“狡猾で獰猛な肉食獣”ルノー会長スナール氏が日産を揺さぶる本当の理由

6月14日(金)6時0分 文春オンライン

 6月25日に開催される日産自動車の株主総会で提案される、同社の指名委員会等設置会社への移行案について、筆頭株主のルノーが議案への投票を棄権する意向を日産に伝えた。この指名委員会等設置会社への移行のためには、定款変更が必要であり、その定款を変えるためには特別決議(過半数の株主が出席し、かつ3分の2以上の賛成)をしなければならない。ルノーが棄権すれば、指名委員会等設置会社移行はできなくなるというわけだ。


ルノーの「揺さぶり攻撃」は筋が通らない


 ルノーが求める経営統合に応じない日産に対し、ルノーが揺さぶり攻撃をかけてきているわけだが、それにしても解せないのは、この指名委員会等設置会社への移行は、5月14、15両日に開催された日産取締役会において全会一致で決議しており、その取締役会にはルノー会長のジャンドミニク・スナール氏も参加しているのだ。



 指名委員会等設置会社への移行により、取締役会は社外取締役が過半数を占めるようになり、経営トップの人事を決める指名、報酬、監査の3委員会が設置されることになる。カルロス・ゴーン前会長に権力が一極集中したことで、特別背任事件や会社の私物化問題が起こったと考えた日産は、コーポレートガバナンス改革の目玉として指名委員会等設置会社への移行を決めたのである。


 今になってルノーが棄権する意向を示したのは、各委員会のメンバー構成についてルノーに説明がないことが原因とされる。しかし、これも解せない。5月17日の取締役会で新しい取締役候補は社外も含めて決まっており、その中から各委員会のメンバーが選ばれる。日産取締役会にスナール氏も、ルノーCEOのティエリー・ボロレ氏も入っているのだから、そこでメンバーの人選について意見を言えばよかっただけの話だ。いまさら「各委員会メンバーの人選について説明がないので株主総会での決議を棄権する」では筋が通らないのではないか。


背景にあるスナール会長の焦り


 はっきり言うが、今回の「ゆさぶり攻撃」には、ルノー側の焦り、特にスナール会長の焦りが感じられる。5月27日にフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)がルノーに対して提案した経営統合について、スナール氏はそれを受ける方向でいた。だがルノーの筆頭株主であるフランス政府の反対にあい、計画がいったん暗礁に乗り上げたことで、スナール氏の「策略」に狂いが生じ、焦りを感じるようになったのではないか。ルノーが日産に対して棄権の意向を伝えたのは、FCAとルノーの経営統合交渉が白紙に戻った6月6日の直後だ。



西川社長はルノーとの提携解消も匂わせた


 経営統合交渉の失敗は、スナール氏に大きな判断ミスがあったと見られる。それは、スナール氏はFCAとルノーが経営統合すれば、日産もその枠組みに入らざるを得ないと考えていたが、日産があっさり拒否したことである。日産の西川廣人社長は6月3日、「ルノーとFCAの経営統合が実現した場合、ルノーの会社形態が大きく変わることになるため、これまでの日産とルノー両社における関係の在り方を基本的に見直していく必要があります」などとするコメントを発表。拒否しただけではなく、経営統合の内容やそれがもたらす日産への影響次第ではルノーとの提携関係を解消する可能性があることも匂わせた。


 ルノーと日産は開発や生産で協業が進んでおり、いま「離婚」するとゼロベースから戦略を構築しなければならず、時間の大きなロスとなり、変化の速い自動車業界で劣後する可能性が高まる。こうした認識をルノーと日産の両経営陣が持っている以上、日産も経営統合に加わらざるを得ないとスナール氏は踏んでいたが、その目論見は打ち砕かれたわけだ。



日産・西川社長 ©getty


FCAが日産との経営統合を望んだ事情


 FCAも最終的には日産が統合に加わることが前提の提案だったと見られる。日産はEVや自動運転の面では実用化で先駆け、「インテリジェントモビリティー」を前面に打ち出している。独自のハイブリッド技術「e−POWER」を持ち、今後、グローバル展開していく。だがFCA側には、こうした次世代技術で見るべきものがない。そこでルノーを介して日産の技術を取り込みたかったため、日産が加わらない経営統合はFCAにとって意味がなかった。


 さらに、フランス政府は、ルノーとFCAの経営統合は、ルノーと日産の提携が続くことが大前提と考えていた。ルノーとFCAの統合では、規模だけはでかくなっても、技術面では「究極の弱者連合になる」(アナリスト)と考えるのが普通だ。しかし、日産が提携解消を匂わしたことも影響してフランス政府は経営統合に腰が引け始めた。


 ルノーが日産株主総会での決議で棄権するかもしれないことが明らかになった直後の6月10日、来日中のフランスのブリュノ・ル・メール経済・財務相と世耕弘成経済産業相が会談し、ルノーと日産の提携強化に向けて日仏両国政府が協力し合うことを確認した。これでスナール氏がかけてきた「揺さぶり攻撃」も、25日の総会までには引っ込めざるを得なくなるだろう。



 おそらくスナール氏は今頃、「首筋」が寒くなっているに違いない。ルノーの経営トップの人事権は事実上、フランス政府が握っている。FCAとの経営統合交渉に先走り、日産との関係を危うくしたスナール氏の経営手法に対して、フランス政府が疑問符を付けたことは間違いないだろう。加えて、FCAとの統合計画が暗礁に乗り上げ、日産との信頼関係がさらに悪くなったことで、関係者によると、スナール氏とボロレCEOの間にすきま風が吹き始め、ルノー社内も一枚岩ではなくなりつつあるという。


西川氏は肉食獣のようなスナール氏に揺さぶられ続けている


 では、西川氏の戦略が、スナール氏の一枚上手を行っているのかと言えば、そうではない。ルノーのFCAとの統合計画は、西川氏にとって寝耳に水の「奇襲攻撃」だったが、スナール氏の判断ミスで、頓挫した。「敵失」に救われた格好だ。今回の株主総会での棄権宣告を見ても、表面的には柔和で紳士的だが、内面は狡猾で獰猛な肉食獣のようなスナール氏に揺さぶられ続けている。



©共同通信社


西川氏にガバナンス問題を問う資格があるのか


 さらに、今回の日産のガバナンス改革では会長職を廃止し、取締役会議長を置く予定で、当初は前経団連会長の榊原定征氏が就くと見られていた。本人もその気だったらしいが、急遽、その人事が白紙に戻り、議長職に誰が就くかも決まっていない。社長兼CEOは西川氏の続投で決まっているが、これについても社内外から疑問視する声も出ている。ゴーン氏を支えてきた西川氏自身にガバナンス問題を問う資格があるのかということだ。


 今後、25日の総会までは日産とルノーに関して、新たな動きが出てくるだろう。肝心なのは、その先の展望だ。前述した通り、日仏両国政府は、日産とルノーの提携を強化することで確認し合った。日産とルノーは経営統合に向かっていく可能性が高まる。


 その際にどのようなことが予想されるのか。現在、ルノーは日産の株式43%を、日産はルノーの株式15%をそれぞれ持ち合っている。フランスの法律で株式の保有率が40%を超えれば、日産が持つ15%の議決権は消滅する。一方、日本の会社法では日産の持ち分が25%を超えれば、ルノーの日産に対する議決権が消えてしまう。



日産がルノーに要求する2つの条件


 日産の要求は、「目に見える形での対等とフランス政府のルノーへの経営干渉の排除」だ。目に見える形での対等とは、規模や技術力では日産が優位になっており、それに見合う形の資本構成にするという意味だ。日産はまず、ルノーの出資比率が40%を切るようにして、日産の議決権復活を求めるだろう。



 次に「フランス政府をルノーの経営に関与できないようにすること」だろう。政府は経済合理性よりもポピュリズムに走るきらいがあることを日産は嫌っている。企業の利益よりも、国家の雇用情勢にこだわる姿勢などがそうだ。一般的に企業は、国の雇用を守るために存続しているのではなく、収益を上げることを第一の使命としており、収益を出すことが雇用につながると考える。特にフランスは社会主義的な考え方が根強く、企業の利益よりも雇用を大事にする傾向がある。


「対等な関係」は絶対に譲れない


 フランス政府に関与度を下げさせるということは、政府がルノーへの出資比率を引き下げ、筆頭株主から降りること。日産の思惑としては、フランス政府が持つ15%のルノー株を日産側で引き取りたいということであろう。ただ、15%すべてを引き取ると、日産のルノーへの出資比率が30%になって25%を超えるので、ルノーの日産に対する議決権が消えてしまうために、さすがにそれはルノーが許さないだろう。25%を超えないようにフランス政府からルノー株を日産が買い取り、残りは三菱自動車など三菱グループに引き取ってもらう手もある。


 フランス政府がルノー株15%すべてをすぐに手放すとは限らない。そこが日仏両政府も交えた交渉になるだろう。いずれにせよ、資本構成を目に見える形で対等に近い形にして、経営統合しなければ、統合会社でもルノー優位になってしまう。日本政府も日産もその辺は絶対に譲れない点だ。今後、両国政府、日産、ルノーがお互いにせめぎ合いながらの展開が続くのではないだろうか。



「文藝春秋」2019年7月号


 月刊 「文藝春秋」7月号 掲載の「日産は再び欧州の餌食になるか」では、日産が大幅な減収減益に苦しむことになった社内の事情、「ゴーン式経営」を否定しようと改革を続ける西川氏の責任についても書いているので、ぜひそちらも併せてお読みいただきたい。



(井上 久男/文藝春秋 2019年7月号)

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