僕の初体験の相手は、猫と暮らすぽっちゃりのおじさんだった

4月18日(木)17時0分 文春オンライン


連載「僕が夫に出会うまで」



2016年10月10日に、僕、七崎良輔は夫と結婚式を挙げた。幼少期のイジメ、中学時代の初恋、高校時代の失恋と上京……僕が夫に出会うまで、何を考え、何を感じて生きてきたのかを綴るエッセイ。毎週連載。



(前回までのあらすじ)中学時代に仲良くなった転校生の司、高校時代の親友で、一重まぶたのイケメンのハセ……何度も男の人を好きになっていた僕は「自分はゲイなのかも」と悩んでいたが、誰にも打ち明けないまま、専門学校進学のために北海道から東京へ上京する。



(前回の記事「 ゲイの僕が高校を卒業し、東京へと降り立った日 」を読む)



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 東京での新生活が始まった。寮には、学校も学年もバラバラな50名程の男子生徒が生活をしている。食事の時間も、お風呂の時間も決められているが、50名の寮生に対し、お風呂場なんかは6人入ればギュウギュウで、僕は朝こっそりと浴室に侵入し、シャワーを浴びることにしていた。


 幼い頃から、型にハメられることがとても苦手で、「1列に並べ!」と言われても、どう頑張っても絶対にはみ出してしまうような僕が、カッチリとルールが決められている寮生活に慣れるのはほとんど不可能だった。





 それに加え、しばらくして気づいたのだが、どうやらみんな、お風呂で友達を作るらしく、寮の仲良しグループは、僕の知らぬ所で、すでに出来てしまった。


 なかでも一番ガラの悪そうなグループの近くを僕が通ると、その内の1人が僕を睨みつけていた。その時の僕は日サロに通い、髪の色も明るかったので「調子にのっている奴」と目を付けられたに違いないと思った。


 東京には派手な人が多いと信じ込んでいたのだけど、どうやらそうではなかったみたいだ。


はじめての東京生活でやってみたこと


 男子寮生活にも、学校生活にもなかなか慣れない頃、僕は部屋で1人、携帯の液晶を見つめていた。実家にいた頃には、親の目もあり、自分でもなんだか恐ろしくて見ることのできなかった男同士の出会いの掲示板だった。たくさんの人が書き込みをしている。


「男を好きな男の人」ってこんなにいるんだ! 日本に数人位だろうと思っていたけれど、もしかすると日本に100人位はいるのかもしれないと思えてきて興奮した。この東京にも必ずいる! と考えた僕は掲示板に書き込みをした。


「僕は東京に住んでいます。近くに、会える人いますか?」


返信はすぐにきた。


「プロフ教えてください」


 プロフって、プロフィールの略だろうか。


「名前は良輔、1987年生まれ18歳、北海道出身、O型、蠍座、178センチ、57キロです」


「168.80.48.P16」


「え、どういう意味ですか?」


「身長、体重、年齢、ペニスの大きさだよ。俺、おじさんだけど、会ってもらえるかな? 家は秋葉原駅から近くなんだけど」



 自分を「男の人を好きな男」かもしれないと思っていた僕は、同じような人と会って話ができればいいと思っていた。


「はい、是非。よろしくお願いします! 今から秋葉原へいきます!」



 さすが東京だ。ゲイの人と会えるなんてとても嬉しい! 僕が今まで、誰にも相談できなかった、男の人を好きだったことや、もしかしたら自分がゲイかもしれないと思っていることを相談できるかもしれない。もしかすると、それを治す方法が見つかるかもしれないし、自分の中で受け入れることが出来るようになるかもしれない。とにかく、僕は秋葉原駅へと急いだ。


現れたのは、ゲイのイメージからかけ離れたおじさん


駅まで迎えに来てくれていたその人は、見た目、ただのおデブなおじさんだった。振る舞いや口調も、どっからどうみても、ただの普通なおデブなおじさんで、TVで見ていたような、ゲイのイメージとはかけ離れていた。TVの世界でしかゲイらしき人を見たことが無かったから、僕の中で、ゲイというものは、騒がしくて、僕よりも女っぽい人のことだと勝手に思い込んでいたし、その人達と自分が同じ訳がない、と思っていたのだ。


 だから今、目の前にいるこの人は本当にゲイなのだろうか、と不思議に思ったし、もしかしたら、僕が言われてきたみたいに、「ぶりっ子するな」とか、「男らしくしなさい」と教育され、男らしく演じることができるようになった人なのかもしれないと思った。


すぐに自宅に誘われて


 おじさんは話し方が丁寧かつ穏やかで、着ている服装などから、お役所勤めではないかと思えた。駅で会ってすぐに「僕の家に行きませんか」と言われ、一瞬戸惑ったものの、おじさんは、周囲の目を気にしているのだとすぐに気が付いた。僕自身、自分がゲイかもしれない話をしたいのに、都会のカフェでは気が引けてしまう。世間の目から隠れるには、家に行くしかないと思い、僕はおじさんの提案に従うことにした。


 彼のマンションへお邪魔すると1LDKと、狭めだけど綺麗なマンションだ。猫を飼っていて、その猫がまたおデブだ。ペットは飼い主に似るものだということを確信した。



 この人はゲイで、誰にも相談できず、猫を飼って孤独を紛らわせ、ひっそりと生きているのかもしれない。そして、この狭いマンションで、誰にも気付かれずひっそりと死んでいくのだと思うと、気の毒な気持ちになった。もし僕も、この人と同じくゲイであれば、僕のこの先の人生を、おじさんが見せてくれていることになる。絶対に嫌だ。自分がゲイであることを受け入れられるかもしれないと思って来てみたが、余計に受け入れる訳にはいかないと感じた。


「全然、ゲイっぽくないですね。イメージが変わりました。僕には難しかったけど、男らしくしようと頑張ってるんですか?」


僕は素直に質問をぶつけた。


「ゲイがみんなTVに出ているような人ではないですよ。むしろ、僕の周りでは、普通っぽい、ゲイの人のほうが多いです」 


「そうなんですね。初めて知りました」


「彼氏はいないんですか?」


 彼氏がいるかなんて、聞かれるとは思ってもいなかった。だって彼氏なんか、出来るはずがない。今までずっと片想いしかしたことがない上に、その片想いの相手には、すぐ彼女が出来てしまう。そんな簡単に彼氏ができる訳が無いじゃないか。



「彼氏なんて! できたことないです。どうやって作るんですか? 今まで好きになった人には、みんな彼女ができてしまいました」


「ノンケに恋をしたらだめです。だって、そんなの辛いだけでしょう。この業界の暗黙のルールみたいなもので、ノンケに恋はしちゃいけないです」


「ノンケってなんですか?」


「ノンケは、ゲイじゃない人のことだよ。そっちの気(け)が無いから、のん気、ノンケ」


 魔法族が非魔法族を「マグル」と呼ぶみたいなものかと思った。


おじさんの突然の質問


「本当に何も知らないんだね。今まで、ゲイの人との交流は、なかったの?」


「ゲイの人なんて、今日初めて会いました」


「そうなんだ。でも会っていない訳はないんだよ。クラスに1人はいると言われているからね。みんな隠しているだけで。左利きの人と同じくらいの割合でいるんだよ」


「そんなに! でも、僕、ほんとに気付きませんでした」


 僕は今までのクラスメイトを思い浮かべたが、それらしき人は分からなかった。


「エッチはした事ある?」


 おじさんの突然の質問に、僕は素直に答えることにした。


「女の人とはあります。高校時代ずっと好きだった人に、『せめて童貞を卒業してから東京へ行け』と言われて、そういうお店に連れていかれました」


「好きな人にそんな事を言われて、辛かったでしょ」


 僕はうなずいた。初めて自分の気持ちがわかってもらえた気がして嬉しかった。


「男の人のを、触ったことはある?」


「足に当たった事はあるんですけど、触った事はない……です」


「触ってみる?」


  そう言うと、おじさんはむくりと立ち上がり、自分のズボンを下ろし、僕の手を自分のトランクスの上にそっと置いた。心の奥底で、ずっと求めていたものがそこにはあった。もちろんハセのではないが、確かにずっと求めていたもののように思える。


「ちょっと待ってください」


  置かれた手をじっとしていると、おじさんが興奮しているのを感じた。少し驚いたが、そういえば、この人は「男好きな男」なのだから僕に触られて興奮しているのも当然だ。


 僕が、男性が好きなのかもしれないと気づいたとき、そんな人は日本には数人しかいないと勝手に思っていたし、他人のその部分に堂々と触れる事なんて、ないまま死んでゆくと思っていた。だから、トランクスの上から触ってみることができただけで十分だった。


しかし、おじさんはこれで満足はしていなかったようだ。おじさんは、さらっとパンツを脱いでしまった。興奮状態の、自分以外のモノを見たのは初めてだったから、正直、困った。この先の展開を知ってみたい気持ちはもちろんあるけれど、まさかこんな事を経験する日が来るとは思っていなかった。


「男の人のを、どうしたらいいか、わかる?」


「いいえ……」


 おじさんは、困惑している僕の服を脱がそうとしたが、僕はそれを遮った。


「ちょっと待ってください……」


「ん? どうしたの?」


「猫が……、見ています」


 ふと視界に入ったデブ猫が、興味津々といった様子で、僕とおじさんを見ていた。



 おじさんは「猫がいると気になるかな?」と言って、猫を廊下に連れて行き、ドアを閉めた。


 この日が、僕にとって、「男性との初体験」の日となった。


 途中でおじさんは、「誰にも見せないから」と言って、別の部屋からビデオカメラを持ってきて撮影を始めようとした。


「ちょっと、待ってください」


「撮影されるのは、いやかな」


「猫が……、猫が戻ってきています」



 おじさんが扉を開けたときに、デブ猫がするりと部屋に戻ってきていたのだ。おじさんは、また猫をつかまえると、ドアの向こうへと締め出した。


 このリビングがきっと、猫の居場所なのだろう。


 なのに締め出されてしまい、気の毒に思った。


ゲイであることをますます受け入れられない気持ちに


 すべてが終わったあと、おじさんは僕を駅まで送ってくれた。足ががくがくしていたけれど、僕は必死に歩いた。


「初めての経験、どうだった?」


「想像と違いました。それに……なんか、足ががくがくする」


 おじさんは、お腹空いてるでしょ? と言って、道端の屋台の焼き鳥を買って僕に渡した。駅まで一緒に行くと、僕はおじさんにお礼を言い、別れの挨拶をして改札の中へと入っていった。


 電車に揺られながら、僕はさっきまでのことを振り返っていた。ゲイの人に会えて嬉しかったし、一生経験できないと思っていた事まで経験させてもらえて、焼き鳥まで買ってもらった。僕は、本当にラッキーだと感じていた。


 だけど、自分がゲイだということを受け入れることは出来なかった。


 だって、自分がゲイだと認めてしまえば、自分に明るい未来はないことを、受け入れてしまうことになる。誰にも打ち明けず、ひっそりと、猫と一緒に生活するおじさんのように、僕はなりたいのだろうか。違う。憧れるはずがない。むしろ気の毒な人だと思った。あのおじさんのような人生を生きるしかないのなら、消えてなくなったほうがマシに思えた。


 僕は、将来、自分も幸せな家庭を築くものだと、物心付いたときから、無意識にそう信じていた。いずれは女の人に恋をして、結婚すればいい。いつか自分にぴったりの女性が現れるはず。僕は自分にそう言い聞かせた。


 足はまだ震えていた。


 デブ猫はもう、部屋に入れてもらえただろうか。



写真=平松市聖/文藝春秋


(続き「 男子寮で暮らす僕が、何度も繰り返してしまった過ちとは 」を読む)

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(七崎 良輔)

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