たけのこご飯の歴史とおいしい作り方レシピ

5月5日(火)11時0分 ウェザーニュース


2020/05/05 11:04 ウェザーニュース

春を旬とする食材の代表として、タケノコが真っ先に浮かんできます。ワカメと煮込んだ若竹煮やタケノコメバルとの煮付けなどさまざまな調理法がありますが、なんといってももちもちのタケノコご飯は老若男女を問わず人気の一品です。
タケノコご飯はいつから作られるようになったのか、おいしく炊くにはどうしたらいいのかなど、歳時記×食文化研究所の北野智子さんに伺いました。

江戸時代中期に庶民の味として流行

「タケノコの素材となる孟宗竹(モウソウチク)が中国の江南地方から琉球(沖縄県)を経て薩摩国(鹿児島県)に伝わったのは、元文年間(1736−41年)とされます。

日本の風土は孟宗竹の生育に適していたため、京都を経て全国に広まっていきました。古くから京都産のタケノコ『京たけのこ』が最上とされています。色の白さから『白子たけのこ』とも呼ばれ、刺し身で食べられるほどの柔らかさと独特の風味が特徴です。
江戸(東京)へは寛政年間(1789−1801年)の初め頃に薩摩から移植され、いまの大久保あたりから千駄ヶ谷、六本木、戸越などへ広がりました。とくに畑作が盛んで、暖地性の孟宗竹の生育に適していた目黒が、近郊随一の名産地となりました。目黒不動(瀧泉寺)の門前町ではタケノコが名物とされ、料理屋や茶屋ではタケノコ料理が供されました。なかでも評判になったのがタケノコを炊き込んだ『筍飯(たけのこめし)』でした」(北野さん)
江戸の人たちの行楽地としても人気があった目黒不動の参詣客の間で、「目黒の筍」は土産物ともされ、おいしいという評判が口コミで広まったといいます。明治から昭和にかけて活躍した俳人・高浜虚子は「目黒なる筍飯も昔かな」の句を詠んでいます。
「タケノコご飯を含む炊き込みご飯が庶民の味として流行したのは、江戸時代の中期とされています。1802(享和2)年に発行された米料理の専門書『名飯部類(めいはんぶるい)』に、タケノコご飯が『淡竹筍(たけのこ)めし』として掲載されています」(北野さん)
北野さんによると、当時の「レシピ」は、タケノコの柔らかい部分を塩茹でにして小さく切り、ご飯の沸騰が終わって弱火にするとき、上に置いて炊き上げます。器に盛り付けたタケノコご飯にすまし汁をかけ、紫蘇(シソ)や山椒(サンショウ)、浅草海苔(のり)を添えたそうです。

米ともち米を同量で炊いて「もちもち感」を楽しむ

「タケノコご飯にもち米を入れて炊くと、もちもち感が楽しめます。米ともち米の比率を1:1にして炊きましょう」(北野さん)
【材料】
・米1合
・もち米1合
・茹でたタケノコ150gほど
・うす揚げ1/2枚
・一番出汁カップ2
・みりん大さじ1
・淡口醤油(うすくちしょうゆ)大さじ1
【作り方】
(1)米ともち米は合わせてとぎ、ざるにあげる
(2)一番出汁にみりん、淡口醤油 各大さじ1を入れる
(3)茹でタケノコは薄めの短冊に切り、うす揚げは細かく切る
(4)〈1〉を炊飯器に入れ、〈2〉を入れて、〈3〉をまんべんなくのせて炊く
(5)炊き上がったら7〜8分蒸らして上下を返し混ぜ合せる
(6)最後に茶碗に盛り付け、木の芽を添えたら出来上がり
「タケノコは、一旬(10日間)で竹になるほど成長が早いことから、竹カンムリに旬と書きます。ぐんぐんと力強く育ち、早く食べないとあれよあれよという間に竹になってしまいます」(北野さん)
そんな由来をもつ旬のタケノコの新鮮な力強さを心身に取り入れ、春から初夏へと移る時季を元気に過ごしましょう。


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