私たちはなぜ眠る? 動物共通の根源的な問いに迫る

5月18日(金)6時10分 JBpress

私たちが眠る理由を解き明かしたい。

写真を拡大

 私たちはどうして眠くなるのか——。

 襲い来る眠気と戦いつつ仕事に取り組む人の中には、そんな疑問が頭をよぎる人もいることだろう。眠気をうまくコントロールできれば、もっと人間は効率よく活動できると考える人がいても不思議ではない。

 そもそも私たちは、なぜ眠るのか。また、なぜ眠らなければならないのか。睡眠は、ヒトだけでなく、多くの動物に共通するシステムであるにもかかわらず、その問いへの答えを人類はまだ持ち合わせていない。神経科学研究の大きなテーマであり、生命の本質にも触れる大きなロマンとも言えよう。

 その問いに、人生をかけて答えようと取り組む研究者がいる。睡眠の基礎研究の世界的な第一人者、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長の柳沢正史(やなぎさわ・まさし)教授だ。

 柳沢氏は、1991年から2014年までアメリカで研究生活を送り、1998〜99年に睡眠と覚醒の制御を行う神経伝達物質「オレキシン」を発見した。睡眠に関する疾患として、睡眠と覚醒の切り換えが不安定になる「ナルコレプシー」が知られているが、オレキシンの欠乏がこの症状を引き起こすことが分かり、現在ではナルコレプシー患者の日中の眠気を抑える薬を開発中だという。

 柳沢氏は、これまでマウスを対象として睡眠の研究を進めてきたが、このたび、ヒトを対象とした大規模な睡眠の疫学調査に乗り出すとして、2018年3月よりクラウドファンディングによる研究費の調達を始めた。それはどのようなチャレンジで、人類の睡眠の理解にどのように貢献するのか。柳沢氏に話を聞いていく。


睡眠にまつわる「2つの大きな問い」

——睡眠の研究には、どのような問いが残されているのでしょうか。

柳沢正史氏(以下敬称略) 睡眠の基礎科学には、2つの大きな問いがあります。

 1つは、「睡眠の機能」。なぜ、脳を持つ動物は眠らなければならないのかということです。個体が意識を失い、外界刺激からも鈍くなるわけで、どう見ても生存上不利に見える行動ですが、ほ乳類だけでなく、昆虫や線虫も含め、中枢神経系と呼べるものを持った動物はすべて眠るとされています。

 これに対しては、いろいろな説があります。いま一番取り沙汰されているのは、覚醒中は感覚系から膨大な量の情報が脳に流れ込んでくるわけですが、その情報の整理をするために脳の活動をオフラインにするというものです。コンピューターにたとえると、オフラインでのデフラグとかメンテナンスに相当する考え方です。

 眠ると記憶がきちんと定着するという現象は、よく知られています。問題は、なぜその役目を担うのが睡眠なのか、なぜ意識を失ってまでやらなければいけないのか、その説明が付かないのです。

 もう1つは、「睡眠の制御」のメカニズムです。特に重要なのが、「なぜ眠らないと眠くなるのか」ということです。長い間起きているとだんだん眠くなりますが、その眠気を取るためには眠るしかありません。そして、眠っている間にその睡眠要求が消えていきます。非常に単純なフィードバックループになっています。我々の脳は近過去の覚醒量を常にモニターしていて、その累積値によってその時点での睡眠要求が決まっていくというシステムです。

 ただ、その覚醒量の累積値をどうやって測っているのか、その積分器がどう実装されているのか、現在はまったく答えることができません。脳の中にあるのは間違いないのですが、脳のある部分に局在するのか、もっと広範囲に分布するのかすら分かっていません。

——オレキシンの作用機構を調べていけば、謎は解けるのでしょうか。

柳沢 ナルコレプシーの患者さんは、日中でも突然眠ってしまいますが、24時間の総睡眠量は変わらないのです。オレキシンの欠乏で覚醒と睡眠の切り替えが不安定になっていますが、上で述べたフィードバック、すなわち1日の睡眠量を決めるシステムには異常がありません。

 たとえるならば、オレキシンというスイッチの存在は分かったけど、問題はそのスイッチを押す指が分からないということです。これは2つの違った問題なのです。

 時間的に見ても、スイッチの切り替えは数秒から十秒くらいの現象です。一方で睡眠ニーズが蓄積していくプロセスは、数時間から十数時間、慢性的な睡眠不足まで考えると数日のオーダーです。タイムスケールが全然違います。スイッチをいつ動かすかという、より上位の問題が解けていないのです。

——問題の解決には、これまでとは違ったアプローチが必要になる?

柳沢 そこで取り組み始めたのが「フォワードジェネティクス(Forward Genetics)」という手法です。実験動物の個体ごとにランダムに突然変異を入れておいて、その中から自分の興味のある表現型を持つ個体を見つけて、原因となる遺伝子を突き止めるというものです。

 マウスの研究でもフォワードジェネティクスは昔から使われていますが、睡眠の研究で用いた人は誰もいませんでした。睡眠は調べるのが面倒くさいからです。マウスでも「静かに座っているけど起きている」というのはいくらでもあるので、脳波を取らないと客観的に睡眠は測定できません。フォワードジェネティクスをやるからには、数千という個体数を相手にしなければならないので、脳波をいかに効率よく測るかがカギになります。それは容易ではないので、そんなことは誰もやってなかったわけです。

 そして、6年越しの長い時間をかけて8000匹ほど解析し、見つけた遺伝子のうち2つを2016年の12月に『Nature』に発表しました。そのうち、Sleepyという変異マウスは、1日の睡眠量が非常に増えていて、それにもかかわらずまだ眠いのです。しかも、スイッチそのものには問題はありません。つまり、根本的な睡眠量制御のフィードバックメカニズムのどこかが破綻しているのです。

 しかも驚くべきことに、同じ原因遺伝子がショウジョウバエや線虫にもあり、彼らの睡眠様行動も同じように制御しているように見えるのです。つまり、生命にとってかなり根源的なもので、進化的にはショウジョウバエや線虫とほ乳類が分かれた辺りの、約5.5億年前のタイミングで生まれた遺伝子と考えられます。その時点では、まだ脳を持った生命は誕生していないので、「睡眠はどこから来たのか」と考えさせられるのです。


前例のない大規模な睡眠調査

——今回のクラウドファンディングで行う研究は、どのように進めていくのでしょうか。

柳沢 まず、第1段階は疫学調査として、1000人ほどの被験者を集め、1人当たり1週間、普段の睡眠をきちんと測定していきます。簡易な測定法ですが、加速度計を腰の辺りに付けてもらって、24時間、入浴時以外は付けたままにしてもらって、体が動いているかどうか測定します。それに加えて、睡眠日誌を付けてもらいます。

 その2つを比べることで、かなり正確に何時から何時まで眠っていて、寝床にいる時間のうち客観的にどれだけ眠れているかや、中途覚醒や早朝覚醒もあればそれも分かりますし、いろいろなことが分析できます。また、休日と平日とで起床時間が大きく変わるかもしれないので、まずは働いている方々という母集団を対象にデータを集めていきます。

 また、睡眠データを取ると同時にアンケートに答えてもらって、自覚的な睡眠の問題がないかどうか、昼間に眠くならないかなど、自覚的な睡眠評価とメンタルヘルスの評価を行っていきます。鬱のような状態にないか、ストレスがないかなど答えてもらって、睡眠状態との相関がないかを調べていきます。

——そのデータを集めた後は、どうするのでしょうか。

柳沢 第2段階は、その中で極端な睡眠態様を示した方を抽出していきたいと考えています。極端な態様とは「ショートスリーパー(Short Sleeper)」や「ロングスリーパー(Long Sleeper)」と呼ばれる、要求睡眠量が体質的に常人とは異なる人たちです。これは全く調査がなされていないので、どのくらいの頻度でいるのか知られていません。我々の今までの感触では、1000人に数人のレベルです。ですので、探すのは大変だと思っています。

 目論見としては、そういう人に出会ったら、ご家族に似たような人がいないか聞いて、いるとなればご家族の同意を取って、ご家族も調べさせていただければと思っています。さらに同意が得られれば、DNAもいただいて、次世代シーケンサーによるゲノム解析を用いれば、かなりのことが分かりますので、そこまで持っていきたいです。

 特にショートスリーパーの人は「病気」ではなく社会的にも困りませんから医者には行かない。なので、病院など臨床現場での調査ではたぶん見つかりません。本当のショートスリーパーの人は、眠気も訴えませんし、本質的に1日4〜5時間の睡眠でも何の支障もない人です。いるとすれば、それは絶対に何かの遺伝子によって、必要睡眠量が規定されているはずなので、その原因遺伝子を見つけたいと思います。

——1000人という調査の規模には、どのような意味があるのでしょうか。

柳沢 疫学調査ですから被験者は多ければ多いほどいいのですが、調査には人手が相当かかり、また加速度計などハードウエアのお金もかかります。そういう手間やお金、時間を鑑みて、実行可能なのが1000人くらいだろうということで、目標にしています。

 また、逆に1000人いれば、いろいろなことを統計的に有意なレベルで言うことができます。

——この研究に関連して、先行する研究はあるのでしょうか。

柳沢 似たようなことを考えている人は、世界の睡眠学者でも複数いますが、実際には意外とやられていません。世界中に睡眠の疫学はいろいろあるのですが、全部自己申告です。極端な場合は「あなたは何時間寝ますか」というアンケートだけです。ものすごく不正確なのです。

 一方では、スマートフォンやガジェットを使ったアプローチもあります。あれも活動計が入っているので、体が動いているか評価できます。あれはものすごい数のデータを集められますが、活動計だけで睡眠量を正確に測定するのも、やはり難しいのです。

 我々の場合は、活動計の測定に加えて、睡眠日誌を付けてもらって、両方から見ていきます。そういう精度で1000人以上の規模で行う調査はほとんどありません。うまくいけば、意義は大きいと思います。


必要な睡眠量を確保せよ

——働く人たちの睡眠について、思うことはありますか。

柳沢 「短い時間で、睡眠の質を高めて効率よく眠るには、どうしたらいいですか」とよく聞かれるのですが、それは「ゴール」が間違っています。その人にとっての必要な睡眠量は削ることはできません。

 僕のよく知っている臨床研究者が言うのですが、睡眠というのは住宅ローンみたいなものだと。要するに、1日24時間の中で絶対に必要な、一番に確保しなければいけないベース支出なのです。だから、自分に必要な睡眠量を確保してほしいということですね。確保できない人は、どうして確保できないのか考えてみてください。

 人間の大人の必要な睡眠量は、ほとんどの人は「7プラスマイナス1時間」くらいとされています。「自分はそんなに寝てない」という人は、客観的に測定すれば睡眠不足なのです。

 都市部で通勤時間が長いというのも問題です。これもはっきりした疫学調査があるのですが、睡眠時間は通勤時間と強い相関があって、通勤時間が往復で2時間長くなると、睡眠時間が1時間短くなるのです。おそらくは、朝の片道分に相当する時間が削られるのでしょう。非常に根が深い問題です。

——先生の研究にゴールはあるのでしょうか。

柳沢 先ほど話した2つの大きな問いに答えたいというのがゴールですね。特に、「睡眠の制御」、一言で言えば「眠気の正体」が何なのかを、きちんと現代の神経科学の言葉で言えるようになったらカッコいいですね。

 もちろん、もう1つの「なぜ眠らないといけないのか」という大きな問題もありますけど、その2つが結びついている可能性もあるわけです。もしかしたら「睡眠の機能」と「睡眠の調節」が、実は同じコインの裏表みたいな関係で、どちらかに答えられればもう片方にも答えられるかもしれません。

* * *

 1日の4分の1以上の時間を費やしながら、その正体はいまだつかめていない睡眠。その全容の理解へは、研究者もまだ踏み出したばかりだ。今回の疫学調査が成功すれば、その大きな足がかりになるだろう。

 私たちはなぜ眠るのか——。胸を張って答えられる日が来るのが楽しみでならない。

【参考】人はなぜ眠る? 最適な睡眠とは? 「睡眠の謎」に最新の科学で迫る
https://readyfor.jp/projects/wpi-iiis

筆者:西原 潔

JBpress

「動物」をもっと詳しく

「動物」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ