おっさんは差別されてもいいのか

7月5日(木)7時0分 文春オンライン

 セクハラやパワハラ、アカハラなどのハラスメントの問題で言えば、大概は組織の中で人事決定権のある上長が立場の弱い女性に対して横暴な態度をとることが問題視される一方、中年男性限定で言えば常に迫害される立場にあるわけですよ。まあ、私もおっさんですが。この若者でもない、ジジイでもない、微妙な年代のおっさんって、社会的な問題のすべてを押し付けられている気がするんすよね。ムカつく。


社会的な問題のすべてを押し付けられている「おっさん」


 おっさんが上手くいかないと「能力がないからだ」と蔑まれ、苦しい立場にいてもなかなか同情をひくこともない。一柳良悟さんが「キモくて金のないおっさん」という新たな被差別階級を発明して以降、おっさんであることがすでに罪であるかのような空気感が充満しているように思うのです。「とりあえずおっさんが悪い」的な。



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 極めつけは、先日の会員制ニュースサイト『NewsPicks』が大々的に「さよなら、おっさん。」という中年男性階層差別丸出しの感じで名指しで広告を打つという暴挙に出ていて話題になりました。もちろん、NewsPicks編集部も、運営するユーザベースも、特段この広告でおっさん批判や差別をしようと思っていたはずもなく、単純に広告のコピーとして出したんだろうという風には思います。


「さよなら、おっさん。」という煽りについて


 そこへもってきて「さよなら、おっさん。」というコピーを出していたので、これはおっさんがそれなりの割合を占めるNewsPicksの利用者に対するマナーキャンペーンの一環なのかとすら思います。この場合はどう考えてもNewsPicksの利用者のほうが、さよならと言われているおっさんであることは間違いありません。もちろん私もおっさんではあるのですが、ここで広告に「さよなら、おっさん。」と煽られても、クラスで好きでもない女子に「あんたなんか別に好きじゃないんだからね」といきなり声を掛けられて「???」となる中学生時代を思い浮かべます。こっちだって別にお前のことなんか好きじゃねえよ。



「女性社員の側が、セクハラと感じたらそれはセクハラなのです」


 このように、働く男性の働く男性による、いわゆる「男性社会が培ってきた文化」は現代社会において批判や嘲笑の対象となり、隙あらば #MeToo となり、うっかり女性社員に声をかけるとセクハラ扱いとなる世知辛い世の中になりました。いろいろ辛い。先日、かねてから仕事でご一緒していた外資系企業の研修にお邪魔した際、聞いておりますとおっさん社員数百人に向かって講師が「あなたたちおっさん側にセクハラの意図があったかどうかは関係ありません。あなたたちからのコミュニケーションを受け取った女性社員の側が、セクハラと感じたらそれはセクハラなのです」という実に不合理で非対称的な内容を聞いてしまいショックを受けるわけであります。もちろん、法的にも組織防衛的にもそれが正しいのは分かります。でも、理不尽だよなあとも思います。男だって、上司部下の関係や取引先から腹立たしい物言いされたり、侮辱を受けることだってあるわけですからね。



 しかし、実際に海外で事業をしていると、こちらがそれなりの金持ちであることを知るや、途端に食事に誘ってくる女性マネージャーもまた多いことを知ることになります。すべてがすべて変な話に発展するものだとは思わないけど、大事な取引先との会食を1対1でやったときの不測の事態は避け得ようがないので、必ずもう一人二人連れて行ってリスクヘッジをするしかなくなってしまいます。


戦々恐々としながら社会生活を送らなければならないという実情


 先日も、山口敬之さんのレイプ騒ぎでBBCの番組に登場した伊藤詩織さんの問題が話題になっていましたが、これはこれで問題として受け止めつつ、どんな教訓を私たちが受け取るべきなのか悩んでしまう部分があります。両方の言い分を聞いても、どっちが正しいんだか第三者には良く分からんのが実情ですからね。むしろ、横から出てきた杉田水脈さんが壮大な自爆芸を見せていて、ああこの人は心の底からエンターテイナーなんだなと感じます。


 また、財務省次官だった福田淳一さんをセクハラで告発したテレビ朝日女性記者の問題では、その女性からのセクハラ告発を受け取って問題を組織で共有しなかったという女性上司は処分なしという報道がありました。もちろんテレビ朝日内でいろんな事情や話し合いはあったのだろうとは思いますが、財務省では当事者の次官のクビが飛び、財務大臣である麻生太郎ちゃんの責任を問うマスコミ報道が相次ぐのに、問題が共有されなかったことは処分見送りというのはダブルスタンダードのようにも外からは見えます。お前ら本当にそれでいいんでしょうか。



 そして、大多数のおっさんは特に問題を起こさず、日々を我慢して生きています。特に女性に変な声をかけるつもりもないおっさんも、女性側がどう感じるのか戦々恐々としながら社会生活を送らなければならないという実情があるならば、それはそれで問題かもしれません。もちろん、一定数のどうしようもない男性がいるのは誰もが知っています。学識も実績もあるはずのサイバーセキュリティ専門家が、誰かれ構わず女性を追いかけ回すセクハラ常習犯であることはみんな知っていて、事情を知っている男性の側が「彼はそういう人だから気をつけて」と女性に声をかけて回らなければならないこともあります。おっさんにはおっさんなりの問題解決システムが存在するのです。


 むしろ、そういう性癖や、望まないプライベートへの立ち入りなどを繰り返す男性についての苦情を女性が気軽に相談できる環境があるのが、本来は望ましいのでしょう。慎みある家庭人である私の元にも、あの人はヤバイという情報がたくさん寄せられるのを見ると、大人の男女とはいえひとつ屋根の下で仕事をしていることの緊張感は本来は感じていかなければならないと思うのです。



駄目だしチケットのようなソリューションはないものなのでしょうか


 一方で、キモいおっさんは救いがないのも事実です。それは多少若くても、コミュ障で清潔感ゼロの怪男子が蛇蝎のごとく女性陣から嫌われ、同僚女性に交際を申し込んで玉砕を繰り返しているさまを見ると「まず二日に一度でいいから風呂に入って爪を切って歯を磨いてひげを剃れ」と言いたくなります。でも、そういう身だしなみに気をつけないと周囲に不快感を与えるよ、というのは男性ばかりではありません。電車の中で化粧をする馬鹿女も立場の弱い取引先社員に無理矢理合コンセットさせるクズ管理職女も、根っこの部分では駄目な人であることに変わりはないはずです。



 そういう馬鹿の男性と恐らく同数いるはずの馬鹿な女性に対して「セクハラだ!!!」と逆ギレされないように「すいませんが、それってパワハラなんでやめてもらえませんか」と伝えられる駄目だしチケットのようなソリューションはないものなのでしょうか。某先進的なICT企業に打ち合わせにいったら部外者である私がいる目の前でその部下にブチ切れてる女性管理職がいて、それもコテコテの精神論で「残業してでも企画書仕上げるのがお前の仕事だろーが!!」と金切り声を上げているのを見ると、男性も女性もおそらくは同じ問題を起こしているのです。ありゃ駄目だろ。


 女性だから立場が弱い、男性らしく女性らしくは問題だ、という人が少なくないのも、まあ構わないのです。言いたいことは分からなくはないし、表現の自由はありますからね。ただ、先日テレビでも取り上げられた「日傘男子」のトレンドで、類推される検索キーワードが「キモい」とか「気持ち悪い」っていう文字列であることを見て、性差の埋めがたい壁というものは間違いなくあると感じます。


「だからおっさんは駄目なのだ」というのは差別的じゃないか


 つまりは、世の中にはそう多くない一定数の「アカン奴」とか「ヤバい奴」というのがおります。それは男性でも女性でもそれなりの割合がおり、これらは「おっさんだからアカン」とか「低学歴だからヤバイ」というようなレッテルを貼らずに差別にしないようにできないだろうか、と思うのです。少数のアカン奴がおっさんにおるからといって「だからおっさんは駄目なのだ」というのは差別的じゃないかと思いますし、ヤバい女性に対して女性だからといって「お前、それヤバいだろ」と言いづらい社会ってのは息苦しい別の問題を引き起こすだけなんじゃないかと思うわけですね。



 もちろん、掛け声として「女性が社会に出やすく」という理想があるのは分かります。でも、そもそも夜でも女性が一人で出歩ける安全な社会には一応はなっていて、諸外国と比べても性犯罪は少なく、すでに充分問題は解決されているようにも思います。そのうえでなお、おっさんなんだから我慢しろ、おっさんには同情しないという風潮が続く限り、いつまでもおっさんは「さよなら」と言われ続けることでしょう。それを言ってる連中にはまったく興味がないのだとしても。



(山本 一郎)

文春オンライン

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