インドネシアのカカオ農家を本気にさせた実業家

4月17日(水)6時0分 JBpress

インドネシアで栽培されているカカオの果実。(提供:Dari K)

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 発展途上国の生産物に対して正当な対価を支払い、生産者の生活を持続的にサポートする「フェアトレード」。しかし、慈善事業の考えから高値で買い取ろうとするだけでは、取り組みを持続していくのは難しい。

 そのアンチテーゼとして、生産物の品質そのものを向上させることで、消費者側が自発的に高い価格を支払うようにする「真のフェアトレード」に挑戦する企業がある。インドネシアで生産されるカカオに注目して、カカオの輸入からチョコレートの販売を行う「Dari K(ダリケー)」(京都市)だ。

 インドネシアは、世界第3位のカカオ生産量を誇る。だが、インドネシアのカカオはこれまで日本へはほとんど輸入されてこなかった。生み出されるカカオ豆の品質の低さが日本への輸出を妨げていたのだ。Dari Kは2011年の創業以来、インドネシアのスラウェシ島で、カカオ農家の意識の改革と品質の向上に取り組み、日本への輸出拡大を成功させてきた。

 Dari Kはどのようにして現地の人々の心を動かしたのか。そして「真のフェアトレード」の実現には、何が必要なのか。Dari K代表の吉野慶一(よしの・けいいち)氏に話を聞いた。


方法論より「出口」を見せることが大事

——吉野さんは証券会社などでのキャリアをお持ちですが、なぜインドネシアのカカオの事業を始めたのでしょうか。

吉野慶一氏(以下敬称略) 出会いは1枚の地図です。たまたま入ったカフェに、世界のカカオ産地の地図が貼ってあったんです。カカオは、赤道付近の熱帯、アフリカや中南米に加えて、日本のすぐ近くのインドネシアでも採れるんですね。でも、実際に日本がどこから輸入しているかというと、8割はガーナで、インドネシアは0.3%くらいです。

 それで興味を持って調べていき、その理由を探りに現地に行ってみると、現地のカカオ農家の中には、自分たちが栽培しているカカオがチョコになると知らない人もいて、やる気がないのです。彼らにとってカカオは、収入を得るための換金作物に過ぎないのです。自分たちのチョコレートをおいしく食べている世界とあまりにも違う世界がそこにはあって、カカオ農家の人たちはこのままでいいんだろうかと疑問に思ったんです。

——インドネシア産のカカオが、日本で知られていなかったのはなぜでしょうか。

吉野 カカオは果物であり、木になっている実を収穫して中の果肉を取り出し、それを発酵させて乾燥させることで、いわゆるカカオ豆になります。しかし、インドネシアでは発酵はさせていませんでした。発酵は非常に重要で、カカオ豆の品質を良くするためには、発酵の過程が不可欠なんです。発酵していないと、チョコは作れますが全然美味しくありません。

——発酵していなかったのは、なぜでしょうか。

吉野 僕ははじめ、彼らが発酵のやり方を知らないのだと思っていました。でも聞いてみたら、発酵のやり方を知っている人もけっこういたんです。

 では、やり方を知っているのに、なぜ発酵させないのかというと、発酵してもしなくてもカカオ豆の買い取り価格はほとんど変わらないからなんです。発酵には手間はかかるのですが、手間暇かけて頑張ってもその努力が報われないとなると、人ってモチベーションが下がりますよね。ですから、この発酵を彼らがしてくれたら、相応の価格で買いましょうという形で始めたんです。

——吉野さんの前に、同じように考えた人はいなかったのでしょうか。

吉野 気づいている人は少なからずいました。たとえば国連やアジア開発銀行、インドネシア政府は、インドネシアのカカオ豆が国際価格よりも低く取引されているのは発酵していないからだ、とレポートで書いています。そして実際に彼らは、数十億円かけて、発酵のための木箱を農家に配ったり、発酵を教えるエキスパートを海外から呼んだりしました。それで発酵を知っている農家もいたのです。

 しかし、問題の解決には、発酵のやり方を教えるだけでなく、発酵させたら相応の価格で買うという「出口」が必要だったのです。彼らは方法論にばかり目が行っており、「出口」を確保できなかったため、現状を変えることはできなかったのです。


人を動かした「体験」と「仲間意識」

——では、吉野さんは現地の人たちの心をどのようにして動かしたのでしょうか。

吉野 まず、発酵させたら相場よりも高く買い取ると伝えました。

 ただ、発酵しようという気持ちにさせるのと、実際に発酵するかどうかは、別問題です。高い金額で買い取ると言えば多くの農家はカカオ豆を発酵させると思っていましたが、それは大間違いでした。農家なので食べるものはあるため、自分が予想していた以上に、頑張って発酵させてまで収入を上げなくてもよいと考える人が少なくありませんでした。また、発酵のプロセス自体も、僕がそこに毎日いるわけではないから、適当にやればいいと思う人もいたようで、すべての農家が真剣に受け止めてくれたわけではありませんでした。

——具体的には、どのような取り組みをされたのでしょうか。

吉野 2つあります。1つは、農家にチョコレート作りを教えたことです。彼らは、カカオ豆は身近にあるけど、そのカカオ豆から作られたチョコを作って食べたことはありませんでした。

 そこで、農家の子どもたちに親御さんが作っているカカオ豆を持ってきてもらい、一緒にチョコを作りました。子どもは10歳くらいですが、親御さんは30年以上生きてきて、初めて自分のカカオで作ったチョコを食べたんです。ビックリするんですよ、こんなにおいしいのかって。子どもたちも、自分の親が作っているカカオがこんなにおいしくなるんだといって、親御さんを見る目が変わったりしました。

 そして、発酵した豆と未発酵の豆で、それぞれチョコを作って食べてもらったんです。そうしたら、「未発酵のカカオ豆だと香りがあまりなくて美味しくない、発酵するとこんなに美味しくなる」と、彼らは体感できたのです。彼らも口では発酵の重要性を分かっていると話していたけど、腑に落ちていなかったのです。

——自分で体験して理解できたことは大きいですね。

吉野 もう1つは現地ツアーです。カカオの生産者とチョコレートの消費者の間には、コレクター(収集業者)、倉庫、商社、チョコメーカー、コンビニやスーパーなどがあり、このサプライチェーンが非常に長いのです。カカオの生産者とチョコレートの消費者が会うことなんて、普通はあり得ないのです。そこで、消費者を現地に連れて行くことで、農家の人たちの頑張りを知っていただき、現地の取り組みを理解していただこうと考えました。

 その一方で、現地の農家さんたちも、このツアーを通してすごく変わりました。日本からジャカルタまで7時間、ジャカルタからスラウェシ島まで3時間、そこからバスに8時間乗ってようやくたどり着く、カカオの生産地。そこは外国人が年間でも10人しか来ない県なのに、我々が一気に50人ものツアーを組んでやってきたものだから、村中どころか県を挙げて大騒ぎです。ホテルは何とかなりましたが、50人収容できるレストランはありません。

 そこで、50人の日本人がご飯を食べられるように、農家の女性たちが10人くらいグループになって、昼食と夕食を毎日作って招いてくれたんです。最初はツアー参加者を「ゲスト」と呼んでいたのが、数日一緒に過ごすうちに「ファミリー」になってきました。

 それまで農薬を使用することにためらいがなかったカカオ農家ですが、この日本人のファミリーに対して、農薬の付いたカカオ豆を届けるわけにはいかないし、ファミリーの喜ぶ顔が見たいから美味しいカカオ豆を作りたい、という気持ちが強くなったのでしょう。農薬を使わずカカオの実に袋を掛けたり、しっかり発酵するよう農家自身のマインドセットが変わってきたのです。


競争よりも全体の底上げを

——Dari Kのブログに「『○○産カカオ』から『○○さんカカオ』への挑戦」という紹介があります。この取り組みの狙いはどこにあるのでしょうか。

吉野 ひとつは、現地で農家と直接やり取りしているからこそできることをしたいと思い、考えました。

 もうひとつは、作り手の個性やモチベーションの観点です。巷で言われる「○○産のカカオ」とは、あくまでそのチョコレートメーカーが調達したある国や地域のカカオであって、産地で一般化されたら作り手の個性は見えなくなってしまいます。ワインも、高級なものは「ブルゴーニュ産」「フランス産」とはまとめず、ブドウの作り手や農園で語られますよね。

 自分の育てたカカオの個性を大切にして、それを消費者に届けられれば、彼らのモチベーションにもなります。それは、発酵を通じて高品質なカカオになり、そして消費者は美味しいチョコを食べられる、という良い形での循環にもつながります。

——実現はいつ頃になりそうでしょうか。

吉野 やろうと思えばいつでもできますが、これを一時的なトレンドではなく文化や価値観にまで昇華していくためには、消費者の理解が十分深まることも必要です。消費者がその価値を見いださないと持続しないと考えているため、ある程度マーケットを啓蒙しつつ、徐々に出していくという形を狙っています。

——Dari Kのビジョンとして「カカオを通して世界を変える」と掲げています。これまで約8年取り組まれてきて、実際に変わってきているという実感はありますか。

吉野 約300人の農家から直接買い取りをしており、その広さは東京ドーム5個分までになっているので、少しずつですが世界を変えている実感はあります。ただ、この「カカオを通して世界を変える」という目標に関しては、自社だけでは達成できないと思います。いかに他社を巻き込んでいくかが重要です。

 我々が掲げる「真のフェアトレード」というアプローチは、「かわいそうだから高く買ってあげる」ではなく、「付加価値を付けて良いものを作れば高く買い取るところが出てくる」というものです。それは短期的に見れば他のバイヤーとの競争になりますが、長期的に見れば良いものを高く買うバイヤーが増えるので、農家にとってはプラスになります。

 企業のシェア争いでは、自分が勝てば相手が負けるということになってしまいますが、みんなが良いものを正当な価格で買って、生産者の努力に応じた対価が払われるようにしたいと意識しています。

——企業の競争を超えていくには、横のつながりも大事ですね。最後にこれからの展望を。

吉野 いろいろなところに影響を与えつつ、底上げしていきたいと思っているので、どう他社を巻き込んでいくかは大きな関心事です。

 視野を広げると、カカオが生み出せるのはチョコレートだけではなく、廃棄されるカカオの殻を使ってバイオガスを発生させて電気にすることもできると考えています。いま、スラウェシ島では3割くらいの人が電気のアクセスがありません。でも、カカオの殻はたくさん捨てられているわけで、もしそれがガスや電気になれば、彼らの生活は劇的に変わると思います。そのためには、菓子業界だけでなく、他の業界とも一緒に動かないといけません。

 本当に何かを変えるためには、何をしなくてはいけなくて、それをするために、自分はどこで誰に会えばいいのか。それを常に考えています。

筆者:西原 潔

JBpress

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