前川喜平さん、数学必修を外すのは亡国政策です

4月17日(火)6時0分 JBpress

インド・ムンバイの図書館前で、試験勉強に励む生徒ら。(c)AFP PHOTO / SAJJAD HUSSAIN〔AFPBB News〕

 文部科学省の元事務次官、前川喜平さんの一連の勇気ある言動に私は好感を持っており、何かのレジームチェンジで彼が文部科学大臣に任用されたら、日本の教育はずいぶん良くなるのではないか、と思っていました。

 しかし、週刊東洋経済で目にした対談記事を目にして、もし本当ならこの見解に留保をつけねばならないかもしれないと思い始めています。

 記事によると、貧困の元凶の1つである「高校中退」を防止するのが重要という論旨の中で「中退をなくすには数学の必修を廃止するのがよい」との発言がありました。

 私は、そのようには思いませんし、そのような考えの人物が文部科学大臣に就任などした日には、破壊的なことになるのは目に見えていますので、問題の所在と対案を含め、建設的に考えてみたいと思います。

 まず教育崩壊の現状から考えてみます。


リメディアル教育に追われる大学教員たち

 値引きのない現実から直視していきましょう。高校中退は確かに問題でしょう。しかしことは行政の問題です。

 中退率を見てみると、平成8−13年度にかけての中退率がピークで2.5%程度、そののち2%程度で推移し、平成23年度以降のは1.6%程度と減少の一途をたどっているようです。

 もし違う統計、より詳細な数字をご存知の方がありましたらご教示いただければ幸いです。要するに、中退者はピーク時でも3%もいない。97%が「普通に高校を卒業している」ことになっている。

 現状では98.5%ほどが卒業、1.5%の中退者をなくすために全員必修の数学に手をつけることが国の教育政策として必要か、また有効か、と考えなければなりません。

 そこで、現実に高校を「卒業」したはずの学生生徒の学力の現実に目を向けてみると・・・。

 偏差値という数値を私は好みませんが、これで分類した際に30〜40台にクラス分けされる大学では「リメディアル教育」を盛んにやっているところが少なくない。


リメディアル教育とは何か?

 年齢と身分こそ大学生ですが、小学校で習う基礎科目の内容ができていない。少数分数の計算ができない。基本的な漢字の読み書きに難がある・・・。

 ゲームやネット、スマホの普及との相関は分かりませんが、ワープロを使うようになってから面倒な漢字で細部を思い出せない学生が増えたのは正直な印象です。

 ともかく、小学生レベルの基礎学力が低い大学生が現実にけっこうな数存在し、これを何とかしないと、就職率と露骨な相関があって、少子高齢化の中、学校の存続にかかわるという事態が起きているようです。

 ここで問題なのは、大学で教えるとしても、分数少数の計算や漢字書き取りの補習には、本来の「卒業単位」など、まともには出せない、出しにくい現実です。

 大学教員が生課として、大学生に教える内容ではないわけで、下手をすると若手専従教員の「ブラック超過勤務」の温床として、この「リメディアル」科目が、足を引っ張っている危険性もある。

 やや留保した表現にしているのは、そういう統計は存在しないし、微妙な話題ですから表に出てきにくいからです。しかし、現実に私は複数そういう露骨なケースを身近に見ており、極めて残念な日本の現実と認識しています。

 つまり、高校数学が必修といっても、現実には卒業して大学に進んでいるはずの連中が小学校の算数もできていない、空洞化の現実は否みようもない。

 果たしてこんな状況の中、高等学校の数学必修をやめてしまったら、いったいどういうことになるのか?

 仮に数学必修をやめたことで、1.6%程度の中退者を1.5%程度に減少させることに成功したとしましょう。

 0.1%が救われた。でも、98.4%の「普通に卒業」していた生徒への、数学非必修化に伴うモラルハザード、学習インセンティブの喪失や、現実の能力低下など、ただちに予想される弊害が思い浮かびます。

 実際には発生してしまえば「影響・被害」になります。どうカウンターバランスを取っていけるのか?

 一国の文部科学行政のバランスとして、初等教育側の現状追認に著しく偏った完全に間違った認識と言わねばならないでしょう。

 問題は、「高校の授業についてこられないから高校の指導要領を変えろ!」ではないはずです。

 小学校中学校でまともに履修できてないから、そもそもスタートラインにつけていない。そういう人を高等学校に入学許可している事実上の高校全入、教育の空洞化こそが、真の病因であることは、まともに考えれば万人に明らかでしょう。

 義務教育のトンネル化をそのまま現状追認し、高等学校の入試スルー化も放置したまま、カリキュラムが難しいからとして、その水準を下げるというのは、要するに高等学校教育そのものを崩壊させるのに等しい。

 現在「必修」というタガが嵌っているはずなのに、リメディアルが必要な「大学生」鶴亀算も植木算もできない20歳が普通にいるのが日本国の現状です。

 そこから、抽象的論理的な思考の必修化というタガをはずし、選挙権その他は年齢を引き下げ、義務教育の混乱はそのまま放置では、文字通り亡国の沙汰としか言いようがありません。

 まずこの点で、高等学校数学必修は、絶対的な要件であると結論づけてよいと思います。


制度に差別化をもたらさない

 さらに、大きな問題も完全に抜け落ちています。高等学校の教程が、大学以降の高度な教育の準備段階として必須不可欠であるという、私たち大学側の人間にとっては一番重要なポイントです。

 「高等学校数学必修廃止」は政策としての基本的な体をなしていません。

 私たち大学教員は、高等学校の指導要領の範囲に従って入試問題を作成しなければなりません。

 国語(古文漢文を含め)も、英語も、もちろん数学も、また国公立大学も私学も、これについては微塵の変化もありません。東京大学ももちろん、そのルールに従っています。早稲田大学も慶応大学も一橋大学も東京工業大学も、例外は存在しません。

 高等学校の数学が「必修科目から外れる」ということが、こうした大学受験全体に与える影響が、どれほど大きなものになるか、考えてみてほしいと思います。

 リスク評価のシミュレーションを考えるだけで、背筋が寒くなってきます。間違いなく当初から予想されるのは

 「数学必修廃止によって高校生全体の数学の学力が上昇することはない」

 もっと言えば、「有為な学力低下が深刻に懸念される」という仮説のもとに、検定をシミュレーションすることになるでしょう。ただでさえこれだけ下がりまくっている高校生〜大学新入生の学力です。

 現状のままでも中退者は減少傾向を見せているのに、それを減らすために高校数学全体の必修廃止など、政策案としての基本的な要件を満たしません。

 常々強調するとおり、民主主義と全体主義の違いは少数者救済の有無にあります。高校中退者を減らすことは、一人ひとりの生徒を大切に考える現場の仕事として重要だし、その観点から夜回りする事務次官というのも立派なことだと思います。

 しかし、天下国家とは言いませんが、日本全体の教育、100年と言わず向こう10年の推移を念頭に置くだけでも、高校数学の強化が求められこそすれ、軟化弱体化、さらには廃止など、教育全体を考えるあらゆる観点から、検討の余地は1ミリもありません。

 はっきり言えば、教科の内容ではなく。教え方、教わり方が根本的におかしい「日本型」であるのが元凶であって、大学・大学院さらには国際社会で仕事をしていくうえで、高校数学程度の内容がクリアできていない大学生には活躍範囲に限界が明らかです。

 インドでも中国でも中東でも、途上国からやって来る留学生は軒並み数学が非常に得意で優秀です。

 なぜ?

 数学は、お金が要らない学問だからです。実験物理や化学、また生物などは、高価な機材がないと先端には行けません。

 でも、数学や数理物理は、一銭のお金がなくとも、紙とえんぴつとまじめに取り組む意識があれば、必ず力が伸び、自由な発想があればその先でオリジナルな仕事がいくらでも可能です。

 日本で最初のノーベル賞も湯川秀樹さん、朝永 振一郎さん共に理論物理、紙と鉛筆と念じる心だけからの勝負でした。日本は貧しかったけれど、心は豊かだった。

 数学も同様です。小平邦彦、岩澤健吉・・・紙と鉛筆と想像力、あと可能なら、生徒に根気よくつきあってやれる先生がいれば、もうこれだけで、ビリからトップに躍り出ることもできるのが数学です。

 東洋経済では「貧困」をキーワードに前川さんと法政大学の湯浅誠教授が対談していましたが、湯浅氏は中学高校の5級ほど後輩に当たり、基本的な動機を共有していると思いますので、私がここに書く意図を正確に理解できると思います。

 「難しいから教程から外せ」は、率直に言えば「金満の思想」と思います。

 貧困に抗っていこうというとき、本当に真剣に取り組むのなら、原資が限りなくゼロに近いところからでも、努力と積み重ねで最前線まで自力で歩いていける「救いの科目」がなければ、リアルな夢も希望もないでしょう。

 シリコンバレーの成功者の中には、廉価なPC1台、それ以外は紙と鉛筆と頭と胆力だけで勝負した人が少なくありません。そういうチャンスをまるまる奪いかねない話だと思います。

 私のごく身近に、基地の町で育ちグレかけた経験のある青年がいます。体格が華奢でボコボコにされてから、グレてもうまくいかないと考え、ふとしたきっかけで紙と鉛筆だけで数学に目覚めました。

 お金は本当になく、すべて自分で働いて学費を稼いで大学進学、在学中も自分で稼いで大学院まで修了、現在は外資系コンサルでAIの国プロを率いて大活躍しています。苦労しているから力があるし、人間としても大変に魅力的な男に育ちつつある。

 そういう多くの実例を念頭に、明記したいとおもいます。「高等学校数学必修廃止」、100%反対します。あり得ません。

 それは、経済的に必ずしも恵まれないかもしれない生徒の未来の、自由と経済的な自立を奪う最短経路の1つになりかねないことからだけでも、議論の余地がほとんどない自明なことです。

 形だけ高卒で、現時点で必修とされている程度の初等数学すらちんぷんかんぷんで世の中に放り出された18歳のすぐそばにライフロング・ワーキングプアへの近道が口を開けているのは、冷静なあらゆる第三者の目からみて明らかでしょう。そんな施策はあり得ません。

筆者:伊東 乾

JBpress

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