人類の大問題解決の鍵が眠る「ミクロとマクロの間」

5月18日(金)6時14分 JBpress

赤外線カメラで撮影した米首都ワシントン。(c)AFP PHOTO / Andrew CABALLERO-REYNOLDS〔AFPBB News〕

 科学や技術の報道で「こんなナノテク素材が発見された」「こんな機能性細胞が発見された」といった内容がセンセーショナルに情報発信され、ことによるとそれによって企業の株価が上下したりもします。

 しかし、私はこうしたあり方に強く疑問を持っています。

 しばらく前、中止した方がいいニセ細胞スキャンダルで大学や研究社会全体が大変な混乱に巻き込まれました。その後遺症は現在もボディーブローのように研究者の日常を痛め続けています。

 正しかろうと、正しくなかろうと、何らかの情報を発信すればそれ自体がカネを引き寄せ、企業の資産価値が上がれば利ザヤが稼げる・・・。

 こういうような「ポスト・トゥルース状態」は、まじめに地道にサイエンスや基礎研究に従事している(とりわけ若い)人たちに、深刻なモラル・ハザードを引き起こしかねません。

 本来、サイエンスにおける事実認定は、是は是、非は非、客観的で公正、かつ厳密なものでなければなりません。

 そういう厳しい自戒があって、石橋を叩いて叩いて叩き割りそうになりながら確認できた一片の真実、その積み重ねの上に、人類は本来、科学技術文明を花開かせてきたはずです。

 そういう観点から見て、爽やかなクリーンヒットが、日本の若い物理学者たちから発信されました。

 4月末に物性研究所とカブリ数物連携宇宙研究機構の若手研究者と大学院生4人の連名でネーチャー誌に発表された論文で著者たちは、原子分子のミクロの世界を記述する量子力学に従って完全に特定された状態(量子純粋状態)が、私たち人間が直接観測できる巨視的(マクロ)な世界記述とどのように関わり合うを基礎から考え、本質的な性質と思われる成果を導き出しました。

 量子論的な純粋状態が平衡状態で落ち着いているとき、ミクロな世界特有の現象である「量子もつれ」の分布が、マクロな世界を支配する「熱力学」によって決定される、というのです。

 これによると、極微の世界の電子のふるまいから、宇宙の特異な現象であるブラックホールまで、シンプルな同じ関数で表すことができることを示しました。

 「量子もつれ」は、巨視的に離れた距離にある対象同志が、ミクロの世界を記述する量子力学に従って「相関」する現象で、量子テレポーテーションからブラックホールの蒸発まで、様々な分野を検討する、極めて基本的な概念です。

 量子力学的な純粋状態を用いた熱力学では、この「量子もつれ」を熱力学的な「エントロピー」で検討することができ(それ自体スゴい話で、発表されたときビックリしました)ます。

 今回の投稿は、ミクロな世界の相関の空間的な広がりをマクロな世界を記述する熱力学で評価するという、さらに進んだ内容になっています。

 すでに1年ほど即時投稿できるサイトに先立つ仕事が公刊されており(参照=https://arxiv.org/abs/1703.02993)今回の一般紙への投稿・採択は、査読を経て確かな内容として、より広く世界に成果を発信するものと言っていいでしょう。

 今回は、これについて記そうと思って稿を起こし始めたのですが、事前のイントロだけで十分に紙幅をオーバーしており、続稿を準備したいと思っています。

 以下は基本的なお話で、残念ながら「量子もつれ」のエキサイティングな話題以前の、さらに途中までに過ぎません。

 なかなか分かりにくいかもしれない「ミクロとマクロ」です。しかし、実は人類にとって本質的に重要な問題は、この両者の間にすべて存在していると言っても過言ではありません。

 ということで、今回は身近な例から「量子力学」と「熱」の関わりを考えてみたいと思います。

 例えば「美容整形に使うメス」と「それ以外に使うメス」の違いなどにも、ミクロとマクロ、そして熱と「人間」(あるいは人体、細胞でもいいんですが)との関わりの違いが、如実に関係しています。


ミクロとマクロの世界を結ぶ

 通常ミクロな世界、例えば分子1個の中の原子の配列とか、原子1個の周りの電子の挙動、あるいは原子の真ん中に芥子粒のように存在している原子核の中身の挙動は、直接人間が手で触れたり、目で見たりして確認することができません。

 しかし、陽子や中性子などが電磁気の反発力に打ち勝つ凄まじく「強い力」で結びついています。

 私たち人類が認識できるのは、常に視覚や聴覚、その他知覚器官を通じてもたらされる「刺激」を、最終的には脳なり何なりの中枢神経系で観測、受容した結果だけで、そこに引っかかってこない物理的な刺激は、存在していることを認識できません。

 典型的に量子力学的な存在である光を例に考えてみましょう。

 普通、私たちは「光」は「目で見ることができる」とナイーブには思っています。

 でも「赤橙黄緑青藍紫」の虹の七色から外れる周波数帯域は、人間が直接「見る」ことができません。

 例えば、周波数の低い光は目で見ることができない。可視光で一番低周波のエリアは赤黒い色に感じられますが、赤よりも低域の光を赤外線と呼ぶわけですが、波長にしてミクロン程度の長さを持つ赤外線を目で見ることができません。

 では人間は赤外光を感じないのか?

 皆さんは「赤外線こたつ」とか「赤外線治療器」なんて言葉をお聞きになったことがあるかと思います。人は、正確には人間を構成する細胞や神経系は弱い出力の赤外線を照射されるとそれを「熱」と感じます。

 これがさらに光の「位相」が揃って強力になった「赤外線レーザー」になると、ものごとは温かいでは済まなくなり、下手すると身体が焼けただれてしまったりする。

 逆にこれを応用すれば、外科手術などにも活用できるかもしれない。そう考えて開発されたのが「レーザーメス」で、すでに臨床現場で長らく使用されています。

 それよりもさらに赤外方向で波長が長くなると、この領域を指す言葉として、別に「マイクロ波」という用語があります。

 「ミクロ」ですね。光の波長としては1センチとか、人間の手のひらに乗る程度のスケールになるのですが、なぜかミクロと呼ばれている。

 ドイツの家電製品業界で「ミクロ」と言うと、実はこれ、電子レンジを指します。赤外線がさらに波長を長くした領域は、レーザーメスの短波長とパワーの集中をもちませんが、人間の手のひらに乗る程度の料理の全体を温めるという別の働きをします。

 これも人間に照射したりしたら大変です。ちなみにオウム真理教は「マイクロ波兵器」と称して人間を蒸発させてしまう巨大電子レンジを作ろうとして失敗するという困った犯罪を犯しています。

 これも間違いなく「光」にほかなりませんが、人間が目で見て色が分かる代物ではない。

 さらに波長が長くなると、なぜか不思議なことに「短い波」、それも「ものすごく短い波」と名前が変わります。正確には「ウルトラ高周波数(Ultra High Frequency)」と呼ばれている。

 周波数が高い=波長が短いわけですが、この両者を掛け算すると光速が得られ、よく知られる通り光速は一定の値をもちます。

 頭文字をとって並べてみましょう。

UHF(1メートル以内程度の波長)
VHF(1〜10メートル程度の波長)

 つまり、UHFより赤外方向に光の波長が長くなると、「とっても高い周波数(Very High Frequency)」と呼ばれる。

 冗談みたいな名前ですね。これだって確かに量子力学的な存在ですが、こんなものが来ても私たちマクロの世界に生きる人間は全く目で見ることができません。

 これよりさらに長い周波数の光は「短い波(short wave)」と呼ばれます。このあたりまでくると、お気づきにならないでしょうか?

 「短波ラジオ」などという言葉があると思います。波長が100メートル以下の光は、地上の適切な「放送局」から発信すると、上空の電離層にぶつかって反射するため、適切な中継局を経由すれば、地球上のあらゆる地点と通信することができる。

 つまりかつて全盛を極めて科学少年を育てた「アマチュア無線」はこの波長の光を使っているわけです。

 余談ながら、現在東京大学の総長を務める五神眞さんはレーザーの物理を世界的に牽引する第一線の研究者ですが、高校時代はアマチュア無線に熱中する少年でした。

 「短波」があれば「長波」もあるでしょう。LF(Long wave とかLow Frequency)などと言われますが、これは一般にラジオ波と呼ばれ、その名の通りラジオの送受信に用いられます。

 30〜300kHz、すなわち1〜10キロメートルほどの「長い波長」を持つ光で、これだって光ですから、当然ながら量子力学の法則に従う振る舞いを見せます。

 さらに1桁長い波、つまり、低い周波数の光は「とっても低い周波数、VLF(very low frequency)」と呼ばれます。

 3〜30kHz、つまり秒速3000—3万回転の発振と聞けば、人間にとっては十分に速い振動だと分かります。

 ちなみに3kHzというのは、空気中を伝わる音波であればピアノの最高音域のソの音として、人の耳でも聞こえるほど、つまり音波なみにゆっくり振動する光ということになる。

 こんな光でも本質的にミクロの物理法則に従う、ミクロとマクロの間の性質を持っています。

 UHFやVHFも、ご存じの方はご存じの通り通信波で、このUHFより高周波側に、私たちが日常的にお世話になっているテレビ放送の周波数帯域があります。

 ミクロとマクロなんて言うと概念の遊びみたいに聞こえるかもしれませんが、この極長波の送受信には巨大な設備が必要でした。

 かつてはこれが、大変な国費を傾けていくつも建設されました。

 理由は、潜水艦との通信に適しているからで、21世紀の現在は花形とは言えないかもしれませんが、現在でも重要な軍事通信帯域として、主として浅い潜水深度の潜水艦との通信に用いられているようです。

 それと言うのも、超長波の信号は、電磁気の観点からはいろいろ厄介も性質を持つ「塩が溶け込んだ水」、つまり海水の中でも、一定の深さまで透過するという顕著な性質を持つからです。

 Uボートなどが世界の海を席捲した第2次世界大戦期から、戦後の冷戦、核弾頭を装備した巡行ミサイルを発射できる潜水艦の配備が軍事力の雌雄を決した、そんなに昔ではない時代まで、決定的に重要なテクノロジーでもあり続けたように思います。

 21世紀の到来とともに私たちは第2次湾岸戦争のピンポイントミサイル攻撃を目の当たりにし、同じテクノロジーが民生に公開されて、いまや多くの自働車がカーナビゲーションやスマホのGPSを活用し、ウーバーがタクシーの売り上げをさらって行く時代になっています。

 そんななか、旧態依然たるアナログ通信の世界などは「いまや最先端科学技術のフィールドにあらず」なんて思われるかもしれません。

 しかし、ITからAIやセンサーIoT、データサイエンス全盛みたいなご時世を見つつ、その基礎にある地に足のついた物理、モノのコトワリを軽んじてしまうと、それらを使いこなす知恵の根幹を失ってしまうように思います。


マクロの側から考える:人間の視点から

 私たちが耳で聞くことができるのは、20〜20kHz程度の空気の振動だけで、それ以外の空気の振動は音としては感知できません。

 低い周波数は「風」として、また高い周波数、超音波はメガネの曇りのもととなる汚れを取ったり、半導体表面を清浄にする洗浄に役立ったりします。

 こうした低い周波数の電気信号はAF(audio frequency)と呼ばれます。

 ラジオやテレビではこれを、先ほど触れたような高い周波数=短い波長で進む「搬送波」に信号として「乗せて」遠隔地に飛ばし、受信側で検波して、再びオーディオ機器などにつなげ、そこで電力を補って(=増幅、アンプを噛ませることで)、再び音として聴くことができるようになります。

 音波程度の周波数は「人間的」と言うことができるかもしれません。私たちの家庭に送られてくる電力は、50Hzとか60Hzという、とても「ゆっくりした」周波数で送信されてきます。

 ゆっくりと言いますが、扇風機の「強」が秒速20回転=20Hzですから、1秒間に50とか60回転というのは人間にとっては十分に速い。

 事実、私たちは1秒に50回とか60回、明滅を繰り返す蛍光灯の明かりを、連続した光としか認識できません。速すぎて視覚が追随できていないのです。1秒に60回転するプロペラに手を巻き込まれたら、大変な事故になってしまうでしょう。

 このように考えるなら、100kHzとかMHz領域の電磁波は十分にウルトラな「高い周波数」ですから「高周波」の呼び名は納得がいきます。

 電波であれば「短波」ですが、この高周波で交流の電流を流すと、人間の観点からはべらぼうな速さで電流が右往左往するわけですから、人間の手などに当たると火傷、下手すると黒焦げになってしまいます。

 これだって、電気的なシステムですから、適切に制御すれば役に立てることができる。「電気メス」と言われる医療機器は、これを応用しているわけです。さっきの「レーザーメス」との違いに気をつけてください。

 人間を中心にマクロの世界で考えれば、MHzの交流は「高周波」です。ここでマクロな人体にマクロな電流を流してジュール熱を発生させれば「電気メス」として利用が可能です。

 やや危ない面もありますが、傷口が同時に「火傷」するため、止血効果など、刃物を使う手術では期待できなかった効用も生まれました。

 他方、赤外線から青や緑に見える可視光まで、強出力のレーザーを身体に照射すれば、レーザーメスとして器官に熱を与え、やはり焼き切ったり傷口を凝固させたりすることができます。

 レーザーは純粋に量子力学的な効果、ミクロの世界の支配原理に基づいてマクロに作用し、先ほどの電気メスと違ってマクロの電流を人体に流すような乱暴なことはしません。

 また、青や緑の光を用いれば、つまり赤い光を使わないようにうまく避けて、血液に特化してエネルギーを与えることができます。

 私たちが血を見て「赤い」と思うのは、赤い光は吸収されず反射されてしまうから赤いのであって、赤い光を照射してもうまく「赤身」には作用しません。

 逆に赤の「補色」の光はよく吸収してくれます。青や緑色の光をうまく使うことで、美容外科など微細な施術を求められる応用範囲に、コントロールされよく焦点が絞れた形でエネルギー(ここでは熱)を与え、高度な外科手術を実施することができる。

 いま、可視光よりも長い波長、つまり赤外部の話だけですでに紙幅をオーバーしてしまいました。逆に紫外線に目を向ければ、いわゆる紫外線と人体は「日焼け」その他の形で相互作用し、色としては見ることができません。

 シミ・ソバカスのような相互作用は、ちょっと困りますね。

 もっと高周波=短波長になると「X線」と呼ばれます。胸の写真やCTなど、医療で大活躍しますが、これだって私たちは目で見ることができません。

 健康診断でレントゲンを撮るとき、ブザーがなってカチッとかいう音はするけれど、X線自体は全く目に見えず、もう終わったのか、という感じになりますよね。

 ここまで高エネルギーになると すでに放射線の領域になりますから、X線の部屋は放射線管理区域の指定がされているかと思います。黄色や赤で怖そうな表示がなされている。

 もっと短い波長、高周波数=量子力学的には高エネルギーの光はガンマ線と呼ばれます。

 こんなものに直撃されたくないと思うかもしれませんが、宇宙から降り注ぐ天然の放射線=宇宙線には、様々な高エネルギー成分が含まれています。

 私たちは生まれてから死ぬまで、いや人類発祥のはるか昔から、人類滅亡後の宇宙の果てまで、世界は高エネルギー粒子線で満ちあふれているのが本来の姿です。

 たまたま、そういうものの暴力的な被曝から免れる、オアシスのような別天地として緑の惑星地球が成立し、そこに生命が繁栄しているわけです。

 最後は大げさな話になったように思われるかもしれませんが、実は、生命にとって大切なほとんどの現象、分子生物学、脳のような知性のメカニズムから生態系の多様性を守る叡知のすべてはミクロとマクロの間にあります。

 それらを考えるうえで、本質的な基礎をなす物理の、さらに根底的な基礎に、日本の若い物理学者が基本的な貢献をしているのを目にして、とても嬉しく思いました。

 冒頭に引いたペーパーの内容以前でこの回は尽きてしまったのですが、今回投稿の著者である中川裕也、渡邊真隆、藤田浩之、杉浦祥の4氏が謝辞として、世界一線のトップランナーの名を挙げて、とりわけ熱力学第2法則とミクロの物理を結ぶ本質的な仕事に大きな貢献のある田崎晴明教授、物性研+カブリ数物機構の押川正毅教授への感謝を記していたのに目が留まり、本稿を記そうと思いました。

 押川君は物理時代の同期で、早くから多くの仕事があり、自他ともに認めるトップランナーです。さらに後進を育てることにも無言の貢献を無数にしていると思います。そういう中から、新しい世代の才能が育っている。素晴らしいことだと思います。

 若い人を応援しないで、何の大学、何の研究機関と言えるでしょうか。未来を切り開く永続的な「放牧地」をこそ、大切に作り、育てていくべきだと思います。

筆者:伊東 乾

JBpress

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