「日本の子どもは孤立している」児童養護施設出身者の“クモの糸”を増やすには

5月28日(火)17時0分 文春オンライン

「苦しいのはわかるけど……」児童養護施設長刺殺が彼女たちに衝撃を与えた理由とは から続く


 今年の2月25日に、東京都渋谷区の児童養護施設「若草寮」施設長の大森信也さん(46)が同施設出身の男性(当時22)に刺殺される事件が起きた。事件を起こした際、男性は無職で、ネットカフェで寝泊まりしていた。男性は精神鑑定の結果などを踏まえ、今年の5月に不起訴処分となった。


 報道からは男性が経済的に困窮し、孤立していた状況が読み取れる。退所後の自立に困難を感じることは、児童養護施設出身者にとって決して珍しいことではない。


 前編では今回の事件を受け思うことについて施設出身者に話を聞いた。後編では、ここ数年で変化している退所後支援の現状や、今後のあり方についてNPO関係者、児童養護施設関係者に話を聞いた(前後編/前編も 公開中 )。


◆ ◆ ◆


 前編で山本さんが「(卒園した)当時はまだ進学を支援する制度があまりなかった」と話したのには理由がある。児童養護施設者の退所後支援は、ここ数年で変化しているのだ。


 2004年頃から退所後支援に関わってきた、 NPO法人ブリッジフォースマイル 代表の林恵子氏が語る。



NPO法人ブリッジフォースマイル代表・林恵子さん


3つの点で前進した退所後支援


「ここ数年で3つ大きく前進した点があります。


 まず、大学進学のための金銭的支援が増えてきたこと。公的、民間ともに、奨学金や貸付金が増えていたり、大学も学費減免制度を整えたりしています。以前は全国で25%前後だった高校卒業後の進学率が、昨年3割を超えました。


 2つ目は、退所後支援をNPOなど外部団体に委託できる予算がつくようになったこと。以前は、退所者の支援も施設に任されていて、施設職員は入所児童の面倒をみながら、退所者のケアはほとんど持ち出しでやらなければならなかった。日々の業務がある中で、さらに『退所者の相談に乗らないといけない』などとなると現場の負担が重かったわけですね。今は厚労省主導で、退所後支援を専門とする『自立支援事業所』を各都道府県、政令指定都市に1つずつ設置しましょうという流れになっています。


 3つ目は、施設内での退所後支援も手厚くなっていること。まだ東京都など一部の自治体のみですが、自立支援コーディネーターという役職の人を1施設につき1人配置できる予算がつきました。他にも、以前はほとんど下りなかった『措置延長』という、進学等で生活が不安定な人は20歳まで施設にいていいですよ、という許可が、かなり下りるようになってきました」



 こうした背景には、2004年の改正児童福祉法が施行されたことや、「引きこもり」の社会問題化で、若者の自立全般への関心が高まってきたことが関係しているという。以前に比べて前進してはいるのだが、それでも課題は残る。



「『相談できる場所が増えましたよ』って言っても、結局、人って関係性ができていない場所にはなかなか相談しにいかないんですよ。


 器用な子は、トラブルがあっても『あの人に連絡してみよう』『この人に聞いてみよう』と、頼る先がいっぱいある。『仲が良い職員さんは、この人だけ』というわけではなく、いろいろな人と飲みに行っていたりね。いわば、クモの糸を何本も持っているんです。



 一方で、人間関係につまずきがある子は、些細なことも周囲に相談できない。細い糸が1本しかない、という状態だと、それがダメだったらどん詰まりですよね」


 制度や人員配置といった“ハード面”を改善しても、退所者がいざというときに助けを求められるか否かには、人間関係などといった“ソフト面”が関わってくる。


「児童養護施設は、福祉施設でもあるけど、『子育て』の現場でもある。できるだけみんなが同じ支援を受けられるようにしなければとは思いますが、属人的でない子育てなんて、不可能なのではないでしょうか」


子どもたちの『糸』を増やす


 どうしても属人的になる児童養護施設の現場で、“ソフト面”を改善するにはどうすればいいのか。


「とても退所者支援に手が回らない、という施設もたくさんあるので、まずは現場に余裕が生まれなければと思うんです」


 そう林さんは前置きしつつも、「子どもたちの『糸』を増やすことはできる」と話す。


  ブリッジフォースマイル では、退所を控えた子どもたちにひとり暮らしに必要な知識やソーシャルスキルを教えるセミナーや、社会人ボランティアと継続的な交流を持つ機会などを設けている。また、横浜市の事業を受託し、施設出身者が気軽に立ち寄れる「よこはま Port For」などを運営している。


 特定の児童養護施設と密に連携し、子どもたちの「糸」を増やしている団体もある。1992年にNPO法人KIDS内のプロジェクトとして始動し、2004年に東京都北区の児童養護施設「星美ホーム」に関わっていた社会人ボランティアたちが独立して立ち上げた「 星の子キッズ・ボランティアグループ 」だ。



10年以上在籍する古株ボランティアが10人前後


「 星の子キッズ・ボランティアグループ 」では「星美ホーム」の子どもたちを対象に、社会人・学生ボランティアが月に1度、施設内外で子どもたちにプログラムを提供する「定期訪問」や、週3回の学習のサポートを行っている。登録しているボランティアは約60人で、「定期訪問」には毎回約20人のボランティアが参加する。そのうちの10人前後は、10年以上活動を継続している古株ボランティアだ。


 当初、そうした活動に対して懐疑的だったと「星美ホーム」の副施設長・立入聡さんは語る。



「月に1度、決まった時間だけ子どもたちと遊んで、自分たちは帰っていく。その後、子どもたちは元の日常に戻らないといけないわけじゃないですか。正直、『残された子どもたちはどうなるの?』という気持ちがありました。



 でも、ボランティアのみなさんが一生懸命取り組んでくれて、子どもたちとの関係性もできていった。私たち施設職員は親代わりなので『あるべき姿はこうだ』という感じで子どもたちと接するんですけれども、そうではない関わり方ができるボランティアさんたちの存在は、子どもたちにとってまた別のメリットがあることを意識するようになったんですね」


退所者とも自然と「持ちつ持たれつ」に


 19年前から「星の子キッズ」で活動してきたボランティアの杉本隆庸さんはこう話す。


「子どもたちにとっては、第三者的な、友だち的な立場の大人というイメージでしょうか。何かがうまくいっていないときほど親には言いづらいという気持ちが子どもにはあるみたいで、施設の先生に言えないことを相談されることもあります。



 今では退所した子たちがボランティアとして一緒に活動してくれたり、彼らの里帰りの場となっている地元の夏祭りに『人手が足りない』というと手伝ってくれたり、持ちつ持たれつですね。なにか意識していたわけではなくて、自然とそういう関係になっていったというか」


長く関わっていると、子どもたちの「その後」が気になってくる


「退所者支援のほうも手伝ってもらっているんですよ」と立入さんが言うと、11年前からボランティアとして活動している山北千束さんは「勝手に名乗っているようなものですけれども」と謙遜しながら、こう話してくれた。


「子どもたちを、小学生や中学生の頃から見ていると、自然とその先が気になってくるものなんです。退所した後も元気にしてるかな、仕事うまくいってるかなって。



 古株のボランティアそれぞれが退所者の子たちと個人的につながって、一緒にご飯に行ったりしていたんですが、2、3年前にそうしたことをしている4、5人に改めて『星の子キッズ++(たすたす)』と名前をつけて、グループにしました。退所者の子から相談があれば、皆で一緒に悩んだり、場合によっては施設の職員さんにアドバイスを頂いたりしています」


 杉本さんや山北さんといった古株ボランティアに直接連絡が来なくても、退所者の同期が「あの子が困っている」と知らせてくれることも多いという。施設職員以外の大人と、児童養護施設出身者の関わり方として理想的に思えるが、他の施設でもこうした関わり方は可能かと聞くと、杉本さんはしばらく悩んでからこう答えた。



「時間軸としては、ずっと縦につながっているからこそできるんだと思うんですよね。長く関係性を持っているからこそ、だからではないでしょうか」



日本の子どもたちが孤立していっている


 取材をしていく中で、ふっと「自分が子どもの頃、頼れる大人って何人いたかな」と考えた。大人に可愛がられるタイプの子どもではなかったし、両親以外に誰も思い浮かばなかった。そのことを前出の林さんに告げると、「まさにそうなんですよ」と答えた。


「そもそも子どもが孤立しているのが、今の日本の大きな問題ですよね。 頼りになる大人というと親と学校の先生の二本柱で、特に親に頼れなかったときに子どもが被るデメリットが大きすぎる。これまでだったらおじいちゃんやおばあちゃん、親戚、地域の人と、頼れるつながりがもっとあったはず。そうしたものが細くなってきているから、児童養護の子どもたちだけでなく、日本の子どもたちのリスクは上がっていると思います。



 見方を変えると、同じことは大人たちにも言えますよね。密室で子育てしているような人が増えている。


 一部の自治体が、地域の人に子どもを預かってもらうのを仲介する『ファミリーサポート』という制度を実施しています。『仕事のときのみ利用可』など利用に色々と条件があるのですが、こうした制度をもっと気軽に利用できれば、子育てで息が詰まってしまった親が、うまく子どもと距離を取れるかもしれない。『ここに頼れる場所がある』と感じられれば、その親にとっての『クモの糸』が増えて、子どもも救われるかもしれない。


 もっと地域で子どもを育てるという感覚を社会全体で共有することが、めぐりめぐって児童養護の子どもたちのためにも、そうでない子どもたちのためにもなるんじゃないかと思います」



写真=深野未季/文藝春秋



(「文春オンライン」編集部)

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