老化を抑えるコツを分子細胞プロセスから考える

5月4日(金)6時0分 JBpress

都内の公園のベンチに座る高齢者(2017年3月30日撮影、資料写真)。(c)AFP/Behrouz MEHRI〔AFPBB News〕


「細胞力」を考える

 ゴールデンウイーク、いつもは「親子で科学を考える」として書いていますが、今回は「3世代・4世代」で「身体の科学」を考えてみたいと思います。

 本論に先立って、いま5月の連休ですが、行楽地に出かけるみなさんは、どうか水場、川や池でのレジャーに十分注意してください。

 日本は6月の梅雨のシーズンに、山頂部の根雪が溶けて、富士山も青々としたシルエットになります。逆に言うとそれ以前、例えばゴールデンウイーク中は雪解けの冷たい水が川や池に流れこみ続けており、大変危険な状態なのです。

 例えば、摂氏4度の冷水は私たちの細胞に物理的に働きかけ、意識が平常だった頭が突然に正常な動作が不可能になってしまったりします。

 私たちの命もまた、物理法則や化学的なプロセス、生命現象のメカニズムに厳密に従って作動し続けています。

 逆に言えば、そのプロセスをきちんと理解し、好ましくない方向に進まないようにすれば「老化」を部分的に食い止めることは、決して無理な話ではないと思います。


なぜ人は年を取るのか?

 最初に参考書を紹介しておきます。跡見順子著「細胞力を高める」(論創社)。

 この本は「身心一体科学から健康寿命を延ばす」という副題からお察しいただける通り、分子生物学に根差した「人間の細胞生理学」を読者とともに考えようという趣旨で書かれています。

 健康寿命というのは、健康でいられる寿命、つまりQOL(クオリティオヴライフ)、ピンピンと元気でいられる寿命が長いということです。

 長寿ではあったけれど晩年は寝たきり、家族の介護も大変という状況ではなく、「自分自身で始末のつけられる人生を生きましょう!」という議論です。

 著者の跡見順子さんは分子生物学者ですが、長年、体育の先生として大学の教育現場でスポーツ実技の指導にもあたってきました。

 女性ですのでジェントルな表現を選ぶようにしますが、跡見先生ご自身「最初の定年」からすでに10年以上経過しておられます。しかし、およそ老け込んだ感じがありません。著者自身が、歩く「健康科学」の実証実験のような存在になっています。

 ここで3歩さがって考えてみましょう。なぜ人は年を取るのか?


加齢の細胞分子生物学

 そんなの当たり前だろう、人は生まれた瞬間から成長〜老化〜死に向かってプロセスを歩んでいるのだから・・・。といった想定されるご意見には、ちょっと「待った」をかけておきます。

 例えば、最近そういう番組があるのかよく分かりませんが「あの人は今」というような企画がかつてはテレビ・バラエティのネタとして使われていました。

 「大昔に大ヒットした子役が今何をしているか?」というような企画ですが、盛りがあった分、その後売れなくなってすさんだ生活を送った人も時折登場します。

 そんな中で、例えば酒で身を持ち崩したようなケースでは、えらく老け込んでしまう人があるのを、想起していただけるかと思います。固有名詞などは控えますが、アルコールや薬物依存など多くのケースで当てはまるでしょう。

 びっくりするほど「老け込んでしまう」という現象、この「老け込む」あるいは「老化が進む」というのは自然現象なのか? 不可避のプロセスなのか? という科学的な問いが「老化=エイジング」のサイエンスと呼ばれる分野の基本的な問いになっている。

 逆に、化粧品のコマーシャルなどで 孫が何人、60何歳 なんて言いながら、びっくりするほど若々しい表情で登場する人があります。

 こうやって見てみると、老化というのは「身体のメンテナンス」によって進行度合いが違ってくる、もっと言うなら「生活習慣」によって、進んだり、食い止めたりが可能な現象で、誰しも等しく老化するわけではないことが、自明の理として見えてくるかと思います。

 加齢というのは何らかの変化のプロセスであること。真核生物の老化は染色体の末端構造であるテロメアが深く関与していると考えられていることなどは、ご存じの方も多いと思います。

 老化とは、決して必然ではない。様々な工夫で、自ら回避することができる、生命現象のプロセスの1つであることが、いまや高い再現性をもつ実験科学によって確証され始めている現象であることを、ここでは押さえておきましょう。


労作性肥厚・廃用性萎縮

 面白いもので、90代以上の方とのご縁がたくさんあります。1つの理由として、私の両親とも大正生まれであることが考えられます。

 私の両親はとうに死んでしまいましたが、親戚もそういう年輩で、いまや生き残っている人はみな90代。ベビーブーマーの従兄弟が60代から70代に手が届きつつあります。

 私がご一緒させていただく90代の方々は、軒並み極めて明晰です。

 例えば先々月、惜しくも急逝された金子兜太さん、あるいは刑法の團藤重光先生など典型的と思いますが、最晩年に至るまで極めてお元気、かつ知的にも明晰でらっしゃいました。

 彼らからすれば子供の年輩にあたる60〜70代の人が「すっかり歳で・・・」と実際本当に老け込んで見えるのに、こうした心身健康な90代の方々は「歳で」といったことをほとんど言われない。

 むしろ、大変強気で「歩けますから」とか「自分でやります」とか、何でも積極的、好奇心旺盛で、活動的です。

 これは「その人の性格が活動的だから」というばかりではないように思います。お坊さんのように規則正しい生活と活動的な生活習慣が義務づけられると、高齢までお元気で明晰な確率が高まるように思います。

 例えば、富山県高岡市にある浄土真宗本願寺派善興寺の前住職、飛鳥寛栗先生は、惜しくも一昨年101歳で亡くなられましたが、宗教音楽の大家で、大正末期から昭和初年にかけての「仏教聖歌」運動に実際に参加された経緯を、記憶も鮮やかに教えていただきました。

 100歳で書下ろされた新刊書を自筆揮毫つきで頂戴し、細部の校正まで気にしておられるご様子には本当にびっくりしました。

 「加齢」に伴う脳の活動の変化、あるいは身体活動全般についても実は同様ですが、「動き続けることで動き続ける」という経験的な特徴があります。

 もちろん、何か特定の病気に罹ってしまって動かない、というようなことはあり得ます。しかし、特段の事由がなければ、日常的に使っている部分は壊れにくく、あまり使っていない部位はガタが来やすい。

 普段手先を使っている人は年齢がかさんでも手先が器用、いつも心を深く動かしている人は高齢になっても情緒が豊か、いつも自分の足で歩いている人は、90を過ぎても杖や車いすに頼ることが少ない・・・。

 つまり、生まれつきだとか、遺伝要因だとか以上に、その個体がどのような生活誌を送り、どのような生活習慣をもつか。

 もっとミクロに見るならば、その臓器がどのような毎日を過ごし、細胞がどんな運動を繰り返しているかによって、「加齢」は時間による以上に、物質科学的に変化のプロセスとして特定することができる。

 これはよく考えれば当たり前のことです。毎日アルコールがやってくる肝臓と、そんなものが全くこない肝臓。2つを並べて、例えば一卵性双生児のような被験者で観察を続けたと考えれば、様々な違いが出て不思議ではない。

 これが「毎日タバコを吸う肺」「毎日車の運転をする目」「毎日読書する脳」「毎日散歩するヒラメ筋」・・・などと敷衍しても同様のことが言えるでしょう。


「気の張り」が命を息づかせる

 跡見先生の「細胞力を高める」にはストレスタンパク質の興味深い話がたくさん出てきます。


「ストレス」で生き生きと生きる分子生物学

 ストレスタンパク質とは何か?

 それは、生体がストレスを感じると、DNAの中に書き込まれた特定の暗号が読み出されて内発的に合成されるタンパク質の総称です。

 例えば熱い風呂に入るとか、熱帯で高温にさらされるなどすると、私たちの体が「ヒートショックたんぱく質」を体内合成するようになります。

 これらのタンパク質は、熱は細胞や臓器を傷つけやすいものですから、痛んだ細胞をお世話し、補修したり補強したりする分子生物学的なプロセスを手伝う「ヘルパー」として機能するのです。

 細胞自体はDNAの情報をもとに再生されますが、それを補助するこのような存在を「分子シャペロン」と呼びます。

 シャペロンとは「シャペラー」つまり昔の王侯貴族が歩くとき、長いヴェールの裾が地面を擦らないよう、後ろから持ってお仕えした従者の意、から来た術語とのこと。

 このように書くとお分かりいただけるかと思います。毎日散歩するのも、本を読むのも、アルコールを飲むのも飲まないのも、生体にとっては実は「ストレス」として統一的にとらえることができる。

 この中で「良きストレス」が生活習慣になっていると、「良きストレスタンパク質」が分子シャペロンなどとして細胞の「お世話」を事細かに焼くことで、いわゆる「老化」が進行しにくい。

 そうしたことが積み重なって究極的に<健康寿命>生きてあるかぎり自分らしく、生き生きとはつらつとした人生が送れるという内容が、サイエンスとして記されているのが、今回の跡見先生のご著書「細胞力を高める」の眼目になります。

 ここで少しだけ裏話を記しますと、この本の中には数か所、結構な数ですが私の名前が出てきます。

 というのは、この20年来、ポイントポイントでですが、跡見先生が長らく教鞭を執られた東京大学教養学部・身体運動科学教室での必修カリキュラムの授業づくりで、お手伝いをしてきた経緯があることによります。

 例えば、このコラムなどに書いたことはありませんでしたが、ラットを解剖して神経を取り出し、それに電気刺激を与えることで人工的に筋を動かす簡単なシステムなど、私が作ったことがありました。もう15〜16年前のことになります。

 さらに元を正すなら、30数年前、私の大学教養学部生時代、夏学期はテニス、冬場は寒いのでバトミントンを必修体育実技で取っていたのですが、1、2年次とも冬場にバトミントンを教えていただいたのが、跡見先生にご指導いただいた最初でした。

 あれから干支で数えれば3回り近くになり、ご家族ぐるみのご縁が現在までずっと続いています。跡見先生の若々しさは1980年代も現在もほとんど変わりがないようにお見受けします。

 「老化」というのは受け身であきらめる「自然の摂理」などではない。

 細胞や分子のダイナミックな現実として捉え、適切に私たち自身がアクションを取ることで、かなりの部分がコントロール可能な、生命現象の一つの傾向であるのに過ぎないこと。

 ぜひゴールデンウイークに祖父母、曽祖父母と孫、ひ孫、あるいは途中に挟まれたコア世代など、世代を超えてお話されてご覧になれば、という念頭で本稿を準備しました。

筆者:伊東 乾

JBpress

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