密室に連れ込み恫喝、さらには集団的な暴行まで…潜入して目の当たりにした“知的障害者施設”の「ヤバい内情」
2025年5月20日(火)8時0分 文春オンライン
知的障害のある人がさまざまな支援やサポートを受ける施設のなかで起こっている諸問題。ノンフィクション作家の織田淳太郎氏が潜入することになった現場で目にしたまさかの現実とは……。
同氏の著書『 知的障害者施設 潜入記 』(光文社新書)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
正月明け、かっちゃんにいつもの元気がなかった
正月明け、私は久しぶりにT作業所に顔を出した。
事業所側に利用料名目の収益を目論む意図もあったのだろう。T作業所の利用者には週休2日制が設けられていたが、それ以外は祝日でも作業所に通わなければならない。「行事」と称して、彼らは年末年始もT作業所に駆り出され、正月気分をのんびり味わうことなく、この日も作業に精を出していた。
そのなかに「かっちゃん」がいた。
彼はGさんによるDホームでの虐待の内実を事細かく私に教えてくれた、軽度の知的障害者である。
「Gさんにやられたことはないよ。これでも僕はしっかりしているから」
と口にしていたそのかっちゃんに、いつもの元気がない。冗談好きにして面倒見が良く、場の雰囲気を盛り上げるリーダー的な存在感を誇示してきたが、両腕で頭を抱え込むようにしてテーブルに突っ伏している。スタッフに促されて、ときおり顔を上げるものの、口数はほとんどなく、表情も淀んで覇気がなかった。
理由はまもなくしてわかった。

帰省していた利用者の菓子と小遣いが消えた
正月の期間中、Dホームでは一人の入居利用者が実家に帰省していた。その利用者が自室に保管していた菓子類のすべてが消えた。いや、消えたのは菓子だけでない。その利用者は小遣いの自己管理を任されていた数少ない一人で、押入れに隠していたはずの数千円の小遣いまでもが忽然と消えたのである。
常勤職員がさっそく「家宅捜索」を開始した。すると、まもなくかっちゃんが「容疑者」として浮かび上がってきた。彼の部屋からタバコ数箱と空になった菓子袋が出てきたのである。
かっちゃんは小遣いをT作業所に管理される身。禁煙措置をとられていた上、おやつ類も一切禁止されている。これらのものが彼の部屋にあること自体、不自然極まりないことだった(彼は世話人の目を盗んでタバコを買ってきていた)。
かっちゃんには当然、「取り調べ」が待っている。施設長を含む男性社員3人にミーティングルームの密室に連れ込まれ、厳しい詰問に遭った。これが、かっちゃんがうち沈んでいる理由だった。
「すごく怖かった」密室で行われた取り調べ
よほどのショックを受けたのだろう。この事件が発覚した翌朝、送迎を担当したパート職員も、かっちゃんの様子をこう口にしている。
「僕が送迎車で迎えに行っても、勝見さん(かっちゃん)、落ち込んだままでねぇ。『車に乗りたくない』『T作業所に行きたくない』ってごねていました。いつもは何かあっても、翌日にはケロッとしていますが、このときは相当な落ち込みようでした」
密室でいったい何が行なわれていたのか。それを知るのは、かっちゃんと3人の男性社員しかいない。
私がその密室の出来事の一端を知ったのは、かなり後になってからである。情報源は快活さを取り戻した当のかっちゃんだった。
「すごく怖かった」と、かっちゃんは打ち明けた。
「密室に呼ばれて、施設長とJさん、それにEさんの3人に囲まれたんだ。3人とも僕よりずいぶん若いし、力もあるからね。Jさんは体が大きいし、施設長なんか格闘技をやっていたから特に怖い。だから、僕、逃げようとしたんだ。
そしたら、『まだ聞きたいことがある!』って、3人に一斉に体を押さえつけられて。足蹴っ飛ばされたり、腕ねじ上げられたり、腕や胴体を強く握られたりして……。だから、僕『痛いよう!』って叫んだんだ。それでもやめてくれなくて、とうとうパニックになっちゃって。自傷行為なんてしたことないけど、自分の頭をドンドン壁に打ち付けたんだよ。
3人が部屋を出て行った後は、僕、一人で部屋でずっと泣いていた。だって、あんな怖い想いしたんだし、体が痛くてしかたがなかったんだから。体中がアザだらけになったよ。その日は歩くのも大変だったし、体が痛くて風呂にも入れなかった」
「体中がアザだらけになった」は本当なのか
大の男3人(Eさんはまもなく退社した)に密室に連れ込まれ、「悪事」に対する集団的な恫喝に晒される。「悪事を働いた」という負い目がある分、これだけでも恐怖心が煽られるには十分である。その上、集団的な暴行を加えられるとなれば、パニックに陥るのも無理はない。
私をT作業所にスカウトしたパート職員のIさんによると、この3人の男性社員の集団暴行があったとされる日、ミーティングルームからこんな施設長の怒声が聞こえてきたという。
「お前、これは犯罪だぞ! わかってんのか!」
かっちゃんが密室内で3人の男性社員に囲まれ、集団的な恫喝を受けたことだけは間違いないのだろう。
では、職員の集団暴行を受けて「体中がアザだらけになった」というかっちゃんの訴えは、はたして本当だったのか。
「ねぇ、これ見てよ」かっちゃんが見せた生々しい傷跡
これが作り話ではないとわかったのは、それから1年ほど経った日のことである。
その日の朝、来所した女性利用者の一人が、真っ先にかっちゃんのもとに足を運び、心配口調でさかんに声をかけている。
「勝見さん、大丈夫? もう落ち着いた?」
「まだ腕痛いけど、大丈夫だよ」
「それなら良かった」
いったい何があったのか。
「だって」と、その女性利用者が私に目を向けた。
「勝見さん、昨日ミーティングルームでずっと一人で泣いていたんだもん」
「泣いていた?」
「うん。JさんとU子さんに叱られて」
U子さんは私が勤め始めた8ヶ月後、正社員としてT作業所に入社した。彼女の「本性」は本書を読み進めるうちに明らかにされていくが、その高圧的にして監視的な支援態度もあり、私は密かに「影の独裁者」なるあだ名をつけていた。
「なんで叱られたんだろうね」
そう言いながら、傍らのかっちゃんに目を移した。
「ねぇ、これ見てよ」
助けを求めるように、かっちゃんが言った。それから、私を作業所の隅に連れていくと、セーターの袖をまくり上げた。
肩から上肢にかけて、無数のうっ血した箇所がある。特に両上腕部と両手首の内出血は、濃い紫色に変化し、生々しい傷跡をさらけ出していた。
「どうしたの?」
私は目を丸くした。
「ひどいね、この内出血。それも、こんなにたくさん」
「昔吸ったタバコの吸い殻」で責め立てられ…
かっちゃんは口を尖らせながら事態を説明した。
「昨日、JさんとU子さんにミーティングルームに呼ばれたんだ。で、僕の部屋からタバコの吸い殻が見つかったと言って、僕を責め立てるんだ。上から目線で『これ、どうした?』『グループホームではタバコ禁止なのに、どうして吸った?』とかね。
でも、僕、今回はタバコなんか吸ってない。見つかったのは、昔吸ったタバコの吸い殻だったんだよ。そのことを言っても『ホントのこと言いなよ』と信用してくれないし、解放もしてくれない。だから、『もういいでしょ?』と、自分から部屋を出ようとしたんだ。そうしたら、『まだ話が終わってない!』って、後ろからJさんに腕と手首を強く掴まれたの。
腕なんてねじ上げられて、すごく痛かった。『痛いよ〜!』と叫んで、それでも必死に逃げようとしたんだけど、出口はU子さんが体を張って塞いでいたので、逃げるに逃げられなかった。だから、ずっとJさんにやられっぱなしだったんだ」
T作業所の職員による朝礼は、社員が揃った9時すぎから行なわれる。この日はJさんとU子さんが出勤していた。私はさっそくかっちゃんの両腕が内出血していることを、抗議の意味も込めて2人に伝えた。
「ああ……あれは自分がやったものです」
Jさんは戸惑いながらもそれを認めた。が、咄嗟にこんな言い訳を付け足した。
「勝見さん、自傷行為に走ったので、それを止めただけです」
さすが弁舌巧みなタイプとして評判になっていただけのことはある。
しかし、かっちゃんはこう口にした。
「前回はパニックになって頭を壁に打ち付けたけど、今回は自傷行為なんてしてないよ。だって、僕、何も悪いことなんかしてないんだから。それより、僕のいないときに勝手に部屋に入り込んで、粗探しされたことにイラッときてたんだ。それなのに、あんな暴力まで振るわれて、すごく悔しかった。だから、僕、泣いたんだよ」
かっちゃんが最初の「犯行」に及んだ背景
かっちゃんが見舞われた、社員による2度にわたる集団暴行。他の利用者の部屋に忍び込み、菓子類だけでなく現金まで盗んだ最初の「犯行」は、たしかに非難されてしかるべきである。本来なら刑事罰の対象だろう。
ただ、なぜそういう行為に走ってしまったか。その背景を考えると、少なくともかっちゃんだけが責められる問題ではないことがわかる。
かっちゃんは大の愛煙家である。喫煙を人生最大とも言える「楽しみ」としてきた。かつては本数に制限を課せられていたものの、グループホームの玄関先での喫煙が許されていたという。
そこに、新型コロナウイルスが襲いかかった。利用者と支援員の多くが感染し、かっちゃんも新型コロナウイルスの魔の手にかかった。医師からは禁煙を勧められ、T作業所もそれに同意した。こうして、かっちゃんは大好きな喫煙の機会を奪われたが、彼に課せられていた制約はそれだけでない。
食への欲求を抑えていた喫煙までもが禁止された
かっちゃんは太り気味で、高血圧症の持病もある。そのため、T作業所からは減量命令が下され、菓子やジュースなどのおやつ類の間食を早くから禁止されてきた。飲酒などはもってのほかである。
コロナ禍以降は全ホームで、休日であろうと外出は御法度になった。かっちゃんの場合は、小遣いもT作業所の管理下にある。こっそりグループホームを抜け出せたとしても、手持ちのお金が一銭もないので、好きなものを買うこともできない。
それでも、喫煙が許されていた頃は、食への欲求も何とか抑えることができたという。その喫煙までもが禁止された。楽しみのすべてを奪われ、かっちゃんは悶々とした日々を過ごすしかなくなった。前記の「犯行」はそのさなかに行なわれたものである。
かっちゃんは言った。
「タバコ吸わせてくれてたら、あんな盗みなんて絶対やらなかったよ。タバコ吸いたくて、毎日イライラしてたんだ。だって僕、タバコ吸って、それで命縮めたとしても、納得してるんだから、誰のせいでもないよ。主治医? たしかに以前の主治医には禁煙しろって言われた。けど、いまの主治医にはそんなこと一言も言われてないよ」
〈 「服従させることに躍起になっていましたね」日本の障害福祉の現場で起きている“非人道的な対応”のリアル 〉へ続く
(織田 淳太郎/Webオリジナル(外部転載))
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