最先端AIで、人間に見えなかったものが見え始めた

7月18日(火)6時14分 JBpress

スイス・ジュネーブで、人工知能(AI)に関する会議に登場した人型ロボットの「ソフィア」(2017年6月7日撮影)。(c)AFP/Fabrice COFFRINI〔AFPBB News〕

 今回も前回に引き続きR&D最先端のお話です。

 国際的にAI開発が注力され、IoTやユビキタス情報化が推進されるなか、これらの環境全体で同時に発生、進行する「知のリスク」と、それに対する東京大学の取り組みの1つをご紹介しましょう。

 ここ数年「AIでなくなるこの職業」といった特集はしばしば組まれ、私自身もそのようなコラムを幾度も書いてきました。ただしほかとは少し違う切り口になっていると思います。

 すなわちAIが本質的に得意なこと、また全く得意でないことを原理的に区分けして、得意でない部分、人間にこそ可能な部分を伸ばそう、という議論を展開するように心がけてきました。

 そこで触れていないもう1つの観点、2000年から一貫して大学で取り組んでいる「知識構造化」の新しい取り組みについて、今回は原著相当を初めて公刊する場としてJBPを選んで記してみたいと思います(そのため末尾に梗概を付しています)。

 それは「知の死角」という問題系です。


自動化で見えなくなるもの

 機械学習が進み自動化が進展すれば、人間の手を煩わされずに済みます。

 都市部の駅改札では検札の係員をほぼ見かけなくなりました。自動改札の普及、これにより、一人ひとりの旅客が改札を通るときの定期や切符、プリペイドカードについて、人間の係員が目を通すことはなくなった。

 でも、もし問題があれば後からログをチェックすることなどはできるはずです。

 もっと簡単な例を挙げれば、洗濯機の普及で主婦は服を洗うのにかける手間隙が激減しました。私が子供だった高度成長期に白物家電として冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジ、エアコンなどが普及し、ほぼ飽和するに至る過程を目撃しました。

 しかし、いまだ戦後色の残る昭和40年代初め、井戸端で金だらいに洗濯板でごしごしやってる奥さんを目にしたものです。

 おんぶ紐で赤ちゃんをくくりつけ、頭に手ぬぐいなんか巻いたりして、流れ落ちる汗を拭き拭き、洗っては絞り、絞っては洗う。

 こんなふうにしていれば「あら、お兄ちゃんのズボンにお醤油の染みが」とか、夫のワイシャツに口紅・・・など、洗濯物の汚れの細部に主婦の目がいき、あれこれ議論の端緒にもなりました。

 古い映画にはそういう描写が残っていますが、きょうび乾燥まで全自動の洗濯機では主婦が家族の衣服についた個々の汚れの「情報を得る」機会は飛躍的に減ったと言っていいでしょう。

 ある意味で情報に死角ができたと言うことができるかもしれません。奥さんは洗濯物を通じて夫の行動から不審を感じ取るチャネルを減らした可能性があるでしょう。

 自動化にはそういう側面があります。

 もう1つ、例えば電車やバスに乗って移動するのと、自分で車やバイクを運転するのとでは、途中で目にする情報が大いに異なります。

 通勤通学など、目的地に着くことが大事なら、電車に乗って、まさに自動化して車中では本でも読んで時間を無駄にせず、回りの景色などには気を散らさずに移動するのが大事と思います。

 逆に、観光地とか海外に旅行に来て、せっかくの素晴らしい景色、例えばスイスの登山電車に乗っているのに、外の絶景を楽しまず、ゲームで遊んでいる子供など見ると何とも言えない気分にもなる。

 私は中学高校時代「地学部」に属して、千葉県の房総半島真ん中あたりの地質調査をしていました。

 「三期」と「四期」の境目に当たる<梅が瀬層>という地層の鍵層=キーベッドと呼ばれる層を追いながら、切り通しなどで測定したりサンプルを取ったりするのですが、漫然と歩いていてはいけません。

 常に野山の風景と、存在しないはずの地層を虚空にイメージしながら、しばしば断層や不整合で裏切られながらも、道路のみならず川の中をざぶざぶ歩いて山昇りしながら、1日30キロほど移動したものです。

 こういうときは途中を見ながら歩かなければ全く意味がない。仮に自動車で移動するとしても再徐行で周囲の風景を舐めるように観察しながら進むことになります。

 30キロなどと言うと長い道のりと思われるかもしれませんが、朝の8時過ぎに民宿を出て夜の7時前に帰ってくる、約11時間かけて平均時速にして3キロ弱、つまり1分間に50メートルしか進まない勘定です。

 実際にはもう少し早く歩きながら、ポイントポイントで機器を出して測定したり、化石を掘ったり、焚き火をしながらお昼を食べたりするので、実にのどかな少年時代でありました。

 ともあれ、ゆっくり動けば多くの情報を人間自身が目にし、手にすることができる。それが自動化してしまうと、私たち人間のユーザにとってはブラックボックスが増える。利便の代償として死角ができることに注目しようというわけです。


超複雑系と知の死角

 AIを導入すると、自動化によって見えなくなるものができます。その「見えなくなり加減」が従来と違うことを、各社R&D担当者にも一定ご参考になる程度に踏み込んで概説してみたいと思います。

 確か1990年の春先だったと思います。理論物理学者のP.W.アンダーソンが来日して東大本郷や慶応義塾大学理工学部で講演されました。

 「アンダーソン局在」という現象に興味を持っていた私は日吉・矢上台の慶応で開かれた彼のレクチャーで初めて「Complex System」という言葉を耳にしました。米澤富美子さんかどなた方かの記事で読みましたが、これが日本国内でアンダーソンがこの新概念に言及された最初だったそうです。

 「Complex System」は日本語で「複雑系」と訳されて一世を風靡します。それまでも「フラクタル」「カオス」など<非線形系>の特異な振る舞いに注目が集まり、ちょうどハイティーンだった私たち科学少年は、PCの勃興期でドットプリンターの出力しかないなかで、様々な「分岐」や「アトラクター」などの存在に一々驚いていた。

 ところがアンダーソンはそれらをまとめて「複雑系」だと言い「スピングラス」などの問題を論じます。

 「スピングラス」は耳慣れないかもしれませんが、カナダのトルドージュニア首相が大好きな「量子コンピュータ」など今日の最先端につながる重要な基礎で、これらについてはまた別途、解説記事を準備したいと思います。

 1990年代初頭の「複雑系」と2010年代後半の「複雑系」にはざっくり言って四半世紀の開きがあります。

 この違いを一言で言えば「ヒトゲノム以前の複雑系」と「ニューラルネットワーク以降の複雑系」の差で、分かりやすく標語化すれば「超複雑系」になっている。

 もう少し踏み込んで言うなら、高級言語や自然言語処理可能な記号、タグのレベルで扱っていた「ゲノム複雑系」が、コンピューター草創期古の機械語、つまり「1、0」の羅列のようなおよそ人間に理解しにくい「ビット」の膨大な集合そのものを、直接計算機が「観察」し「帰納」して、勝手に知識情報を組み立ててくれる。

 つまり、人間の知らない間に勝手に知識情報が生成され、人知れず実社会に適用されるというグレートブラックボックスができてしまうという事態を指しています。

 東京大学のグループは、この「超複雑系における巨大なブラックボックス=自動化されたシステムで人間が認知観測できない莫大な盲点の集合」を「知の死角 (Knowledge Blind Angles)」と名づけ、この基礎的な性質から検討していくプロジェクトを始めています。

 今、様々な知識の爆発が言われてきました。1990年代にソフトウエア供給の危機が叫ばれたときソフトウエア・クライシス(Software crisis)にはオブジェクト指向言語環境が整えられ、Javaの普及、自動コード生成などの技術革新が進みました。

 学術情報の爆発には私たち「小宮山知識構造化」が有為に役立った時期があり、毎年顕微鏡的な細かさで精緻化が進む知の全体像と細部とを対照できる知識のマップ化(knowledge mapping)で対処しました。

 しかし今回の問題は、これらと原理的に少し異なります。まず量が莫大であること。そしてそもそも見えていないこと。

 宇宙空間を観測すると、私たちが目にする像は通常の電磁気学や熱力学が記述する姿とおよそ異なっていることが分かり、宇宙には目に見えない「ダークマター」が遍在している、という議論が100年以上展開されています。まだよく分かっていません。

 ニューラルAIが進展すると情報の「ダークマター」が新規大量に生み出されることが分かっています。

 この異常な「知の死角」状態に対して「知の再正規化(Knowledge renormalization )」、物理の世界で普及した訳語を使うなら「知の繰り込み」ですが、分かりやすく言えば「知の翻案」が進んでいます。

 私たちが知らぬまにAIが自動生成してしまう「ニューラルネットワークの暗黙知」を人間に理解できる明るみに引き出し、基礎研究から社会経済への応用、好循環の形成とヒト・モノ・カネの循環活性化に資する、新しい基礎研究が始まっているのです。

筆者:伊東 乾

JBpress

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