えるのと違って、この豪華なコワーキングスペースが立川や武蔵小杉、船橋、大宮などに設置され、他社の社員とも交流ができるようになれば家の近くで十分ということにならないか。完璧にそろえられた情報機器やサービスを存分に使えるのだから、もはや都心までえっちらおっちら通勤する人の数は激減するかもしれない。



「働き方改革」が不動産秩序を崩壊させる


 そう考えるとデベロッパーにとっては「働き方改革」は夜も眠れぬ脅威に化けるのだ。都心に誰も通ってこなくなる。つまり都心に用意した巨大なオフィススペースが必要なくなるということを意味するのだ。使い道がなくなった航空母艦ビルが巨大なダンスパーティー会場になってしまうかもしれないのだ。


 都心に通わなければこれまで通勤に使っていた莫大な時間から多くの勤労者が解放される。余った時間を自分の暮らす街ですごすようになると、これまでのベッドタウンの機能を求めて「駅から徒歩何分」と都心への利便性だけで選んでいた住宅の選択概念も大きく変化するかもしれない。あやや、今までのデベロッパーが作り上げてきた不動産秩序が崩壊するのだ。働き方改革恐るべし、なのだ。



(牧野 知弘)

文春オンライン

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