ニートの名言「働いたら負けかなと思ってる」をマジで笑えなくなった“平成の終わり”

5月1日(水)11時0分 文春オンライン

 私は日本の都会の通勤時間帯の電車が嫌いである。ただし単純な混雑だけが理由ではない。胃が悪いらしき病的な口臭やストレス臭を漂わせた人や、生気に欠けた暗い目をした人が極端に多く、不吉かつ異様な雰囲気が充満しているからだ。海外から帰国したり地方から上京した直後にこの手の電車に乗り、「スーツを着たゾンビ」さながらの集団を目にすると、生命エネルギーをゴリゴリと削られるような錯覚すら覚える。


平成30年間の“悲しい現実”にぴったりの名言


 しかも、彼らがそんな姿になってまで通勤した先では、しばしば長時間労働やパワハラ、理不尽な顧客のクレームが待っている。たとえ労働者が主観的には「がんばって」いても、日本人の労働生産性は先進7カ国のうちで最低だ。多くの人は退屈で非効率的な行為を「仕事」であると必死で思い込もうとしているにすぎない。得られる年収は300〜400万円かそれ以下という人も少なくない。



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 労働市場の流動性は低く、健康を害するなどして一度ドロップアウトすると、以前と同様の水準の仕事に復帰することは難しい。なので女性の結婚や出産も簡単ではない。日本の保育環境のもとでは妻側が出産後に退職や非正規労働への転落を余儀なくされる場合も多く、生活は苦しくなる。


 それでも社会の未来に期待を持てるならいいが、高齢化は加速度的に進んでおり、現時点ですら現役世代約2人で65歳以上の老人1人を支える計算だ。現役世代がストレスフルで非効率的な労働を通じて稼いだわずかなカネは、未来の日本を素晴らしいものにするためではなく、老人を養うために注ぎ込まれていく。


 平成の30年間に進行した悲しい現実である。そんなことを考えていると、15年前に登場したある名言に圧倒的な説得力を感じてしまうのだ。それはすなわち——。


「働いたら負けかなと思ってる」



真っ向から「勤労」を否定する衝撃


 この「働いたら負けかなと思ってる」の初出は、2004年(平成16年)9月にフジテレビの番組『とくダネ!』で放送されたニートの男性の発言である。さらに番組中では「今の自分は勝ってると思います」という言葉も続いた。いまや、「ニート」(Not in Education, Employment or Training, NEET)はすっかり一般名詞として社会に定着したが、当時はまだ珍しい言葉であった。


 番組中に登場したニートの男性は丸刈りで、常に薄笑いを浮かべて口元から尖った歯をのぞかせるいう特徴的な外見であり、しかも日本国民の三大義務である「勤労」を真っ向から否定する発言が当時としては衝撃的だったことから、2ちゃんねるでアスキーアートが作られるなど、ネット空間を中心に一種のフィーバーを巻き起こすことになった。



 その後、ニートの概念が社会で広く知られていくいっぽう、「働いたら負け」という言葉もネット空間を中心に定着した。2011年には人気ゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ』に登場した、脱力系女子という設定のアイドル双葉杏(ふたば あんず)がこの言葉がプリントされたTシャツを着用している。


 また、番組に登場したニート男性の姿も、放送から15年が経った現在もなお人々の記憶に残っているらしい。ネットを見てみると、ZOZOTOWNのコミュニケーションデザイン室長を務める田端信太郎氏が、外見的な相似を理由に「ニート男性のその後である」といった都市伝説が語られるなどしている(んなわけあるか)。




野原ひろしの「平凡」な幸せすら困難


 当時、大学4年生だった私はリアルタイムでこの放送を見ていた。ちょうど大学4年生で、大学院への進学を控えていた時期である。


 ニートについては、大学院進学決定者や「無い内定」の人たちの間で、「ああなったら終わりだ」といった、むしろ恐怖の対象として語られていた記憶がある。同時代の時点では「働いたら負け」という言葉それ自体よりも、ニートという存在に明確な概念が与えられたこと自体が衝撃的だったのだ。


 番組中でコメンテーターの一人が「こういう人は『穀潰し』と言って、昔からいた」と述べていた記憶もある。この時点で「働いたら負け」という言葉は、社会の一般層の間では批判的な受け止められ方がされていた。ニート男性の話題で盛り上がっていたネット空間においても、かの発言は一種のお笑いネタとして消費されていた。


 なぜなら、番組の放送当時だった2004年はまだ、私たちの間で将来の安定や豊かさが共同幻想として残っていた時期だったからだ。2001年に上映されたクレヨンしんちゃんの長編映画『オトナ帝国の逆襲』でも、しんのすけのパパである野原ひろしが「俺の人生はつまらなくなんかないぞ!」と叫ぶシーンがある。



 いまや信じがたい話だが、当時は年収600万円で春日部に持ち家とマイカーがあり妻と子どもと犬がいる正社員のひろしの人生が「平凡」とみなされていた時代だったのだ。そんな時代に「働いたら負け」「今の自分は勝ってる」と言っていたニート男性は、明らかにヘンなやつでしかなかった。


 だが、15年前は珍発言として笑われていた「働いたら負け」は、いまや相当にシリアスな説得力を持つに至っている。もちろんニートをやっていれば食っていけず、また就業を希望したときの社会復帰も相当にしんどいはずなのだが、苦労をして働いたところで、往年の野原ひろし並みの「平凡」な幸せすら得ることは困難なのだ。


 この変化は間違いなく、平成の悪しき遺産に違いない。ネット上でおもちゃにされていたネタ発言が、令和の時代まで残らないことを祈るばかりである。



(安田 峰俊)

文春オンライン

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