月面ディナーのテクノロジーが地上の食問題も解決

4月22日(月)6時0分 JBpress

未来の月での生活、どのようなディナーを楽しめるのだろうか。

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 有人月探査が加速している。2019年3月末、米トランプ政権は5年以内にアメリカ人飛行士を月面着陸させると発表した。三菱総合研究所によれば、2045年ごろに月面ホテルなど基地以外の建造物が増え、月面経済活動がスタートして民間宇宙旅行が一般化すれば、月面に1000人が滞在する「月経済圏」ができるという。その時代、月への訪問者は1万人になるという試算もある。

 人が暮らすときに欠かせないのは? 「食」だ。その市場規模は、原料や調理器具などのサプライチェーンを含めると、2045年までに最大5600憶円、関連技術の波及も含めると最大2兆3000億円にもなるという(三菱総研試算)。

 想像してほしい。憧れの月に大枚をはたいて旅行で訪れる未来を。旅の楽しみのひとつは食事だ。フリーズドライやレトルト食品で簡単に済ませるのは寂しい。月の地平線から上る「地球の出」を眺めつつ、月面産の食材で作ったディナーを堪能したいではないか。日本の技術や食文化を生かせば、2040年頃こんな月面ディナーが食べられるかもしれない。

 月の植物工場で作ったみずみずしい葉野菜のサラダ、3Dフードプリンターで作った細胞培養マグロのお寿司、月で培養された藻類のグリーンスープ、そしてメインは牛、鳥、エビ、ユーグレナから作られた培養肉に大豆とみそ、豆乳ベースのソースをかけた培養肉のメリメロステーキだ。

 この「月面ディナー1.0」は3月27日、JAXAや30以上の企業、大学などが始動した「Space Food X(スペースフードX)」プログラムで発表されたもの。特徴は月面での地産地消を想定していること。例えば、藻類や人工培養肉などの素材は月で培養し、葉物は植物工場で育てる。3Dフードプリンターなど、製法にも日本の最先端技術を生かす。

 メニューを考案した料理人の桑名広行氏は「ふだん(地球上で)使える調味料が使えない点が一番苦労した」と語るが、試食すると塩味がよく利いていた。実は、塩味に使われた宇宙用調味料スペースソルト(SpaceSalt)は、人工培養肉の培養液から作られたもの。うま味成分も含まれるとか。

 だが、実際に「宇宙で食べ物を作るのは非常に大変」と、スペースフードX代表の小正瑞季氏は5つの課題を挙げる。その5つとは(1)現地で食材を調達する地産地消、(2)効率的に栄養素やエネルギーを摂取すること、(3)限られたリソースで調理する省力化・省人化、(4)ごみを出さず排泄物も活用する物質循環、(5)少ない食材で美味しく楽しく食べるQOL向上だ。

 これらの課題を、日本の強みを生かして解決できると始動したのがスペースフードXだ。具体的には、ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用大量培養技術を確立したユーグレナ(東京都港区)、人工培養肉の研究開発を進めるインテグリカルチャー(東京都新宿区)、日本宇宙食で実績のあるハウスや日清食品、JAXAなど30以上の企業、大学、研究機関などが参画。今後1年かけてシナリオを検討し、国際宇宙ステーション(ISS)や月面での実証を行っていく計画だ。

 “月産月消”を実現するには、さまざまなテクノロジーが必須となる。月面ディナーが並ぶ食卓は、こんな機器類が取り囲んでいるかもしれない。

 肉は培養肉庫から、葉物は人工光植物細胞庫から。藻類培養タンクからお気に入りの藻類を選んでスープに。調理はアバターロボットと一緒に。ロボットは地上から家族が遠隔操作することも可能だ。栄養管理システムを備えた3Dプリンターが提案、調理してくれるメニューも献立に取り入れたい。食器は汚れが付かない再生素材を使うけれど、どうしても取れない汚れは超節水食洗器で。

 食材だけでなく、これら月面ディナーを実現するためのさまざまな調理器具類などの開発も進めていく。


物質循環に大きな役割を果たすユーグレナ

 実際にどのような研究開発がこれまで行われ、そして今後の課題は何か。スペースフードXに参画するユーグレナ執行役員研究開発担当の鈴木健吾氏に話を聞いた。

 ユーグレナはワカメや昆布、クロレラと同じ藻類の一種で、動物と植物の両方の特徴を持ち、ビタミン、ミネラル、アミノ酸など59種の栄養素を含むという。さらに放射線に対する耐性が強い。鈴木氏は「ミドリムシは、人間が呼吸で出す二酸化炭素や、尿や排せつ物に含まれる窒素を吸収して育つことができ、しかもそれらを酸素や栄養素に変換するので、人間の生活を維持するパートナーとして活用できるのではないか」と、その可能性の大きさを説く。

 鈴木氏の研究によると、月面の作業員1人あたり400リットル(ドラム缶2本分)のミドリムシ培養液があれば、二酸化炭素を吸収しつつ必要な栄養を採れるという。宇宙での藻類培養を想定したカルチャーバッグで培養技術を開発してきたほか、鈴木氏の研究で注目に値するのは、培養したミドリムシから「ミドリムシ100%ハンバーグ」を作り、試食していること! だが「見た目や味に改善点があり、いくらミドリムシ好きの私でも365日は食べられない(笑)」(鈴木氏)。

 見た目や味の課題に直面していた鈴木氏は、スペースフードXでミドリムシを他の食材と一緒に調理することで、おいしく栄養価も高く食べられることが分かり、出口が見え始めた。「ベンチャー一社だけの視点ではなく、専門の大手食品会社に味付けをみてもらえる。栄養素についても、他社の食材とインテグレートすることで補いあってひとつの商品にしていける」とプロジェクトへの期待を語る。

 宇宙空間や月面で藻類を培養する際の課題については「培養液が飛んでいってしまわないようにすること。とろみをつけるのが解決策のひとつ。あとはなるべく軽く、現地で調達できる素材で培養できる仕組みを考えないといけない。佐賀市の下水処理場で、下水からミドリムシが育つことは実証済みで、その技術は活用できそうです」。


日本の食の技術を宇宙の台所に

 スペースフードXには、東京理科大学スペース・コロニー研究センターも参画。同大特任副学長で宇宙飛行士・向井千秋氏は「月の食事の半分は地産地消を実現しないといけない。今の地上の技術なら十分できる」と言い、こう続けた。

「1960年代のアポロ計画のように、宇宙開発用にフリーズドライなどの先端技術を開発し、地上にスピンオフさせる時代ではない。地上の技術を集めて宇宙に持って行った方が開発期間も短いし効率的。ただし、宇宙放射線や微小重力、耐久性など宇宙ならではの課題がある。それに対応させることで、地上の技術力が上がる。宇宙を目的にすることでイノベーションが進むんです」。

 ただし、月だけをターゲットにするのではなく、地球上に常に還元するという「デュアル開発」の視点が必須だと説く。地上ではフードロス問題、人口増加に伴う水やタンパク質不足、災害時の水・食料問題などさまざまな課題が山積している。月面の食料問題解決は、これら地球上の食料問題解決にもつながる。

 東京理科大学の研究で興味深いのは、光触媒などを活用した植物工場内の衛生管理だ。ユニークなのが水中プラズマ技術。水中に空気を送りながら電圧をかけると、水蒸気と空気がプラズマ状態になり、空中の窒素を取り込み肥料に使えるというもの。水耕栽培で肥料を運ぶ必要がなく、植物栽培の自動化につながる。

「地上で稲妻が光る場所は稲の発育がいいと言われます。それは空中でプラズマが出て窒素が雨に溶け込むから。これを宇宙で実現したい。ISSをテストベッドに使って、ゆくゆくは月面に持って行こうと思います」(向井氏)

 東京理科大はJAXA宇宙探査オープンイノベーションハブのもと、キリンや千葉大、竹中工務店と月面農場を想定した閉鎖空間での袋栽培の研究を実施。既に葉物やジャガイモ、トマトを栽培しているという。

 今までの宇宙飛行は必要なものをすべて持って行った「キャンプ生活」だと向井氏。「でもキャンプだって、持って行ったおにぎりだけじゃなくて、キャンプファイヤーを炊いて肉を焼いたり、周辺で採れた野草を調理して食べたほうが楽しめる。月は半分リサイクルに、火星は完全な自給自足でないと成り立たない。宇宙も地上も資源は限られている。特に日本は自然のリソースが少ない国です。この研究開発は、日本を自立して生きられる国にすること、そして災害時も生活できる防災や国土強靭化にもベクトルが合っている。夢もあるし、ビジネスも広がる分野です」。

 スペースフードX副代表のJAXA菊池優太氏は「宇宙で地産地消する時代が訪れるのではないか。日本が『宇宙の美味しい』を作る。米国とロシア中心に進んできた宇宙開発で日本の食生活の強みを生かしたい」と語った。

 世界で宇宙食をターゲットにしている企業はあまりないという。日本の「美味しい食」が、宇宙と地上の食問題を解決する起爆剤になるかもしれない。

筆者:林 公代

JBpress

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