香港大規模デモで「後追い自殺が続発」という後味の悪い話

7月9日(火)6時0分 文春オンライン

俺の香港を守れ! 元エリート官僚とノンポリおじさんが「共に戦う理由」 から続く


 香港の情勢は多少は沈静化したが、なおも動き続けている。香港返還記念日の7月1日に毎年恒例でおこなわれる平和的な民主化アピール「七一大遊行」に55万人(主催者発表、以下同じ)が参加して秩序だったデモをおこなういっぽう、別働隊の若者らが立法会(国会議事堂に相当)に突入。香港特別行政区の標章や歴代行政長官の肖像画などをスプレーで塗りつぶすなど、荒々しい抗議運動をおこなった。


 平和的なデモによって意見を示すことが通例とされている香港で、一定程度の破壊行為をともなう過激な抗議活動がおこなわれたことには賛否両論がある。また、当初は逃亡犯条例改正案への反対という香港内の政治問題への異議申し立てとしておこなわれた運動の矛先が、徐々に北京の中央政府に向きつつあることも気がかりだ(もっとも、7日には九龍地区の繁華街で中国へのアピールを主眼にした大規模なデモが起きたが、平和的に実施された)。



2019年6月16日、香港島の主要道路を埋め尽くした平和的なデモ隊。湾仔付近で ©安田峰俊


「+1人」とは誰か


 私は6月15日から18日まで香港を取材し、香港史上最大の200万人近い参加者を集めたデモ(200万人+1人デモ)をこの目で見た。膨大な数の市民が香港島の街路を何本も埋め尽くし、最後まで平和的に意見主張をおこなって解散する様子は感動的だったのだが、実はこのときからかすかに感じていた違和感がひとつだけあった。


 そしてこの違和感は、時間がくだるごとに私のなかで大きくなってきている。


 それは「200万人+1人デモ」という名称の理由と、これに対する少なからぬ香港人や香港長期在住者(日本人を含む)の受け止めかただ。この「+1人」が何者かというと、デモ前日である6月15日の夜、金鐘地域のビルから落下して死亡(事実上は自殺)した、35歳の抗議者のLという男性のことなのである。


※本記事は自殺に関連した記述があります。

◎SNS相談リンク(厚生労働省提供)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000199724.html


◎国際ビフレンダーズ東京自殺防止センター 

https://www.befrienders-jpn.org/  

相談電話番号:03-5286-9090



「愛港烈士」の死によって盛り上がったデモ


 この男性Lは6月15日午後4時半ごろ、ビルの上から逃亡犯条例改正案を批判する文言の垂れ幕をかけ、背中にデモのメッセージを書きつけた黄色いレインコートを着たまま屋上に立ち続けていた。危険な状況を見て取った議員や警官が説得を試みたが、Lはそれに耳を貸さなかった。やがて同日9時ごろ、屋上で彼を制止しようとした消防士たちを振り切るような形で、Lはビルから落下して死亡したのである。


 この衝撃的な事件ゆえに、翌日のデモ現場ではボランティアが追悼の意味を持つ白い花を配り続け、多くのデモ参加者がこの花を手に行進した。デモの終着地点近くはちょうど事件が発生したビルであり、参加者たちが即席で作られた祭壇に大量に花をたむけたため、路傍が数十メートルにわたって白い花で埋め尽くされることになった。



 熱心なデモ参加者のなかには、Lを「愛港烈士(香港を愛して犠牲となった義士)」といった呼称で呼ぶ人も少なからずいた。香港のデモでは特に6月16日以降、行政長官の林鄭月娥を「人殺し」と非難するようなプラカードやビラが大量に出現したが、これもLの死を受けてのことだった。


「逃亡犯条例改正問題は香港にとって確かに大変な問題だが、生命を投げ出すような問題じゃない。彼の死を持ち上げるような動きには違和感がある」


 デモに参加した香港政府の元官僚のSさん( 前回記事 に登場)は、後日の取材時にそう話していた。私自身を含め、Lの行動に「いくらなんでもやりすぎでは?」とひそかに感じていた人も少なくない。そもそも、大規模なデモが予定されていた前夜に、運動に参加することなく死を選んだ行為は、大衆運動の熱狂から離れた客観的な目で見れば不合理な行動だったようにも思える。



抗議の自殺は「意味のある」死だったか


 言論でもデモでもレジスタンス蜂起でも絶対に状況を覆せないほどの絶望的な強権政治に対して、おのれの生命を投げ出して抗議の意を示すという手段は、テロと並ぶ究極の抗議行動として(その賛否はさておき)確かに存在する。


 たとえばチベットでは、2008年3月の大規模な騒乱が鎮圧された数年後から僧侶などの焼身自殺が相次ぎ、犠牲者数は150人を超えている。だが、これは自分たちの故郷が中国の公安と人民解放軍の直接支配下に置かれ、強力な同化政策のもとで固有の文化を完全に抹殺されかねないほど追い詰められた人たちが取っている行動だ。


 もちろん昨今の香港の状況も厳しいものがある。だが、香港人は一国二制度のもとで西側先進国水準の基本的人権が保障されており、移動の自由も集会・結社や言論の自由も認められている。市民が数十万〜200万人規模のデモを何度も組織できている点からも明らかなように、現時点の香港に許された自由や自主性の余地は、チベットとは比較にならないほど大きい。


 だが、そうした違いがあるにもかかわらず、熱心なデモ参加者たちのあいだでは、Lの死は事実上、運動のアイコンにされてしまった(すくなくとも現地を見た私はそう感じた)。「200万人+1人デモ」という一部での呼称も含めて、彼の死は感動的なストーリーに回収され、知人を含めた複数の香港人や香港在住者にも、素直に心を打たれて敬意を示す人がいた。



 おそらく亡くなったL本人にとって、この扱いは本望だったことだろう。6月16日のデモに向かった200万人近くの市民には、ネットなどで前日に大きく広まったLの抗議死が参加の動機になった人も大勢いたはずだ。香港の歴史上で最大規模の抗議運動のキーマンの一人になった点で、Lが生命を投げ出した行動には「意味」が付与されてしまった。



続発する後追い行動


 だが、Lの死から7月上旬にいたるまでの香港では、新たな問題が生じてしまっている。彼の後を追うような「以死明志(死をもって志を明らかにする)」行動を取る若者が続々と出て、いまや複数の自殺者や自殺未遂者が出る事態となっているのである。



 たとえば、もともと恋人と別れるなどして精神的に不安定だったとされる21歳の女子大生は、6月29日に郊外のビルから飛び降りて死亡。逃亡犯条例改正案を批判する語句を含んだ遺言が壁に書かれているのが見つかった。翌日にも29歳の女性が、フェイスブック上に「7月1日のデモ(七一大遊行)には行けない」「完全に絶望している」と書き残して、市内中心部で飛び降り自殺を遂げた。


 また、7月3日の現地報道によればある男性がフェイスブック上に政府を批判する言説を書き込み、1人目の死亡者(=L)と同じビルから飛び降りて死ぬと投稿。彼の死を止めるために複数のネットユーザーと警察・消防が現場に向かったところ、該当するような人物はおらず、彼は自殺を思い直したとみられた。だが、同日には28歳の女性が政府を批判する内容の遺書を残して、やはり飛び降り自殺を遂げている。


 これらを報じる香港メディアのニュースには、複数の自殺防止ホットラインの電話番号を併せて掲載するなどしているものもあるが、それらを加えていない報道も少なくない。


シャープの親会社を襲った「ウェルテル効果」


 中華圏の連続自殺事件といえば、2010年1月から5月にかけて、香港にほど近い中国広東省深圳市にある台湾企業フォックスコン(鴻海精密工業、シャープの親会社としても有名)の工場で中国人従業員13人が敷地内で自殺をはかった(うち死者10人)事件が有名だ。


 彼らの死因はいずれも飛び降り自殺で、亡くなったのは当時17〜25歳の若者たちだった。最初の1人目の動機は仕事上のトラブルだったとされるが、やがて恋人とのケンカや妊娠中絶など男女関係を理由とした自殺も複数件発生、動機不明の自殺も5件ほどあったとされている。



 当時、フォックスコン工場の連続自殺の発生は、中国本土や香港・台湾のメディアが盛んにセンセーショナルに報じ、ネット上でも議論が沸騰した。不用意に大々的な自殺報道が流れることで、若者を中心に後追い自殺が発生する現象を「ウェルテル効果」と呼ぶ。


 もともと、労働強度の高い無味乾燥な工場労働に従事していたところに、報道の影響を受けて行動する若者が続出したのが、このフォックスコン事件だったと思われる。



ネット発、リーダーがいない運動ゆえの弱み


 対して近年の香港も、家賃の高騰や就職難・低賃金など若者のストレスが大きな環境であり、面積が狭い大都市ゆえ閉塞感も強い。


 また、今回の香港の抗議運動は若者が中心で、デモの実施の詳細や逮捕・負傷の情報などもネットで先行して流れている。抗議者たちの情報源はフェイスブックやインスタグラム、テレグラムなどのオンラインによるものがメインとなっている。加えて運動全体の明確な中心となる人物や組織が存在しないことで、抗議方針や発信される情報の方向性は統一されていない。


 6月15日に発生したLの自殺が「意味がある」死をとげたような形になってしまったうえ、一部の報道や、内容の自主規制がおこなわれないネット投稿が自殺問題に盛んに言及していることが、現在の事態を生んでしまっているようだ。現在、香港の若者たちの連続自殺は、単なる政治的な意思の表出というだけではなく、徐々にウェルテル効果を感じさせる事態に変わりつつあると言っていい。



 私は現時点までの香港のデモについて、その目的についても平和的な抗議の方法についても、基本的には好意的な印象を持っている。だが、今回のデモが後世に残すであろう大きな問題もまた、参加者たちがLの死をなかば肯定的に評価してしまった6月16日の「200万人+1人デモ」のなかで胚胎していたと言っていい。


 香港の情勢はなおも流動的だ。6月9日の103万人デモと同16日の200万人近いデモは、結果的に民意の力で条例改正案の棚上げという一定の成果を勝ち取った運動でもあった。だが、その後日談は徐々に後味の悪いものになりつつある。



(安田 峰俊)

文春オンライン

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