高級紙でないことを自ら認めたか、朝日新聞

5月16日(木)6時0分 JBpress

皇居で行われた天皇陛下の即位を祝う一般参賀に出席された天皇、皇后両陛下と秋篠宮皇嗣殿下(左、2019年5月4日撮影)。(c)Behrouz MEHRI / AFP〔AFPBB News〕

 5月1日零時の新天皇陛下のご即位で令和時代が幕開けした。

 御代替わりというエポックメイキングな事象に、国民は平成時代を懐かしさとともに回顧しつつ、新時代に期待と変化を求めているように思えた。

 そうした国民の姿を世の木鐸とされるマスコミ、中でも新聞は掬い上げ、社の基底を流れる考え方と照合しつつ、国家・社会のあるべき姿などについて書くことは、このときだからこそ国民の関心を呼び、意義も大きいに違いない。

 それは大きくは上皇となられた先の天皇の「象徴」としての振る舞いであり、そこから導かれる「令和時代」の天皇の在り方、特に国民との関わり方などではないだろうか。

 そうした視点から、新天皇への皇位の継承に伴う「剣璽等承継の儀」と、国民の代表と初めて面会される「即位後朝見の儀」が行われた初日5月1日と翌2日付新聞の「社説」と一般記事、さらに初めて国民の前に姿を見せられた一般参賀の報道は見逃せない重要性を持っている。


御代替わりの「社説」を読む

 この視点から、全国版6紙(東京新聞を含む)の社説(産経は「主張」)を通覧すると、朝日新聞を除く5紙は1日、2日の両日とも御代替わり1本に絞った社説を掲げている。

(大体において1日付は平成の総括から令和への期待、2日は新天皇の即位や継承問題である)

 ところが朝日だけは1日は御代替わりを掲載したが、2日付は御代替わりには一切触れない通常の社説2本である。

 1日の社説で読売は「令和元年の初日を迎えた」、産経は「『令和』の時代が静かに始まった」と「過去形」で実際に迎えた朝を映し出した。

 しかし、朝日は「即位の日に」としながらも、「『おことば』を述べる儀式などが行われる」との未来予測的な表現にとどめ、上皇となられた先の天皇の退位の儀式が初めて国民に見える形で行われたことなどには一切触れない。

 表題も「等身大で探る明日の皇室」で、新天皇には日々の哀歓をありのまま国民に示して「等身大の象徴」になるように奨め、男系男子だけの皇位継承には難しさがあるとして退位特例法の付帯決議にある事項(すなわち女性宮家の創設?)を検討せよと迫るが、事前に書かれた予定稿を読んでいる感じしか受けない。

 しかも、2日付社説では朝日を除く5紙が「新天皇の即位」について書いているが、朝日だけは全く無関係の社説2本を掲げた。

 第1社説は「阪神支局事件 危い『反日』の氾濫」のタイトルで、32年前に同社阪神支局が襲われて記者2人が死傷した事件で、死亡した記者が通う喫茶店を経営していた在日コリアンを柱にした記事である。

 第2社説は「南北会談1年 韓国の役割を粘り強く」の表題で、北朝鮮に非核化を奨める首脳会談が開かれた節目記事であるが、共に天皇即位とは何の関係もない朝鮮半島やその出身者に軸足を置いている。

 すなわち、朝日以外の5紙は即位翌日の社説を、「即位」を軸にした日本国家のあり様を見つめる内容にしたが、朝日だけは即位とは全く無関係の社説を掲載したのである。

 この一点からだけでも、いま何が焦点で、新聞社の全知全能を集めて語らなければならない問題は何かという点で、朝日はピントが外れているように思えてならない。

 反骨精神のつもりかもしれないが、新天皇の即位よりも重要なこと、それは「半島絡みの問題である!」と言わんばかりだ。

 朝日が特異な報道をしたからといって驚くこともない。

 最近では韓国議長が天皇陛下について戦犯の息子であるかのような発言をしたことに関してもそうであったからである。

 その細部については田北真樹子産経新聞正論調査室次長の「朝日新聞が乗った嘘」(『正論』平成31年4月号所収)に詳しい。

 しかし、日本国家の最大の事象から目を背ける新聞は、もはや日本の新聞ともいえないようなものではないだろうか。


即位関連記事の丁寧語に注目する

 新天皇の即位であり、その立場は言うまでもなく日本国の象徴で、日本国民統合の象徴である。

 並みの国民ではないわけで、最小限の尊敬語は当然ではないだろうか。その視点で「剣璽等承継の儀」と「即位後朝見の儀」に関する報道を読み比べてみる。

 ただ、全6紙では煩雑になるので、読売、産経、そして朝日の3紙を対象にし、見出しについてはあまり差異が認められないので割愛し、1面の写真とリード部分の表現について、1日付夕刊と2日付朝刊だけを取り上げる。

 読売(1日夕刊)は「朝見の儀」でお言葉を述べられる両陛下の上半身写真を真ん中に大きく掲げている。右向きであるが、中央左寄りに配置しているので違和感はない。

 リードは「天皇陛下(御名・徳仁=なるひと)は1日午前0時、皇室典範特例法の規定に従い、第126代天皇に即位された。・・・皇位の証しとして伝わる剣や曲玉などを受け継がれた。続いて・・・天皇として初のお言葉を述べられた」。このほかにも「天皇として初の公務に臨まれた」「国の儀式として行うとする閣議決定を決裁された」などと続く。

 2日朝刊では前日と同じポーズの全身写真を場所もほぼ同じところに掲載している。また、リードはほぼ前日の夕刊と同じ書き振りである。

 産経(1日夕刊なし、2日付)は読売(1日夕刊)とほとんど同じポーズの写真をやや小さ目にして左側に配しているので、ここでも違和感はない。

 リードは、「天皇陛下は1日午前、皇居・宮殿『松の間』で、皇位とともに伝わる『三種の神器』などを受け継ぐ『剣璽等承継の儀』と、国民の代表と即位後初めて面会する『即位後朝見の儀』に臨まれた。陛下は皇后さまとともに臨席した朝見の儀で、・・・と天皇として初めてとなるお言葉を述べられた」

 「剣璽等承継の儀では、陛下はえんび服姿で松の間に入り、玉座のある中央に立たれた。皇位継承順位1位の秋篠宮さま、同3位の常陸宮さまが両脇で陪席された」と書いている。

 朝日(1日夕刊)は2枚の写真を掲げている。

 第1写真は左寄りに掲げた「剣璽等承継の儀」で、天皇陛下が左を向かれたもので、枠外を見られる感じである。もう1枚は左端に配されているが、右向きで違和感はない。

 翌2日朝刊も写真2枚を配している。第1写真は即位後朝見の儀に入場されるもので、左端に配されているが、正面を向かれており違和感はない。

 2枚目は朝見の儀でお言葉を述べられる姿のもので、左を向いて左端に配しており、国民代表は枠外の感じである。右か中央くらいがふさわしい配置ではないだろうか。

 リード(1日夕刊)は次のようになっていた。

 「新天皇陛下が1日、即位し、『令和』の時代が幕を開けた。午前中、天皇が国民の代表に会う・・・即位の儀式が皇居であり、陛下は・・・と即位後初めての『おことば』を述べた」

 「新天皇陛下は燕尾服に、天皇という特別な地位に基づく『大勲位菊花章頸飾』などの勲章を身につけて入場した」

 「継承順位第1位の皇嗣となった秋篠宮さま、同3位の上皇さまの弟・常陸宮さまが続いた」

 翌2日(朝刊)も大体同じ語調で「新天皇陛下が126代(神話も含む)天皇として即位し、皇居で諸行事に臨んだ。首相らと会う『即位後朝見の儀』には、新皇后の雅子さまも出席した」「陛下は最初の『おことば』で、・・・と述べた」と書いている。

 読売と産経は「即位された」「受け継がれた」「述べられた」「臨まれた」「決済された」「陪席された」などと尊敬語にしているのに対し、朝日は「即位し(た)」「述べた」「入場した」「続いた」「臨んだ」「出席した」のように書き、語法にも歴然とした違いがみられる。


新天皇の参賀者への配慮

 次は国民の祝福を受けられた一般参賀(5月4日)の報道(5日付各紙)についてである。

 当日、筆者は午前中に参賀を済ませ、午後はボランティア活動する団体の一員として日の丸の小旗を配布する手伝いを行なうことにしていた。

 しかし、10時前に和田倉門の現場に到着すると、例年の新年参賀などで見たこともない長蛇の列が東京駅近くの大手門前あたりまで続いていた。

 午前中の参賀をあきらめ、午後の最終組にまわることにして小旗配布に参入した。

 午後も2時前になると配布の小旗もなくなり、参賀のために二重橋を正面に見る馬場先門へ移動する。

 参賀を目指す人、人で混雑していたが、警察官が「本日の参賀は終わりました」看板を掲げてストップをかけてきた。

 時計を見ると、2時そこそこである。「3時のお立ちがあるはずだが?」と疑問に思う。列中の人からも「まだ時間があるではないか」という声が聞かれた。

 しかし、「終わりました」では致し方もなく、帰途につくしかなかった。それから1時間もしない府中駅で猛烈な雨と雹に見舞われたのであった。

 その瞬間、皇居では最後の参賀者がいるはずだが、どうなっているのだろうかと思いを回らした。しかし、こうした疑問は翌日の新聞を見て氷解した。

 新天皇が参賀者に2つの配慮をされていたのだ。1つは都心の最高気温が25度近くまで上がり、脱水症状などで体調を崩す人が相次いだことから、5回目(2時のお立ち)以降は、あいさつに「暑い中、来ていただいたことに感謝いたします」の文言を加えられたことである。

 もう1つが、天気の急変に関わる予報から、最後の3時のお立ちを少し早められたのだ。このため、すでに検査を受けて皇居前広場に並んでいる人を除いてストップがかかったのである。

 整理にあたる警察官が早めにストップがかかった理由を伝えれば一層よかったが、そのこととは別に、参賀者が雨に濡れないようにとの陛下の気遣いがあったのだ。


陛下の気配りを報じなかった朝日

 上記3紙のうち読売は一般記事で「陛下は5回目以降のあいさつで、『暑い中、・・・感謝いたします』との文言を加え、気遣われた」と書いている。

 産経は「午後2時以降の2回のお言葉では、暑さの中の参賀に感謝を示す一言も加えられた」とし、続けて「また、最終回の前には雷が接近しているとの予報があり、両陛下が参賀者に配慮し、お出ましの時間を早められたという」と記した。

 産経は「暑さの中の・・・」感謝の文言の前提に、「約120名が救護室で診察を受け、10〜80代の男女28人が救急搬送された」ことを書いている。

 また「参賀には米国、ドイツ、フランス、中国などのメディアの姿もあり、諸外国からも高い注目を集めた」と報道した。

 ところが、朝日は「暑い中・・・」の文言が入った「おことば全文」を紹介しているが、一般記事の中では陛下の気遣いで追加された文言であったことには触れていない。

 これではさほど暑くもなかった午前中の状況との整合性も取れないお言葉にしか聞こえない。

 ましてや、雷の接近で最後のお出ましが早められたことにはふれていない(これは読売も同様)。

 こうした陛下の配慮を一つも報道しない姿勢は、皇室の存在問題とは関わりなく、報道機関としていかがなものかと思わずにはおれない。

 この一般参賀という一事の報道からも、産経が最も精で、朝日が最も粗であると言える。

 2018年12月号『WiLL』掲載の木佐芳男(元読売新聞ベルリン特派員)・山岡鉄秀(AJCNinc代表)両氏の対談「悲しき朝日の自己愛 我は正義なり」で、山岡氏が「『日本のクオリティ・ペーパー』と呼ばれた時代から、ずいぶん落ちぶれてしまいました」と発言しているが、これがすべてを物語っているようである。

 なお、産経新聞元社長の熊坂隆光氏は、かつて「産経新聞こそクオリティ紙」と言っていたことを思い出す。自画自賛ではないようだ。

筆者:森 清勇

JBpress

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