ロヒンギャ問題で日本とフェイスブック社が批判を受け続ける理由

4月21日(日)11時0分 文春オンライン

 ノーベル平和賞受賞者であり、日本でもよく知られたアウンサンスーチー氏に国際的な批判が高まっている。パリではパリ市名誉市民称号を剥奪され、オックスフォード市も同様に名誉市民号を剥奪し、カナダも名誉市民の称号を剥奪した。アムネスティ・インターナショナルは同氏の「良心の大使賞」を取り消した。


 一方、こうした国際的な批判とは真逆に日本の河野外相はアウンサンスーチー氏と会談し、支援を約束した。国連でロヒンギャ迫害非難決議を採択した時には142カ国が賛成する中、日本は棄権した。また、自衛隊はミャンマー国軍と交流を続けている。



アウンサンスーチー氏(右)と会談した河野外相 ©AFLO


深刻化するロヒンギャへの「民族浄化」


 背景を説明しよう。ミャンマーではロヒンギャという少数民族への虐待、虐殺の問題が深刻化しており、約70万人が国外脱出する事態になっている。前述の国連決議はこれに対するものであり、虐待の主体であるミャンマー国軍の行動を「民族浄化」と糾弾している。


 ロヒンギャへの「民族浄化」は軍によって行われている。ミャンマーでは政府が軍を制御できない仕組みになっているので、国家顧問であるアウンサンスーチー氏には軍の暴走を止めることができない。それでも軍を批判し、止める努力を行うことは可能なはずだが、あまり積極的に行っていないことが批判の的となっている。



日本得意の責任逃れの自己責任論


 同様にミャンマー政府およびミャンマー国軍を支援する日本も批判されている。2018年9月18日のディプロマット誌には「日本の恥ずかしいミャンマー抱き込み(Japan's Shameful Myanmar Embrace)」(註1)とまで書かれてしまった。ミャンマー防衛省のページ(註2)に掲載されている内容の通りだとすれば、自衛隊が会談した相手は、ミャンマー国軍の最高司令官であるミンアウンフライン氏で、虐待、虐殺を進めている張本人だ。そんな相手と協力関係を強めるのは批判されて当然だ。


 日本は同地区の経済権益を確保するために、中国(ミャンマー政府を強く支持)とのバランスに配慮しながらミャンマーとの関係を維持しており、人権や人命には配慮していないと思われても仕方がない。金は出すから厄介ごとはその国で解決してほしいという、日本得意の責任逃れの自己責任論にしか見えない。



フェイスブック社と日本が似ている現状


 実はこの日本の姿勢はフェイスブック社ときわめて似通っている。フェイスブック社は私企業であり、政治や紛争には関与したくない。しかし、ロヒンギャ問題では批判の矢面に立たされている。なぜならロヒンギャへの誤解やヘイトはフェイスブックやWhatsApp(フェイスブックの子会社、世界最大のメッセージングアプリ)を通して広がっているからである。時には特定の相手への攻撃指示まで行われている。


 フェイスブック社はネットが普及していない地域に無償のインターネット接続サービスを提供している。そこで利用できるのは同社および同社グループのサービスだ。ミャンマーでもこのサービスによって急激にモバイルインターネットが普及し、インターネット=フェイスブックという状況が生まれた。そこで蔓延したのがヘイトである。



 2018年8月15日のロイターは「フェイスブックがミャンマーのヘイトスピーチ戦争で敗北している理由」という記事のトップに大きく「ヘイトブック(Hatebook)」と掲げた。この記事ではフェイスブックのサービスがロヒンギャ虐待に利用された実態と、同社が手をこまねいていたせいでいかに事態を悪化させたかが描かれている。このへんの経緯については拙著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(註3)にくわしく書いた。


批判に対しての対応が下手


 日本もフェイスブックも金を儲けるために同国に様々な便宜を図り、問題への有効な対策を打たぬまま、便宜供与を止めていない。日本に至っては軍事面での便宜供与までしている。さらに似ているのは、どちらも批判を受けた後の対応が下手なことだ。


 日本政府は問題の発生している国の政府を支援する言い訳に、問題はその国自身で解決することが一番といった言い方をよくする。国内で問題が発生している国の政府を支援する一方、問題の解決そのものはその国の政府にまかせる、という考え方は一見悪くないように思えるが、実際はケースバイケースである。たとえば史上有数の大量虐殺(80万人とも100万人とも言われる)の起きたルワンダで、虐殺を続ける政府を支援することは考えられない。ミャンマー政府に対して日本が行っているのはそういうことなのだ。少なくとも国際社会からはそう見えている。




ミャンマーでの虐殺を容認する行為


 2019年2月5日、フェイスブックは「ミャンマーのフェイスブックから危険な組織を締め出す」(註4)と題する記事を同社のNewsroomに掲載した。内容はミャンマー国内の危険な4つのグループをフェイスブックから排除した旨の発表だ。これらの集団は武装しており、テロ、殺人、ヘイトなどの行為に関わっており、一般市民を攻撃した証拠もあるという。


 この措置に多くの人権団体やメディアが疑問を呈し、批判した。たとえば2月7日付のガーディアン紙では以下のように指摘されている。「ミャンマーには武装しているグループが多数あり、なぜこの4つだけ対象になったかが不明である。さらにヘイトの最大の発信源であるグループには手をつけていない。つまり非常に偏りがあり、実効性に疑問がある」(註5)


 フェイスブック社はその理由を明確にしていないが、政府や軍およびその主張に近いグループは対象としないというルールがあると推察されている。ヘイトや虐待はミャンマー国軍が中心のひとつなので、そこに手を付けないことはミャンマーでの虐殺を容認し、逆に軍に抵抗する勢力のみを排除することになる。火に油を注ぐとはこのことだ。



「見えない戦争兵器」となりうるネット世論操作


 問題はミャンマーだけではない。世界各地で極論に傾いた集団が騒ぎを起こしている。ミャンマーへの対応と同じことをしていれば国際社会から問題視されるのは間違いない。フェイスブックはすでに世界各国で批判され、対処を求められている。


 この背景にはSNSの社会的影響力が急速に広がっていることと、それを利用したネット世論操作が行われていることがあげられる。アメリカ大統領選にロシアが干渉したことはよく知られているが、現在世界中の選挙のほとんどでネット世論操作が行われている。



 選挙にネット世論操作を利用する動きは2010年前後から急速に世界中に広まっていった。『真実と信頼の課題 組織化された世界のネット世論操作便覧』(註6)によれば2018年現在、世界48カ国でネット世論操作が行われているという。2017年には28カ国だったから急増といっていいだろう。そのすべての国で国内を対象に情報操作が行われており、さらにいくつかの国は海外に向けても行っている。たとえばロシアやイランなどがそうだ。敵国を攻撃する「見えない戦争兵器」として積極的に活用している。



ネット世論操作によって生まれるエセ民主主義


 つい先日、アメリカのシンクタンク大西洋評議会が公開したレポート「民主主義国におけるネット世論操作:ラテンアメリカのサイバー空間正常化の必要性(3月28日)」(註7)によれば昨年ラテンアメリカ3カ国で行われた大統領選などの重要な選挙のすべてでネット世論操作が行われ、その結果、極論を主張する国家元首が3カ国で誕生した。このレポートでは、2018年に起きたことは言わば前哨戦に過ぎないとしている。2019年つまり今年は世界で80以上の選挙が行われる予定で、そのほとんどが国政を左右するものだ。ここでネット世論操作が行われて極論の国家が増加すれば国際社会にとって深刻な脅威となる。



 民主主義は選挙によって殺されるのだ。選挙によって選ばれた国家元首が独裁者になり、形だけ民主主義のエセ民主主義国家に変貌する。その過程は『民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道』(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット)に詳しく書かれている。


「民主主義を殺した共犯者になります」


 日本の近くの東南アジアでも選挙によって選ばれた国家元首が民主主義を殺す事態が起きている。フィリピンやカンボジアでは政治家がネット世論操作戦略専門家を雇って世論操作を行うのが当たり前だ。フィリピンのドゥテルテ大統領は2016年の選挙の際、影響力のあるブロガーやボットなどを利用したり、20万ドルをかけて「キーボードアーミー」と呼ばれる実行部隊を組織するなど、大々的なネット世論操作を行って当選した。カンボジアでは対立する野党の党首をフェイクニュースで国家反逆を企んだとして逮捕、投獄した。



 これらの国ではフェイスブック、WhatsApp、ツイッターの利用者が多く、これらを利用してフェイクニュースの拡散や世論操作が行われている。ここでもフェイスブックは大活躍しているのだが、やはりこうした事態に有効な手を打てておらず問題となっている。


 そして日本も同様に批判されている。カンボジアで野党(CNRP)が強制的に解散させられ、党首が投獄された時、党首の長女は世界に向けてこう訴えた。


「#CNRPは公式に解散しました。EU、日本、オーストラリア、そしてアメリカ合衆国は選挙への協力を取りやめるべきです。さもなければ #Cambodia の民主主義を殺した共犯者になります」(註8)



 EU、日本、中国は2100万ドルをカンボジアで選挙を実施するための資金として送っている。EUとアメリカは選挙への協力を取りやめたが、日本は支援をやめなかった。それが全体主義を後押ししていると受け取られた(実際にその通りなのだからしかたがない)。その結果、選挙に先立って、日本の銀座、ニューヨークの国連本部近くで公正な選挙を求め、日本政府に支援の取りやめを求めるデモが行われた(註9)


ネット世論操作は最強の非対称兵器


 これは一例に過ぎない。日本政府は、その国のことはその国の政権が解決すべき、と考えているのかもしれないが、その国で虐待されている人々や、その国の状況を改善しようと努力している他国には、独裁者やエセ民主主義を支援する国と映るだろう。


 極論を主張する候補者たちにとっての強力な武器=ネット世論操作に対する有効な対抗手段はいまのところ存在しない。ファクトチェック組織やSNSプラットフォーム事業者(フェイスブックなど)の監視強化が対策としてあげられることが多いが、必要であっても切り札にはなり得ない(フェイスブックがそれを実証している)。さまざまな方法を組み合わせて総合的に対処するしかないのだが、それでも不十分だ。



 戦いにおいて攻撃側と防御側の負荷が異なることを非対称と呼ぶ。現状のネット世論操作は最強の非対称兵器と言える。攻撃側は低コスト、低リスクで相手に大打撃を与えることが可能で、防御側は高コストで対策を行っても防御は破られる。ならば防御側もネット世論操作で応酬すればよいという考え方もあるが、国家間の戦争において自由主義諸国がネット世論操作を仕掛けるのは倫理的に難しい。相手がやっているからといってロシアの国内でフェイクニュースを流し、暴動が広がるようなネット世論操作をしたことがばれたら大変なことになる。また、国内の選挙戦で言えば、端的に金と組織力を握った方が勝つだけである。


 2019年はすでに始まっている。日本が世界でどのような役割を果たす国か問われると同時に、日本自身もエセ民主主義化の試練に直面している。



註1  https://thediplomat.com/2018/09/japans-shameful-myanmar-embrace/


註2 MYANMAR, JAPAN TO STRENGTHEN MILITARY COOPERATION

( http://www.mod.gov.mm/news/item/34-myanmar-japan-to-strengthen-military-cooperation )


註3 角川新書 2018年11月10日


註4 Banning More Dangerous Organizations from Facebook in Myanmar

( https://newsroom.fb.com/news/2019/02/dangerous-organizations-in-myanmar/ )


註5 'Overreacting to failure': Facebook's new Myanmar strategy baffles local activists

( https://www.theguardian.com/technology/2019/feb/07/facebook-myanmar-genocide-violence-hate-speech )


註6 Challenging Truth and Trust:A Global Inventory of Organized Social Media Manipulation(20.7.2018 Samantha Bradshaw & Philip N. Howard)


註7 Disinformation in Democracies: Strengthening Digital Resilience in Latin America


註8 「#CNRP is officially dissolved. Time for EU, Japan, Australia & the US to declare withdrawal from elections assistance, or they become accomplice to the death of #Cambodia democracy.」

( https://twitter.com/MNVKem/status/931121172984619008 )


註9 「日本政府支援の総選挙にNO カンボジア人が銀座でデモ」朝日新聞2018年6月17日、「日本はカンボジア選挙支援やめて 野党がNYと東京でデモ」共同通信2018年6月17日



(一田 和樹)

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