「魂みたいなものは向こうに置いてきた」カズの名言には続きがあった——平成サッカー史に刻まれた言葉

5月2日(木)17時0分 文春オンライン

 平成の日本サッカーでナンバーワンの名言って何ですか?


 編集部の依頼を受けて、まずは名言の「条件」を絞ってみた。(1)公の場で語った(2)当時世間的に大きな反響があった(3)語り継がれている言葉、としよう。


 オリンピックで言えば有森裕子の「初めて自分で自分をほめたいと思います」や岩崎恭子の「今まで生きてきたなかで一番幸せ」などといろいろ出てくるが、絞り切れなくなるため“その後の日本サッカー界に強く影響を及ぼしているもの”をもう一つ条件に付け加えてみようと思う。



平成の日本サッカーで最もショッキングな歴史のひとつ「ドーハの悲劇」。アメリカW杯予選、ロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り本大会出場を逃した ©文藝春秋



「肉でも魚でもない」「シンプルに言えば個」も捨てがたいが……


 個人的には日本代表を指揮したイビチャ・オシムが、ある親善試合後の会見で語った「肉でも魚でもない試合」(あまり良くないという意味)がかなり好きな部類に入る。見るほう(食べるほうに置き換えてみるといい)とすれば、この味が肉なのか魚なのか、中途半端が一番良くないとも聞こえる。今も根づく深〜い言葉である。


 本田圭佑がブラジルワールドカップ出場を決めて設定された会見で「シンプルに言えば個」と、本大会に向けてチームメイトに個々のレベルアップを求めた発言も推したい言葉の一つ。「ワールドカップ優勝のためには何が必要か?」というメディアの質問に対する回答だったが、この「シンプルに言えば」がミソであった。「ズバリ言えば」となると自分が出過ぎてしまう。正論を引っ張り出して“みんな気づけよ”というスタンス。仲間のケツを叩くために選んだとすれば、深いマネジメントによる言葉である。“個と言えば本田”“本田と言えば個”という己のキャラクターを強靭化させたことも興味深かった。


 しかしながら——。


 個人的に挙げた「肉でも魚でもない」「シンプルに言えば個」はすべての名言条件にあてはまるとはいえ、世間的なインパクトとしては弱い。あの言葉と比べてしまうと、どうしても……。



「外れるのはカズ、三浦カズ……」


 サッカーがもはや日常になった平成中期、後期と、日常を超えて社会現象になっていた平成初期とは時代的な背景も違う。平成5年(1993年)にJリーグが開幕して、ドーハの悲劇、マイアミの奇跡、ジョホールバルの歓喜と、歴史的なシーンが続いていた。


 日本中の関心を集めた平成10年(1998年)、フランスワールドカップのメンバー選考で大会直前、カズこと三浦知良がリストから外れた。


「外れるのはカズ、三浦カズ……」


 スーパースターのサプライズ落選に、世間は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。朝のワイドショーから取り上げられ、ニュースはカズ落選一色になった。


ドーハもジョホールバルも経験してついに夢の舞台……のはずだった


 銀髪(金髪説もあったが後に本人が証言)にして帰国会見に臨んだ様子は、テレビで中継された。そしてカズはここで人々の心に残る名言を口にする。


「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきたと思っているんで、みんなには絶対頑張ってもらいたいと思います」



 しびれる言葉であった。


 日本代表で活躍してワールドカップに出場する目標を胸に、平成2年(1990年)にブラジルの名門サントスからJSL(日本サッカーリーグ)の読売クラブに移籍。カズの存在が日本サッカーの人気を高め、日本サッカーのレベルを押し上げた。Jリーグ開幕も、ドーハも、ジョホールバルも経験して、ついに夢の舞台に立とうとしたそのときに悲劇は起こった。 



 想像もできないくらい、打ちひしがれているなかで、誰があのような言葉が出てくると想像したであろうか。


「誇りと魂は置いてきた」には日本代表のプライドに懸けて全力で取り組んできたという激しいほどの自負と、それとともに日本代表に対する尊敬が込められていた。ショックを受けているチームメイトに対してハッパを掛けている言葉であり、かつ、「メンバーのみんなとともにある」というメッセージとも受け取れる。


 あらゆる感情と思いが、あの短い言葉に含まれていた。つくられたセリフではない。カズしか出せない言葉であった。



「魂みたいなものは向こうに置いてきた」に続いて語っていたこと


 失意にあるときこそ人は試される。カズの言葉はそう教えてくれる。そして彼は会見でこう続けていた。


「(落選を)自分で納得すべきではない。サッカー、それに自分の人生もそうだが、まだやり残していることがある。まだ日本代表の道も残っている」


 自分の戦いが新たに始まるという決意。苦い経験で片づけず、発奮材料とする。銀髪は次のチャレンジに向けた決意表明だと思えた。


 カズ落選はその後、日本サッカー協会を動かした。大会直前にふるい落とすワールドカップのメンバー選考をあらためた。メンバーを固めて、チーム力を高めていくことに、よりウエイトが置かれるようになったのだ。



 カズは今もカズである。


 あれから20年以上が過ぎ、52歳にして今なお現役であり続けるのも、失意のたびに自分を奮い立たせてきたからであろう。



 そのマインドは、カズに憧れてきた選手にも影響を及ぼしている。その一人、中村俊輔は、やはり2002年の日韓ワールドカップでメンバーから漏れると「気持ちをすぐに切り替えて」夏のセリエA挑戦に踏み切り、その後日本代表の「10番」として長く定着している。悲劇を「点」にして、反骨を「線」とする。このように、カズの姿勢から学んだフットボーラーは少なくない。


 今や日本代表にとってワールドカップは夢から現実の舞台になった。カズの誇り、魂は今もなおエンブレムに、サムライブルーのユニフォームに染み込んでいる。その名言と、ともに。




(二宮 寿朗)

文春オンライン

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