薬理学会も抗議 ドラマ「ブラックペアン」の何がそんなに問題なのか?

5月27日(日)17時0分 文春オンライン

 嵐の二宮和也が主演する現在放送中の医療ドラマ「ブラックペアン」(TBS)に対し、治験コーディネーター(CRC)の認定制度を運営している(社)日本臨床薬理学会がこの5月7日付でTBSテレビに見解書を送付する事態となり、ネットなどで物議を醸しました。



一般社団法人日本臨床薬理学会 Facebookより TBSへの見解書の文面


 大学病院や基幹病院では医薬品や医療機器などの安全性や有効性を確かめるために、実際の患者を対象にした臨床試験がいくつも行われています。このうち、新しい医薬品や医療機器としての承認を国から得るために実施される臨床試験のことを特に「治験」と呼んでいます。


 この治験をはじめとする臨床試験が円滑かつ適正に行われるよう、被験者(臨床試験に参加する患者)や責任医師、製薬メーカーなどの間で連絡、調整、サポート業務を行うのが「治験コーディネーター」の役割です。正式には「臨床研究コーディネーター(Clinical Research Coordinator)」と言い、略称で「CRC」と呼んでいます。


「300万の小切手」は実際には7000~8000円


 たとえば被験者候補となる患者に対しては、臨床試験に参加できる条件(年齢や病状、検査値など)を満たしているか確認をしたり、患者が臨床試験の内容をよく理解できるよう医師の説明をわかりやすく補足したり、被験者が臨床試験を安心して続けられるようケアを提供し、時にはご家族の支援も行ったりすることがCRCの主な役割となります。なお、臨床試験に参加するかどうかはあくまで患者の自由意思に基づくので、製薬メーカーや医療機関から誘導や強制をされることはありません。


 ドラマでは、女優初挑戦となるフリーアナウンサー加藤綾子が演じる治験コーディネーターが、治験を依頼した企業と契約した人物として描かれ、治験の責任医師らを三ツ星レストランで接待するシーンや、治験を受ける患者に対して「負担軽減費」として「お納めください。早急に御入用とうかがいましたので」と額面300万円もの小切手を手渡すシーンなどが放映されました。



「ドラマの演出上という言葉で片付けられない」


 しかし、同学会は見解書で、現実には治験コーディネーターはあくまで(企業ではなく)医療機関側の人材であること、また負担軽減費を患者に手渡すことはあっても、1回あたりに交通費と軽い昼食代に相当する7000〜8000円程度がほとんどで、多額の負担軽減費で患者を治験に誘導することは厳に戒められていると指摘。そして、ドラマでの描き方に対して、こう異議を申し立てました。


「これらのことは、ドラマの演出上という言葉で片付けられないと私たちは考えます。日々、患者様に真摯に対応しているCRC達が、医師達に高額の接待を行い、患者様に多額の負担軽減費を支払っていると誤解されることはCRCを認定している学会として残念でなりません」


 私もニュースなどに接して、このCRCの描かれ方には違和感を覚えました。なぜなら、このような治験における医師と企業との癒着や、患者の治験への強引な誘導、試験データの改ざんといった不正を防止し、治験の透明性を高めることこそが、CRCの役割の一つだと考えるからです。



そもそもCRCは被験者の人権を守るために導入された


 そもそも日本にCRCが導入されたのは、1997年頃に治験の進め方を国際基準に合わせて厳格化した「新GCP(Good Clinical Practice)」と呼ばれる「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」が法制化されたのがきっかけでした。



 臨床試験を適切に遂行するには、被験者の人権を守り、安全性を担保すること、データの信頼性を確保することが不可欠です。法制化される前、日本にも臨床試験の実施基準(旧GCP)はありましたが、あくまで国からの「通達」に過ぎず、罰則がありませんでした。そのため臨床試験を実施するにあたって、患者に不十分な説明や口頭での同意だけで済ませてしまうことや、ひどい場合には患者が知らぬ間に被験者にされてしまうこともありました。


 しかし、これは大問題なのです。なぜなら、患者の人権を踏みにじることになるからです。


 多くの人が、新しい医薬品候補の物質や医療機器候補の機械を試せるのは幸運だと思うかもしれません。確かにそれによって救われる人もいるでしょう。ですが、新しいからと言って、それが従来の医薬品や医療機器より優れているとは限りません。それに、未知の副作用で体がダメージを受ける可能性もあります。つまり、不利益が出ないよう十分注意がされているとはいえ、臨床試験に参加することで、デメリットを被ることもあり得るのです。


 それでも、どうして臨床試験を実施する必要があるのかというと、それは被験者本人のためというより、同じ病気で苦しむ未来の患者に有益な医薬品や医療機器を提供するためなのです。私たちが病気にかかったときに、一定の有効性や安全性を確かめた医薬品や医療機器を使えるのは、過去に行われた臨床試験に参加した、たくさんの人たちのおかげです。つまり、臨床試験の被験者になることは、ボランティア精神に基づくとても貴い行為だと言えるのです。


「実験台」にさせられないために


 しかし、デメリットもありうることを十分説明されず、臨床試験の被験者にさせられたとしたら、それは有効か安全かどうかもわからない物質や機械を試す「実験台」にさせられたのも同然ということになります。実際に、臨床試験を行うにあたって説明と同意が不可欠だと説いた世界的な倫理規定「ヘルシンキ宣言」(1964年)は、ナチスの人体実験の反省から生まれています。


 このような人権侵害を防ぐために、新GCPでは臨床試験に参加する患者に対して説明を尽くすとともに、被験者の「自発的同意」と口頭ではなく「文書による同意」を得ることが求められるようになりました。また、臨床試験を円滑かつ適正に行うには、あらかじめ定められた手順(プロトコール)を遵守して行い、得られたデータを適切かつ正確に症例報告書に記載することも求められています。こうした業務を補助するために、CRCが必要とされるようになったのです。


 一方、医療機関に治験を依頼する製薬メーカーにも、医療機関や責任医師が新GCPを遵守して治験を適正におこなっているかどうか継続的にモニタリング、監査することが義務づけられています。モニタリングや監査の際に生じる製薬メーカーからの問い合わせに対応するのもCRCの役割なのです。



 また、この20年ほどの間に、臨床試験における企業と医師との癒着にも、社会から厳しい目が注がれるようになりました。かつては、製薬会社の人たちが医師たちを銀座や北新地のクラブに接待して豪遊させることや、治験に参加する医師らに「指導料」という名目で大金を渡すことも実際にありました。


 しかし、そのようなことを野放しにしていたら、臨床試験の結果が企業に有利になるようデータが歪められたり、結果を企業に都合よく解釈されたりするようなことが起こります。今世紀に入って、医療界では世界的に企業との癒着(利益相反)が問題視されるようになり、日本でも製薬業界が接待費に上限を設けるなど自主規制するようになりました。今では、銀座や北新地で豪遊する医師はめっきり減っています。


巨額のカネが動いた「ディオバン事件」の教訓


 とはいえ、いまだに臨床試験において不正が発覚することがあるのは事実です。その典型が「ディオバン事件」でしょう。2007年から09年にかけて発表された高血圧薬(降圧薬)ディオバンの臨床試験に関する論文で、結果がディオバンに有利になるようデータがねつ造されていたことが発覚しました。このディオバンをめぐっては、臨床試験を実施した各大学の医局に、製薬会社からトータルで数千万から数億円という単位の寄附金が支払われていたことも問題となりました。


 また、現在でも様々な医学論文で、企業から研究者側に研究費や寄付金、コンサルタント料、講演料などが提供されているために、専門家から「臨床試験のデータが企業に有利な結論に捻じ曲げられているのではないか」と指摘されることがしばしばあります。企業に不利な結論が出ようが出まいが、臨床試験は疑義が出ないよう、中立公正に実施されなければなりません。そうでないと、ボランティア精神で臨床試験に参加してくれた人たちにも失礼です。


加藤綾子さんが不正を見抜く役回りだったらカッコよかったのに


 私はむしろ加藤綾子さん演じるCRCが、医師や企業の不正を見抜くような役回りだったら、カッコよかったのにと思います。現実のCRCの方々にも、そのような役割も期待されていることを自覚していただき、臨床試験のますますの適正化に寄与してほしいと願っています。


 一方、現実ではありえないような極端なキャラクター設定や場面設定をして、視聴者をドキドキワクワクさせることがドラマの醍醐味です。医療ドラマでも、「そんなことありえないよ!」とばかり言ってしまったら、ドラマ自体がつまらなくなるでしょう。ですから、多少現実離れしたオーバーな表現があったとしても、あまり目くじらを立てずに虚構を楽しめばいいと思います。


 ただ、視聴者の多くが患者として医療に関わります。多くの人に誤解を与えたり、医療現場の人たちの気持ちを萎えさせたりしてしまう表現は、やはりよくなかったかもしれません。せっかく医療監修が入っているのですから、メーンである手術のシーンばかりでなく、こうした専門職の仕事まで、細やかにチェックすることが必要ではなかったでしょうか。


 逆に、これを機会に臨床試験のことや、CRCの仕事について社会の理解が深まれば、これ幸いかもしれません。TBSのドラマスタッフが学会の見解書を無視せず、「ブラックペアン」をどう展開していくのか、楽しみに見守りたいと思います。



(鳥集 徹)

文春オンライン

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