「夢の新薬登場」で、日本人が考えねばならないこと

5月18日(土)6時14分 JBpress

(舛添 要一:国際政治学者)

 人類は病気との闘いに次々と勝利して、長生きのできる社会を築き上げてきた。この闘いの武器として、薬や医療技術があり、世界中で科学者たちが、今も新薬や新技術の開発に鎬を削っている。当然、莫大な費用と時間がかかる。

 厚生労働大臣のとき、内外の製薬会社から、開発コストの大きさについて説明を受ける機会があったが、日本の薬価が公定であることに関連して、とくに外国の製薬会社から、開発費に見合った価格の設定を要請されたものである。


富の差が医療の差をもたらしてはならない

 一方、私は難病患者を救うために全力を挙げ、難病治療研究のための予算も一気に4倍にしたが、患者さんたちの最大の要望は、自分たちの疾患が難病の指定を受け、公的支援を受けられるようにすることであった。2014年には「難病の患者に対する医療等に関する法律」が制定され、難病に指定される疾患も増え、公的支援も拡大していった。

 以上の話をしたのは、病気と闘うためには、第一に、有効な薬や医療技術が必要だということであり、第二に、その恩恵を皆が平等に享受できるような仕組みが必要だということを強調したかったからである。

 第一点については、現在の新薬開発技術の進歩はめざましく、とくに遺伝子組み替え技術などを用いたバイオ医薬品は、「画期的」な新薬が登場している。しかし問題は、それらの価格が極めて高価なものになっていることである。

 さらに第二点についてだが、「貧富の差が医療の差をもたらしてはならない、所得の大小が命を左右することがあってはならない」ということが、今日の先進民主主義国の基本原則になっている。そして、その原則を担保する手段として、公的保険制度が導入されている。欧州や日本がその典型であるが、アメリカではオバマケアなどの導入はあったが、公的保険制度が十分ではなく、民間の保険会社と契約して私的保険で対応するのが一般的である。そのために、まさに命の値段に差がついている。

 15日、中央社会保険医療協議会は、白血病の治療に使う新薬「キムリア」への保険適用を了承した。薬価は3349万円で、製造販売元はノバルティスファーマである。これまで、国内で保険適用された薬の単価としては最高である。


高額治療を誰もが低負担で利用できる「高額療養費制度」

 新薬の価格が話題になったのは、抗がん剤のオプジーボが広く使われるようになったときである。皮膚がんのみならず、肺がんにも効果があることが分かり、一気に使用が増えた。当初は1回130万円で、1年間使い続けると約3500万円にもなったが、使用者が増えたため、今では4分の1の価格になっている。

 オプジーボの保険適用は2014年9月であるが、高額医薬品では、その後、C型肝炎治療薬のハーボニー(670万円、12週間)、脊髄損傷対象のステミラック(1500万円、1回)、が保険適用になっている。アメリカでは、遺伝性網膜疾患治療薬のラクスターナが9500万円、リンパ腫対象のイエスカルタが4200万円である。

 今後もこのような高額医薬品が開発されることが予想されるが、薬価は開発研究にかかった費用を基にして決定される。しかし、その費用の開示度が十分ではなく、今回のキムリアの場合は50%未満であった。

 厚労大臣にとっても中医協の議論は専門的すぎるし、逆に、診療報酬などの決定に際しては、たとえば医師会の要望に配慮するなど政治的判断が加わることもある。

 キムリアは、アメリカでの価格が5000万円であるが、それは効き目に応じて患者から報酬を受ける仕組みになっているためで、保険で一律に価格が決まる日本では、より安い価格となっている。

 日本には、そのような公的保険制度のメリットがあるが、高額の医薬品は制度そのものの維持に大きな問題を投げかけている。

 保険が適用されると、支払いは、窓口負担が1〜3割であるが。日本には「高額療養費制度」という制度がある。それは、医療機関や薬局の窓口で支払った額が、上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度である。

 具体的な例をとると、69歳以下で、年収が約370〜約770万円の場合、一月の上限額(世帯ごと)は、[8万100円+(医療費−26万7000円)×1%]となる。たとえば、医療費が100万円のケースだと、窓口負担は3割の30万円ではない。8万100円+(100万円−26万7000円)×1%=8万7430円が上限額となり、これが実際の自己負担額である。

 キムリアの場合、8万100円+(3349万円−26万7000円)×1%=41万2330円となる。残りは、社会保険料と税金で賄われるのである。

 因みに、69歳以下でその他の年収の自己負担上限額は、
(1)約1160万円以上:25万2600円+(医療費−84万2000円)×1%
(2)約770万円〜約1160万円:16万7400円+(医療費−55万8000円)×1%
(3)約370万円以下:5万7600円
(4)住民税非課税者:3万5400円
である。

 この制度のおかげで低所得であっても安心して医療が受けられるのであり、現在の日本の国民皆保険制度は高く評価されてよい。しかし、高額医薬品が次々と登場すると、そのような事態を前提にしないで設計された公的保険制度そのものが維持できるのかという問題が出てくる。


国家予算の4割に匹敵する国民医療費

 私が厚労大臣のときに、月の医療費が最高だった患者のケースで1500万円だったが、健康保険組合連合会によると、2017年度では1月の医療費が1000万円以上の件数が532件で、前年より48件増加し、過去最多であった。そのうち、2000万円以上が72件で、これも過去最多である。5000万円以上は1件で、7915万7950円であった。この医療の高額化は、まさに新薬、新技術の開発の結果であると言ってよい。

 しかし、患者にとっては、新薬、新技術の開発は命を救う朗報であり、いつ誰がどのような病気になるか分からない以上、すべての国民にとって、研究開発を継続することが必要である。

 そのためには、市販薬で同様な効能のある薬については、保険適用を外すという選択があってもよい。私は、春にはいつも花粉症に悩まされるが、今は市販薬が簡単に入手できる。ただ病院で診断を受け、処方箋を出してもらえれば、保険が適用されるのでより安く買える。このような同等の市販薬がある薬剤について保険の適用を外せば、医師の診療や処方も不要となり、保険財政も改善される。ビタミン剤、湿布剤なども同様である。

 限られた数の患者であっても保険適用で救済していくのと同時に、それを可能にし続けるには、保険適用をしない医薬品を増やしていく選択も重要である。世界に冠たる国民皆保険制度を維持するためには、それも必要な措置である。

 公的保険制度のあり方について、もっと国民的議論が展開されてよい。毎月の給料明細表で、税金のみならず、社会保険料についてもよく見てほしい。重い負担のはずである、消費税を2%上げると大騒ぎする国民が、社会保険料については沈黙を守っている。為政者にとっては、不人気な税よりも、社会保険料で国民負担を増やしたくなるのは当然である。納税者意識のみならず、保険料負担者意識も必要なときが来ている。今や国民医療費は42兆円を超えていることを忘れてはならない。国家予算の4割と同等な額である。

筆者:舛添 要一

JBpress

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