「天安門30周年」直前にツイッターが凍結された中国ライターの顛末

6月10日(月)11時0分 文春オンライン

 今年6月1日の朝のことである。出張先のホテルで目を覚ました私は身支度を済ませてから、ツイッターに告知文を投稿するためにスマホのアプリを立ち上げた。2日前に収録があった朝日放送の『正義のミカタ』の天安門事件30周年特集が、この日の朝9時30分から放送されるのだ。


 ところが、立ち上げたアプリはタイムラインが数時間以上前からまったく更新されない状態になっていた。不思議に思ってすこし操作すると、アカウントの凍結を伝えるプッシュ通知が画面上に現れた。トップ画面を見ると、それぞれ888人いたフォロー数、1.8万人ぐらいいたフォロワー数がともにゼロになっている。


——ちくしょう。ついに俺もやられたか。


 この時点ではそんな感想だったかと思う。日本では多くの人が使っている情報ツールであるツイッターだが、アカウントの凍結基準が「ザル」であると多くの人から指摘されているからだ。



©iStock.com


 例えば「台所にゴキブリが出た、マジでぶっ殺す!」などとツイートしたとする。すこし前までは、悪意のある第三者が複数人でこの手の投稿を「脅迫行為」として通報した場合、自分のアカウントが凍結されてしまう可能性すらあり得たのである(最近はもうすこし賢くなったようだが)。


 事実、アンチ(反対者)を多く抱えているクリエイターや評論家などが、これに近い手法によってアカウントを潰される例もあるらしい。やれやれ、ルサンチマンにまみれたアホなヒマ人どもの悪意の矛先は、なんと私ごときにまで向くようになったのか。


中国反体制系アカウントが1000人規模で凍結?


 だが、しばらくすると、どうやら様子が違うらしいことがわかってきた。アメリカなど海外に在住する反中国共産党的なアカウントが、ごっそりと凍結されたことが明らかになったのである。


 今年の6月4日は、1989年に人民解放軍が北京市内で学生デモを武力鎮圧した天安門事件(六四天安門事件)から30周年にあたる。この手の問題にセンシティヴな習近平政権は、過去にないほど大規模な厳戒態勢を敷いている。今回の大量凍結もこの問題のせいではないかというのだ。


 アメリカ国家安全保障会議元シニアディレクターのロバート・スポルディングのツイート(日本時間6月1日8:20)によれば、今回凍結された中国反体制系アカウントの数は1000人規模にのぼるという。共和党保守派の有力な上院議員、マルコ・ルビオも、公式アカウント上でこの現象を紹介し「ツイッター社は中国政府の検閲者になってしまった」と激しく批判した。




「八九六四」をアカウント名に入れていた


 事実、反体制派の亡命中国人経済学者で28.5万人のフォロワーがいる夏業良、評論家でフォロワー数10万人以上の郭宝勝、在米中国人ジャーナリストでフォロワー数が約3万人の西諾など、中国政府にとって都合が悪そうな人たちのアカウントはいずれも凍結されている(アメリカの中国人権問題ウォッチサイト『CHINA CHANGE』の設立者Yaxue Caoのツイート報告による。現在はいずれも凍結解除)。


 また、個人的に身近なところでは、亡命民主活動家の顔伯鈞(@Yanbojun)のアカウントも凍結されていた。過去、私は彼の逃亡記 『「暗黒・中国」からの脱出』 (文春新書)を訳したことがあるほか、『文春オンライン』上でも彼の タイ や 台湾 での亡命生活をレポートしてきた。


 私自身、天安門事件をテーマにした 『八九六四』 という著書が大宅賞と城山賞を受賞したことで、アカウント名にも書名を入れていた。事件発生の日付である八九六四(1989年6月4日)は、中国国内では政治的に非常に重大なタブーとしてみなされる数字だ。



天安門事件リーダーは凍結されていないナゾ


 もっとも、首をかしげることもあった。今回の騒動で、日本では私だけではなく中国に詳しい複数のアカウントが一時凍結されていたが、たとえ私と相互フォローの関係にあっても、凍結対象になったのはオタク系の人や普通の主婦など、政治的にあまり過激ではないアカウントが多かったのである。


 加えて、ブロックチェーン専門家の楠正憲氏のように、私と一切接点がなく本人も中国と無関係と思われる人のアカウントも凍結されている。逆に石平氏や福島香織氏のような、私よりもずっと中国に強硬な識者たちのアカウントは無事であった。


 また、中国当局にとって都合が悪い在外中国人でも、往年の天安門リーダーの筆頭格である王丹や、香港の雨傘革命のリーダーの一人だった周庭といった有名どころのアカウントは、なぜか凍結されていなかった。



「中国当局からの大量の通報はなかった」


 やがて日本時間の6月1日23時過ぎ、ツイッター社は公式ツイートで謝罪声明を発表した。こちらによれば、スパムを潰す日常的な措置のなかで、規約に違反しているアカウントを多数凍結したところ、対象外であるアカウントも誤って凍結したとの説明だ。「(特定アカウントの凍結を要求する)中国当局からの大量の通報はなかった」ともいう。


 事実、私や他の日本国内の大部分のアカウントについても、同日夜の19時30分ごろまでに凍結が解除された。ツイッター社からは翌日午前3時過ぎに、彼らのシステム上のミスで誤ってスパムアカウントとして報告されたこと、凍結は他のユーザーからの通報が理由ではないことなどを示す謝罪メールも届いた。



 ただ、公式アナウンスを信じられるかは微妙なところだ。米中関係が緊張するなかでの天安門記念日を前に、中国政府や親中国政府系の民間ハッカーがなんらかの攻撃をおこなった可能性は低くない。「サクラ」のようなアカウントを数千個以上準備して、特定のターゲットに向けて通報を連発するような手法ぐらいは、容易に想像が付く。


 政治的な事情を考慮すれば、少なくとも在外中国人アカウントが集中的に凍結された件についてなら、サイバー攻撃の線は十分にあり得る。王丹や周庭が無事だったのは、国際的に知名度が高い人間があえてターゲットから外されたのかもしれない(ちなみにマイナー活動家である顔伯鈞のアカウントは6月9日正午現在になってもいまだに凍結中だ)。


 中国の政治と無関係な日本人のアカウントが凍結された事情は不明だが、サイバー攻撃とツイッター社のアルゴリズム上のエラーが同時に発生した可能性だってある。なんらかの「巻き込まれ事故」が起きたのだろうか。



クレジットカードや携帯電話がストップされるレベルの打撃


 もちろん、凍結騒動の真相はあくまでも不明である。そもそも私はIT技術の知識があまりないので、不確かなことを言って陰謀論の流布に加担するようなマネは厳に慎むべきでもある。


 ただ、中国について政治的にそこそこ敏感な情報を発信している、凍結被害の当事者だからこそ指摘したいこともある。


 それはSNSの凍結という「攻撃」が、想像以上に強力な破壊力を持つと知ったことだ。加えて、この「攻撃」が、たとえ凍結が解除されたとしてもターゲットのその後の言動にかなり大きな枷(かせ)をはめられることもわかった。


 例えば私は個人事業者であり、ツイッターを告知・宣伝ツールとしても使っている。特に現在は1ヶ月半以内に著書が3冊出ており、また『八九六四』がらみでTV・ラジオ番組や新聞での露出も増えている。また、ライターは人脈が多くてナンボの商売だが、従来ツイッターのダイレクトメッセージだけで連絡を取ってきたような人も意外と多くいる。


 なので、自分にとってツイッターの凍結は、メインのクレジットカードや携帯電話をストップされるのに近いレベルの打撃を受けるのだ。これは、ある程度効果的にツイッターを使って、自分の名前で商売をしている人ならば、等しく負っているリスクでもある。



SNSを人質に取れば、相当な言論の統制が可能


 凍結の打撃が大きい以上、いちど体験するとこれを忌避したくなる。


 例えば、今回の件の黒幕が本当に中国当局だったのかはさておき、その可能性が一定程度まで存在する以上は、中国に対して不都合な言動は今後可能な限り控えよう——などという心理だって生まれなくもない。ジャーナリズムの矜持は大事かもしれないが、それ以前にメシが食えなくてはどうしようもないからだ。


 これは中国を批判する言動だけに限らない。悪意のある人間が何人か集まったり、特定の技術を持っていたりすれば、SNSの凍結は簡単にできてしまう。それならば、「めんどくさそう」に見える人たちを怒らせるようなことは言わぬが花とはならないか。


 中国についてはもちろん、自国の安倍政権の批判も、逆に反政権デモをおこなうような人たちの批判もやめておいたほうが安全だ。待機児童問題や年金問題のような社会矛盾に文句を言う行為だって、誰の悪意のスイッチを押すことになるかわからない。歴史修正主義的なトンデモ本を論評するのも、凄惨な事件が発生したときに世論の怒りの方向と逆のこと(犯人の背景を思いやるなど)を言うのも自粛しよう——。


 これは極端な話だが、誰かの気分を害するかもしれない刺激的な意見を、なんとなく言いにくいと思えるようになることは事実である。


 昨今の日本で、ツイッターはすでに社会インフラになっており、言論のプラットフォームでもある。だが、実はそのシステムはおそろしく脆弱だ。SNSを人質に取れば、相当な部分で言論の統制が可能になる。今回の大量凍結事件に中国が関与した証拠はないとはいえ、事実として中国は、彼らの国内においてこの手法で言論統制に成功している。


 今回の一件からは、単なる初夏の椿事として片付けられない不気味な予感も覚えてしまうのだ。




(安田 峰俊)

文春オンライン

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