《飛行機より高価な“超豪華列車”》「フルコース料理」も「ルームサービス」もある…寝台特急“カシオペア”が「早すぎる引退」を迫られた背景
2025年5月14日(水)7時0分 文春オンライン
JR東日本は2025年5月8日の社長会見で「カシオペア」ことE26系客車の引退を発表した。E26系は1999年に上野〜札幌間の寝台特急・カシオペア専用車両として誕生した。ステンレス車体、タブルデッカー、全室A寝台2人用個室、食堂車と展望ラウンジ、ミニロビーなどを備えており、まさに「最高級」の寝台特急だった。
2016年に北海道新幹線が開通すると、寝台特急カシオペアは青函トンネルを追い出される形で廃止された。その後は不定期の団体ツアー列車「カシオペア紀行」として走り続けており、カシオペアはE26系の代名詞となっている。
最終運行は2025年6月28日出発、6月30日解散の仙台行き往復ツアーだ。このツアーは2024年から始まった「カシオペア運行開始25周年YEAR」の最終回として販売されており、すでに満席。キャンセル待ちも希望者多数のようで受付停止となっている。
E26系客車は製造から26年。引退するのは鉄道車両としては早い方と言える。最高級のサービスを提供したカシオペアはなぜ誕生し、そして若くして引退するのだろうか。

「北斗星」は個室の多い“豪華列車”だった
1988年3月13日、青函トンネルが開業して本州と北海道の鉄道がつながった。青函連絡船が廃止され、本州と北海道を結ぶ貨物列車は18往復も設定された。旅客列車は青森〜函館間に快速「海峡」が8往復、青森〜札幌間に急行「はまなす」が1往復、盛岡〜函館間で特急「はつかり」2往復で運行を開始した。
そして、上野〜札幌間に新たな寝台特急「北斗星」が誕生した。北斗星は個室が多く、食堂車も連結する“豪華版”だった。
「飛行機より高い」のに人気を博した北斗星・トワイライトエクスプレス
北斗星の個室は、A寝台個室「ロイヤル」、A寝台2人用個室「ツインデラックス」、B寝台個室「ソロ」、B寝台「デュエット」を用意した。在来型の2段ベッド開放型寝台もあり、向かい合わせの4ベッドを4人で使う場合は個室になる「Bコンパート」もあった。
ちなみに同年(1988年)、大阪〜函館間には寝台特急「日本海」が1往復、設定された。1947年から運行していた大阪と青森を結ぶ日本海の2往復のうち、1往復を函館へ延長した形だ。在来型の2段ベッド開放型寝台のみで北斗星より見劣りしたが、翌年にJR西日本は大阪〜札幌間で新たな寝台特急「トワイライトエクスプレス」の運行を開始している。
寝台列車は乗車券、特急券のほかに寝台券が必要だ。2014年時点で、ロイヤルは1万7670円(1名)、ツインデラックスは2万7460円(1名/2名同額)、スイートは5万2440円(1名/2名同額)。デュエットは1万2960円、B寝台ソロと開放寝台は6480円(1名)だった。最も安い開放B寝台でも、上野〜札幌間の総額は2万7980円である。
飛行機よりも時間がかかり、早期割引航空運賃より高い料金。それでもわざわざ乗りたくなる列車——それが北斗星とトワイライトエクスプレスだ。しかし、どちらの客車も1970年代後半の「ブルートレインブーム」に作られた車両を改造したもの。トワイライトエクスプレスが登場した時点で、製造から20年以上が経過していた。
それでも両車両とも、いわば“リフォーム”できれいにしていたから人気が落ちることはなかった。しかし新たな寝台車を望む声も多かった。こうした時代背景の中で、1999年1月、JR東日本は新たな「豪華寝台列車」を発表した。それが寝台特急・カシオペアだ。オール個室の寝台を利用したワンランク上の旅の提案だった。
従来と一線を画す「豪華寝台列車」 どんな客室だったのか?
引退してしまうE26系客車は、北斗星に使用していた24系客車以来、21年ぶりの新造寝台車だった。ステンレス製車体に、外観はシルバーで5色の帯を飾る。さらに全車が2階建てで、客室はA寝台の2人用個室のみ。食堂車と展望ラウンジも連結しており従来の「寝台車」とはまったく違う構成になった。
12両編成で、1号車は「カシオペアスイート」が4室。そのうち1室は車端部にあり、大型曲面ガラスを採用した展望室だ。上野寄りに位置するため、札幌行きの場合は後方展望が楽しめる。
残り3室のカシオペアスイートはメゾネット構造で、階下にツインベッドの寝室があり、上階はソファとテーブルを置いたリビングルームになっている。ソファを引き出すとエキストラベッドとして使えるため、3名での利用が可能だ。
2号車はカシオペアスイートが3室に「カシオペアデラックス」が1室。カシオペアデラックスは平屋構造で天井が高い。
3号車はダイニングカーだ。
カシオペアの「食堂」ではどんな料理が出ていた?
3号車の上階は28席の食堂で、階下は通路と業務室になっている。通り抜ける人は階下の通路を使うため、上階では落ち着いて食事を楽しめる。厨房は車端部の平屋部分にある。
ディナータイムは予約制で、寝台券の予約と同時に食事券を購入する。メニューはフランス料理のフルコースと和食の懐石御膳の2種類だ。カシオペアスイートとカシオペアデラックスは、ディナーの懐石御膳と朝食のルームサービスも可能だった。
他に全室対応の特製弁当のケータリングサービスもあった。こちらも予約制だ。ディナータイム終了後に先着順のパブタイムがあり、1品ずつ料理を注文できた。
朝食は先着順で、和定食と洋定食を選べた。こちらもカシオペアスイートとカシオペアデラックスは特別で、朝食時間の優先予約とルームサービスに対応。ダイニングカーではカシオペアの乗車記念品も販売した。
「カシオペア」という名前の由来は?
4号車から11号車までは「カシオペアツイン」の2人用個室で、各車両10室ずつ。メゾネットではなく、階下室と上階室、平屋タイプがあった。階下室と上階室のベッドの配置はL字形で、寝ないときはベッドを畳んでソファとして使用する。
平屋タイプは天井が高く、折り畳み式のエキストラベッドがあって3名で利用できた。4号車の平屋タイプのうち1室は「カシオペアコンバート」という名で、車椅子に対応。乗降扉からの段差がなく、車椅子を固定する装置が設置されている。
すべての部屋にトイレがあるが、シャワー設備はない。ただ、共用設備としてシャワールームが6号車と10号車にある。共用トイレも2・7・11号車に、ミニロビーが5号車と9号車にある。
12号車は電源車で、上階が共用のラウンジカーだ。階下にディーゼルエンジンと発電機を設置している。これは実に画期的なアイデアだ。エンジンや発電機の技術が向上し、小型化できた成果かもしれない。北斗星やトワイライトエクスプレスなどの電源車は乗客が利用できる空間がなかった。荷物車という扱いで、わずかな空きスペースで新聞などを輸送していた。
ラウンジは乗客の誰もが利用できる。札幌行きの場合、青函区間以外は窓から電気機関車しか見えないけれども、函館からけん引するディーゼル機関車のうち、DD51形はボンネット部分が低いため、視野が少し狭くなる程度だ。しかし眺望を楽しむなら札幌発上野行きが良い。
さて、カシオペアという列車名は、北斗星(北斗七星)と対となって北の夜空に輝く星座であること。そして、星の配置が「W」であり、E26系の全車ダブルデッカーのダブルに通じるからだったという。E26系がカシオペア専用車両だったため、E26系の通称がカシオペアとなって今日に至っている。
寝台料金は2014年当時、カシオペアスイートが5万2440円(1室)、カシオペアデラックスが3万5340円(1室)、カシオペアツインが2万7460円だった。上野〜札幌間でカシオペアツインを利用すると、1人当たり3万5230円かかった。
実際に3回乗車してみた感想は…
E26系は1編成しか作られなかったから、カシオペアは毎日運行できなかった。週に3往復で、1日は点検のため休み。夏休みなど繁忙期は上野発、札幌発ともに隔日運転となった。とても人気のある列車で、誰もが都合の良い週末などは入手困難だった。「空室を探し、チケットが取れたら休暇を取る」という逆転の発想が必要だ。これは現在も走る寝台特急「サンライズ」にも通じる。
筆者はカシオペアに3回乗車した。1回目は2010年2月、母と北海道を旅した帰路で東室蘭から上野まで。寒いプラットホームに母と2人で待っていると、ディーゼル機関車にひかれた列車が到着した。銀色に鈍く光る車体が救いの神のように見えた。
カシオペアツインの階下室に入り、ウェルカムドリンクで一息ついたところでダイニングカーへ行き、フランス料理のフルコースを楽しんだ。食後はラウンジカーに行ったが、夜行列車の車窓風景は真っ暗。ときどき通過する踏切や駅が、流れ星のように現れて消える。
2度目のカシオペア乗車は2014年9月だ。何度か仕事を手伝ったお礼にと、会社員時代の先輩で、フリーライターになってからも付き合いのある編集長から誘われ、カシオペアスイートのメゾネットタイプに乗った。まず羽田空港から千歳空港まで飛び、札幌発上野行きに乗った「0泊2日」の、カシオペアに乗るためだけの旅だ。ちなみに鉄道ファンではない先輩に上り列車をオススメしたのは筆者だ。展望ラウンジの眺望を楽しめるからである。
語りたいときは語り、ひとりになりたいときは上下階に分かれる。オッサンふたりにとって、メゾネットは良い距離感だった。このときはフルコースの予約をせず、パブタイムにダイニングカーへ行った。
3度目は2015年11月、また別の会社員時代の先輩と、カシオペアツインの平屋タイプにて。
先輩の要望でディナーはフルコースを予約した。朝食も和定食を食べた。当時は青函トンネルの最深部に青と緑の照明があって、通過時はそれを観ようと大勢の人々がラウンジに集まっていた。2カ月前に寝台特急カシオペアの2016年廃止が発表されたばかりで、乗客のほとんどが鉄道ファンだった。
「まだ引退には早い」のになぜ、走るのをやめてしまうのか
2016年に寝台特急カシオペアが廃止となったとき、E26系は製造からまだ17年しか経っていなかった。廃止するなんてもったいない、まだまだ使える——そこで生み出されたのが、団体ツアー列車「カシオペア紀行」である。もともと寝台特急カシオペアの運休日に「カシオペアクルーズ」という団体ツアー列車を運行しており、これを継続した企画だ。東北・信州方面や、成田山に参詣後、東海道線根府川駅で初日の出を観るなどの企画として運行した。
そして、製造から26年となる今年の運行で終了することが発表となった。それでもまだ引退には早いけれど、すべての客室にトイレを備えたため、水回りの傷みが進行しているという。湿度の高い青函トンネルの走行も寿命を縮めたかもしれない。むしろ、北海道新幹線開通によって寝台特急カシオペアを廃止する前提で、短命を承知の上で全室トイレ付きという思い切った仕様を採用できたとも推察できる。
寝台特急カシオペアの引退後、JR東日本は2017年から新たなクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」を運行している。「E001形」という自走式車両で、青函トンネルも走行可能だ。E26系の客車が引退しても、豪華夜行列車のコンセプトは引き継がれるわけだ。引退の後も、寝台特急カシオペアと銀色のE26系客車は、青函トンネルを駆け抜ける豪華列車の先駆けとして語り継がれるだろう。
(杉山 淳一)