伊勢神宮ご参拝 天皇陛下と美智子さまがわかれて「センチュリーロイヤル」に乗車された日

4月26日(金)6時0分 文春オンライン

 天皇皇后両陛下は4月17日から、伊勢神宮で退位に向けた儀式に臨まれるため、三重県を訪問された。19日に2泊3日の旅程を終えて帰京され、これが在位中、最後の地方訪問となった。


 私はこの3日間を現場で取材していて、何とも言えず胸がいっぱいになった。両陛下を乗せた車両や列車が通過する沿道・沿線に大勢の人々が集まっている姿を見て、天皇陛下がいよいよ退位されるのだ、と肌で実感した。


天皇旗がはためいていたセンチュリーロイヤル


 今回の三重県ご訪問では、美智子さまも締めくくりにふさわしい衣服をお召しになっていた。3日間とも、立ち襟風のカットに気品ある美しさがただようスーツを選ばれていた。初日の17日は、あいにくの雨だったが、近鉄宇治山田駅から伊勢神宮・内宮(ないくう)へと向かわれる沿道には、両陛下を迎える人々の行列が、ほとんど途切れることなく続いていた。両陛下を乗せたセンチュリーロイヤル(トヨタが設計した皇室専用車)には、天皇旗がはためいていた。車両の窓をあけて、美智子さまは正面を向くような姿勢で手を振られ、雨にぬれてしまったのではないだろうか、と思うほどだった。陛下も腰を折り曲げるようにして手を振られていた。



4月17日、雨の中を走行するセンチュリーロイヤル ©ロイター/AFLO


 両陛下は、内宮の「行在所(あんざいしょ)」(天皇陛下が伊勢を訪問される際に使われる宿泊所)に入られ、神宮祭主を務める両陛下の長女・黒田清子さんが出迎えられたという。お食事は、伊勢神宮おひざもとの割烹料理店「大喜」が行在所の調理場へ出向いて、お出ししたようだ。


一瞬「美智子さまに何かあったのでは」と


 翌18日は、穏やかな晴天。今回の三重県ご訪問の目的である、退位を報告する「神宮親謁(しんえつ)の儀」に臨まれる日だった。


 天皇陛下は、外宮(げくう)から内宮の順に参拝されたのだが、その移動に際した車列には、前日よりもさらに荘厳な雰囲気が漂っていて、とても深く印象に残っている。



 まず警備車両や白バイ隊、それから黒いボディのサイドカー4台に四方を守られたセンチュリーロイヤルが走行してきたと思ったら、天皇陛下お一人がお乗りになっていたのだ。一瞬、私は早計して「美智子さまに何かあったのでは」と思ってしまったのだが、陛下のお隣には、白い抜き柄のような模様の茶色の布にくるまれ、紫色の組みひもで結ばれた包みが2つ置かれているのがちらりと見えた。河相周夫侍従長が同乗していた。


 これがあの「剣璽(けんじ)ご動座」かと、感慨深かった。戦前までは天皇が1泊以上の旅行で皇居を離れられる際、侍従が剣璽を携えて随行したそうなのだが、戦後は警備上の問題などから大幅に回数は減ったという。ただ、現在でも伊勢神宮参拝に限って行われているのだ。おそらく2つの箱には、それぞれ剣と璽(曲玉)が入っていたのではないか。



美智子さまは純白の参拝服をお召しに


 続いて、美智子さまを乗せたセンチュリーロイヤルが走行してきた。美智子さまは、清廉な印象を与える純白の参拝服をお召しになっていた。同乗していた伊東典子女官長は光沢のあるアイボリーの参拝服だった。



 それからお付きの職員が乗る車両や報道バスなどが続き、長大な車列が実にゆっくりとしたスピードで進んでいった。ベテランの宮内庁担当記者の姿も見え、各社「外すことができない取材」だというムードがあった。


 天皇陛下は「内宮では、三種の神器の剣と璽(曲玉)をそれぞれ持った侍従を前後に正殿前まで進み、玉串をささげて拝礼された。玉串は、同神宮祭主で、両陛下の長女黒田清子さんを通じて供えられた。続いて皇后さまも参拝された。」(読売新聞、4月19日)という。


 そして、途中で気が付いたのだが、どうも車列には何も乗せていない「空のセンチュリーロイヤル」が走行していたようなのだ。センチュリーロイヤルは4台存在するというから、今回はそのうちの3台が走行していたということだろう。



 この日の夕方、両陛下が近鉄賢島駅から、宿泊先の「志摩観光ホテル」に向かわれる際に乗車されていたのは、センチュリーロイヤルではなく普通のセンチュリーだった。都内の公務でもお見かけする車両で、サイドカーなどは走行しない警備体制だった。美智子さまはこの時、在位30年記念式典でお召しになっていた桜色のスーツをお選びになっていた。無事、参拝を終えられた両陛下がほっとした表情を浮かべられていたことが忘れがたい。



最終日は、ブルーグレーのケープ風スーツを


「夜は、ホテルで黒田さんや神宮関係者らとの夕食会を開かれた。」(読売新聞、4月19日)という。ご家族水入らずのひと時をお過ごしになっただろうか。


 最終日、両陛下は近鉄賢島駅から名古屋方面に向けて、観光特急「しまかぜ」の臨時専用列車に乗車され、帰途につかれた。



 車窓からは多くのお見送りの人々の姿を目にされただろう。列車が通るあぜ道や踏み切りの近くで、「ありがとうございました」という横断幕や「両陛下お疲れ様でした感謝」と1文字ずつ書かれたプラカードのようなものを持った人たちもいた。


 この日の美智子さまは、ブルーグレーのラグラン袖でケープ風のスーツをお召しになっていた。やはり前日のスーツに近いデザインで、この襟のデザインによって、女性らしさとシャープでスタイリッシュな雰囲気を演出なさっている、と拝察した。美智子さまは、その場全体の雰囲気と衣服が調和することを、とても大切にされているのだと思う。さらに、美智子さまご自身の御髪ともよく似合うグレーがかったお色を、2日目と3日目はお選びになっていた。


ブラウンのスーツに身を包んだ黒田清子さん


 両陛下の臨時専用列車が出発してから約1時間後、ブラウンのスーツに身を包んだ黒田清子さんが静かに近鉄・賢島駅の改札を通って帰京したことはあまり知られていないだろう。美智子さまと背格好が似てこられたように思う。内親王は降嫁しても、内親王らしい美しさを秘めながら生活を続けられるのだと、強く感じた。




(佐藤 あさ子)

文春オンライン

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