財務次官セクハラ疑惑を「政局」で終わらせるべきではない理由

4月25日(水)17時0分 文春オンライン

 財務省の事務次官のセクハラ疑惑が、すっかり政局絡みで扱われている。


 メディアでは、麻生財務相がいつ辞めるかという点に関心が集まり、辞任した場合に、安倍政権に及ぼす影響なども、盛んに語られる。



財務省を出る福田事務次官 ©共同通信社


安倍シンパは「安倍政権潰し!」と怒りを爆発


 こうした状況への反発か、自民党の下村博文・元文科相は講演会の中で、「テレビ局の大半は『安倍降ろし』」「日本のメディアは日本国家をつぶすために存在しているのかと、最近、つくづく思う」と不満をぶちまけた。


 ネット上でも安倍シンパの人たちが「安倍政権潰し!」と怒りを爆発。被害にあった女性記者とされる名前や写真をネット上にさらしたり、「ハニトラ」(ハニートラップの意)などと誹謗中傷したり、惨憺たる二次被害が生まれている。


 一方の野党は、森友問題での財務省の公文書改ざんや加計問題における官邸関与疑惑、防衛省の日報問題などと合わせて、麻生財務相や安倍首相の責任を問う材料として、このセクハラ問題を位置づけている。野党6党で財務省の担当者を呼んでヒアリングを行うのはよいにしても、女性議員らが黒い服で「#MeToo」のプラカードを掲げて抗議するというパフォーマンスには、首を傾げた。


 世の中に知られていない問題を提起し、解決しなければならない重要な案件であるとの認識を共有させる時には、様々なパフォーマンスを含めた告知は重要だろう。だが、今回の出来事で、問題の存在は多くの人に知らしめられた。「#MeToo」は、セクハラの被害を告発する運動で、政治の役割は、それを受けて解決の(あるいは改善の)道筋を作ることではないのか。



野党議員による「#MeToo」パフォーマンス ©時事通信社


むしろ国会できちんと追及して欲しい


 しかも、麻生氏が辞任しなければ、野党は審議に応じない、という。公文書の改ざんなどについての責任を大臣に求めるのは分かるが、それとは質の異なるセクハラ疑惑までからめるのは疑問なしとしない。


 確かに、次官個人の素行の問題であるはずの本件を、「訴える」という次官のコメントを財務省のホームページに掲載するなど、組織を上げて『週刊新潮』と対決するような対応をし、組織の問題にしたのは財務省である。麻生財務相の任命責任に加え、次官のセクハラ癖を省内の職員が気づいていながら止められなかった疑いがあることや、事態が発覚して以降の麻生氏や矢野康治官房長らの二次被害を招くような無神経な対応など、麻生氏や財務省を批判する材料には事欠かない。


 様々な問題は、むしろ国会できちんと追及して欲しい、と思う。そのためにも、与党は加計問題で「記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方にお会いしたことはありません」と言い続ける柳瀬唯夫・元総理秘書官の証人喚問に応じるなど、国民の疑問に答える姿勢を示して、野党が早く審議に戻る環境を整え、国会の正常化に努めてもらいたい。



セクハラは政治的立場を超えた人権問題だ


 記者が取材先で受けるセクハラは、財務省だけの問題ではない。警察や検察などでも、被害に遭った、被害を目撃したり聞いたりした、という話を聞いた。


 4月24日付東京新聞朝刊社会面には、同紙の記者が受けたセクハラ体験の一部が掲載されているが、官僚、警察、検察、地方自治体、さらには民間企業など、様々な取材の現場で問題は起きている。安倍政権だから起きた問題、というわけでもなく、民主党政権時代にもあったのではないか。



 森友・加計問題とは違い、セクハラは政治的立場を超えた人権問題だ。本来、与野党対立型の課題ではなく、問題解決には、政治的立場を超えた協力が必要だろう。それを考えれば、財務省に対するヒアリングも、野党だけでやるのではなく、与党議員にも声をかければよかったと思う。


 今回の問題では、与党からも財務省の対応には批判の声も出ている。橋本聖子氏は、財務省の調査のやり方を「国民の感覚とずれている」と批判。また、野田聖子女性活躍担当相は「テレ朝だけの問題ではない」として、メディアで働く女性との懇談会を開いて、自ら聞き取りを行う意向を示している。


 ただ、今回の出来事が示しているのは、マスメディアだけの問題ではない。男女雇用機会均等法は、事業者にセクハラ対策を義務付けているが、大手の取引先の担当者からセクハラをされるなど、社外からのハラスメントに対する対応は、企業の力関係などもあり、十分とは言えない状況、という。どのような対策をするかは、まさに政治が考えるべき課題だろう。



セクハラ問題は、マスメディアや女性に限った話ではない ©iStock.com


 また、この問題を女性差別という視点で捉える人たちもいるが、ジェンダーを巡る問題に限定すべきでもないと思う。確かに、被害者は圧倒的に女性が多い。これまで、セクハラは女性差別と不可分の行為だったというのも事実だろう。とはいえ、今後、官庁や企業の幹部になる女性が増えれば、女性次官と若い男性記者の間で、セクハラ問題が発生するといった問題が起きる可能性もある。セクハラは、「女性の人権」に限定せず、性別を超えた人権問題として考える必要があるのではないか。


 こういう問題は、与野党対立型ではなく、人権感覚のある人とそうでない人との温度差が甚だしいために、解決が難しい課題なのだと思う。


下村元文科相は一応謝罪したが……


 問題にしなければならないのは、冒頭に上げた下村元文科相のような人たちだ。下村氏は講演会で、「確かに福田事務次官はとんでもない発言をしたかもしれないけど、テレビ局の人が隠してとっておいて、週刊誌に売ること自体が、ハメられてますよ。ある意味犯罪だと思う」と発言した。


 共産党が報道各社に音声データを提供した後に、ようやく発言を認め、撤回した。音声データという動かぬ証拠がなければ、どういう対応をしただろうか。



自身も加計学園への関与が週刊誌で報じられている下村博文元文科相 ©文藝春秋


 一応謝罪はしたが、「『ある意味犯罪』と述べたのは表現が不適切だった」と、表現方法の問題に矮小化している。「犯罪」という言葉さえ使わなければよいわけではない。下村氏の発言や対応に唖然としている自民党議員もいるのではないか。


 このように人権に対する感度が著しく鈍く、それなのに権力を持っていたり影響力の強い人たちを、感度の高い議員が協力し合って啓蒙し、説得していく作業が必要だ。これには、むしろ与党の心ある議員が積極的に関わることが大切だろう。野党は、そのような環境作りに努めてもらいたい。



(江川 紹子)

文春オンライン

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