大学生と駆け落ちした42歳の元“電波子” 残された夫が病死していた

5月5日(日)6時0分 文春オンライン

「葬儀は身内だけでひっそりと行われました。喪主は長男。母親の姿はなく、子供たちはまだ現実を受け入れられない様子で意気消沈していた。死に顔が穏やかだったのがせめてもの救いです……」(参列者の1人)


◆ ◆ ◆


 4月6日、千葉県浦安市の斎場で、徳永数馬さんの葬儀が行われた。享年57。死因は多臓器不全だという。



智子さんと亡くなった数馬さん(右)


 葬儀を取り仕切った三男一女の子供たち。その母親は、かつてバラエティ番組「進め!電波少年」(日本テレビ系)の企画で、“電波子”として活躍していた智子さん(仮名・42)だ。


 智子さんは昨年2月、当時21歳だった都内有名私大の学生、A君と駆け落ち。不貞に気付いた数馬さんが問い質そうとした矢先、家を飛び出したという。


 数馬さんは都内で歯科医院を営んでいたが、糖尿病を患い、約10年前から両目が見えなくなった。働きに出られず、智子さんの介助は必須。一家の収入は生活保護と障害者手当だった。


 A君と同い年の長男は、母親の失踪直後、週刊文春記者にこう明かしていた。


「僕たち4人は奨学金で大学に通っているのですが、母はそのお金が入った通帳を持って出て行った。後日、通帳は郵送で戻ってきましたが、約200万円が引き出されていたのです」


 一家はSNSで智子さんの目撃情報を集めようとしたが、確実な情報は得られなかった。そこで数馬さんは智子さんとA君に対し、横領罪などで裁判を起こす準備を始める。



「智子を被告にはしたくはなかったが……」


 数馬さんは生前、週刊文春の取材に対し実情を語った。


「智子を被告にはしたくはなかったが、帰って来て欲しい、居場所が知りたい一心で準備している。相手の実家に要求書を送ったら、相手も弁護士を立て、書面をよこしてきた。


 そのなかには、あたかも僕が彼女に暴力を振るったことが失踪の原因かのように書かれていました。体調が悪い時に強く当たったことはあったが、暴力をふるったことはない。どうしてそんなことが言えるのか、強い憤りを感じます」



 子供たちも数馬さんが母親に暴力をふるったところを見たことはない、と証言している。


 数馬さんの旧知の友人が明かす。


「家族一丸となって、智子さんを連れ戻そうと必死でした。それもこれも数馬さんがいたからこそ。裁判は数馬さん主体で準備していた。残された子供たちは生活していくのに精一杯で、裁判まで手がまわらないのではないでしょうか」


 子供の1人は、肩を落としてこう語る。


「裁判のことは、これから僕達で相談して決めていこうと思っていますが、今はみんな混乱していて……。皆、朝から晩まで仕事やバイトに追われる日々。仏壇も作れていない状況なんです」


 数馬さんの訃報は相手の弁護士を通じて智子さんに伝わっている。しかし依然、智子さんは戻らぬまま。A君の所在も掴めていない。


“母帰る”日は未だ遠い。



(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年5月2・9日号)

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