70歳“前東京都知事”の舛添要一が『ヒトラーの正体』を出版「プロパガンダがなくては成功しません」

8月1日(木)5時30分 文春オンライン

 都庁を去ってから約3年。前東京都知事で国際政治学者の舛添要一さん(70)が、新刊『 ヒトラーの正体 』(小学館新書)を出版しました。刊行予定の情報が出回ったときから、ドイツ現代史界隈は騒然。一体なぜいま、舛添さんはヒトラーに注目するのか。聞き手は、近現代史研究者の辻田真佐憲さんです。(全3回の1回目。 #2 、 #3 に続く)



舛添要一さん



なぜあらためて今ヒトラーなのか?


——まずはこの本、『ヒトラーの正体』の話からお伺いできればと思います。すでにヒトラーの関連書籍がたくさんあるなかで、なぜあらためて今ヒトラーなのでしょうか。


舛添 私は50代になって政治の世界に足を踏み入れる前、もともとヨーロッパ政治を研究し、教えていた立場でした。現在の世界情勢を見ていると、ポピュリズムについてきちんと理解しておかなければいけない問題が数多くあると強く思っています。

 

 つい先日、トランプ大統領が4人の非白人女性の民主党議員に対して「国に帰ったらどうか」とツイートしていましたよね。こういうことを平気で言っちゃうような人が大統領になってしまう。しかし、支持率が5割近くあるというこの現象は何なんだろうなと。私がヒトラーに興味を持ってから、もう半世紀が経ちますが、ヒトラーは今日的課題でもある。今世界で起こっている危惧すべき状況を理解するために、ヒトラーとナチズムをもう一度検証したほうがいいんじゃないかと思ったんです。



簡単に言えば、山ほどある本を私なりの考え方でまとめた


——なるほど。まえがきでは「誰もが簡単に読めて、ヒトラーの全体像を理解できるような『ヒトラー入門書』のようなものがあれば便利だと思い、本書を書こうと思ったのです」という理由も挙げられていますね。一方で、ドイツ現代史の専門でないのにこのテーマに手を出すと、ちょっと危ないな、いろいろ突っ込まれそうだなという意識はありませんでしたか?


舛添 それはありました。だから、この本は内外の専門家による膨大な研究に依拠していることをあとがきでも断っています。私自身の海外での研究や国際政治の理論なども取り入れましたので、少しはオリジナリティがあるかもしれません。簡単に言えば、もう山ほどある本を私なりの考え方でまとめたということです。


 ただ、ネットのラジオ番組でヒトラーについて連続してしゃべる機会があった時に、聞き手の女性記者からは「えっ、そんなことがあったんですか?」の連発で、ラジオのリスナーたちも知らないことばかりだった。



——ネットラジオというのは、どういった番組ですか?


舛添 中国資本の「Himalaya」というアプリで配信した番組です。ヒトラーについて、ユダヤ人のホロコースト(大虐殺)や雄弁に演説する姿、ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』(レニ・リーフェンシュタール監督)で知っている人もいるかもしれません。各人が抱くヒトラーのイメージは多様で、断片的だと思うんですね。

 

 私はヒトラーやナチスの専門家ではありません。しかし、研究者としてヨーロッパ政治外交史を専攻し、大学では政治学や国際関係史を講義するなかで、ナチズムに言及せざるを得ない場面が多々ありました。これはやはり、全体像を示したほうがいいと。



専門家の皆さんと私が、どこが違うのかあえて言えば


——研究が複雑になりすぎているからこそ、1冊で分かるような全体をつかめる本が必要だということですね。


舛添 そう、おっしゃる通りです。


——専門家は、「素人」が外野から入ってくるのを嫌がるところがありますね。舛添さんも大学で教鞭をとられていたから、よくご存じだと思います。ドイツ現代史の研究者は、舛添さんのブログを見て、この新書がどういった内容になるのか、警戒感を持ちながら待ち構えているようですが、そういった人たちへメッセージはありますか。



舛添 新書の巻末には多くの参考文献を記していますし、私は専門家ではないので、引用するところはちゃんと引用してある。専門家の皆さんと私が、どこが違うのかあえて言えば、政治家という商売をやったということです。だから、ヒトラーの演説について詳しく書いたのは、実際に演説をやってみないと絶対分からないからなんですよ。ヒトラーの演説は身ぶり、手ぶりが激しく、ラウドスピーカーを導入したことで会場の隅々まで響き渡りました。



無所属だった私の街宣車スピーカー 自公に太刀打ちできず


——本の中では、「すべての力強い世界的革新のでき事は、書かれたものによってではなく、語られた言葉によって招来されるものだ」というヒトラーの言葉を引用されています。


舛添 実際に渋谷のハチ公前で街頭演説をやって、どういう反応が返ってくるか。同時代の政治家で私よりうまいなと思ったのは、小泉純一郎と田中眞紀子だけです。今の安倍さんを見ても、私のほうがうまかったと思いますよ。要するに、総理だから足を止めて見るんじゃなくて、忙しいなか耳だけで聞いていて「あっ、ちょっと聞きたいな」と思われることが言えるかどうかなんです。これは学者の時には絶対に書けなかった話です。かといって、参議院選挙に向けて各党首が演説をやっていましたけれども、彼らに書けといって、これは学者じゃないから書けません。



——街頭で演説したご自身の経験について、「マイクやラウドスピーカーの性能が大きな影響を持ちます」と書かれていますね。


舛添 そうなんです。音の品質が良くて巨大な音量を備えた自民党や公明党の街宣車を前にしては、無所属だった当時、私の個人用の街宣車のスピーカーなど太刀打ちできず、悔しい思いを何度もしました。これだけで選挙に負ける。そういうものなんですよ。



舛添ブログ「歴史上で有名な左翼ポピュリストはヒトラーである」


——舛添さんはブログで「歴史上で有名な左翼ポピュリストはヒトラーである」と書かれていて、一部ネット上では反発が起きています。これについてはどうお考えですか?


舛添 セバスチャン・ハフナーというジャーナリストが、その言葉を使っています。要するに、ナチスとはドイツ労働者党のことですから、労働政策そのものをやってきたんですね。例えば財形貯蓄。無税で貯金できるという労働者のための政策でした。ヒトラーは本質的に、金持ち趣味が嫌いな人だったと思います。もちろん共産主義と対抗するという意味では右翼なんですが、政治の手法というのは左翼のポピュリズムであって、右翼のポピュリズムではないんです。



韓国・文在寅大統領との共通点とは


——ブログでは、韓国の文在寅大統領のことも「左翼ポピュリスト」と同じような書き方をされているのですが、どこが共通しているんでしょうか。


舛添 100パーセント同じというわけではないですが、大衆へアピールをしている点と、2人ともナショナリストであるという点です。ヒトラーの場合、ナチス党以外のヒンデンブルクやパーペンは「本来の保守は我々なんだ」という意識を持っていたでしょうし、文在寅の場合は韓国財閥から見て「前の左翼政権の秘書だった人物じゃないか」と思われているでしょう。だから、選挙のスタイルもよく似ているんです。「皆さんお疲れさま。今日も一日お仕事大変だったでしょう。どうして給料が安いと思いますか?」と、大衆に訴えかける。



——細かい点ですが、ナチス(NSDAP、Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)の邦訳について。本では「ナツィオナールゾツィアリスティッシェ」(Nationalsozialistische)の部分を「国家社会主義」 と訳されていますが、最近では、あれは単なる社会主義ではなくてドイツ民族限定の社会主義なので「国民社会主義」などと訳すべきという議論がされています。


舛添 最初の「National」は国家・国民、つまりドイツ第一主義、ゲルマン民族至上主義。分かりやすく言えば国粋主義、ナショナリストということですよね。私はどちらでもいいと思っているんですけれども、第二次世界大戦を引き起こしたことを考えると、6対4くらいで「国家」のほうを取りたいなと。



既存のヒトラー研究に足りなかったものとは


——分かりました。さきほど本書の「オリジナリティ」に言及がありましたが、既存のヒトラー研究には何が足りなかったのでしょうか。


舛添 従来のヒトラー研究は、当然のことながらドイツ中心に書かれていて、隣国からの視点とヨーロッパ全体の中にドイツを置くという視点が欠けていたと思います。その研究こそが、私の若い頃のフランス留学の目的でしたので、歴史資料を紹介しながら記したのが今回の本です。ヒトラーの性格分析など、どんどんミクロの視点に入り込んでいくのではなく、もう少しスコープを広げたいなと。それから、研究に「生活体験」ってとても大切だなと思うんですよね。



——実際に、研究対象の地で暮らすということですか。


舛添 そうです。我々は大学の時に、丸山眞男からヨーロッパ論や政治学について学びました。ただ実際にフランスへ渡って暮らしてみると、市民生活から気づくことが多くあった。


 例えば「なぜフランス人は、ドイツ人をそんなに怖がるのか?」という問いが出てきます。これは両方の民族と何度も会っているうちに、ラテン系フランス人は背が低い一方で、ドイツ人は背が高い。もっと言うと、2時間かけてワインとともにゆっくり食事をとっている国民と、ビールとパンとソーセージだけで手早く済ませる国民。おしゃべりが好きな国民と、規律正しく勤勉な国民。なぜフランスが安全保障をそこまで気にするのか、その理由の根本にある意識が分かるように思うんですね。


やっぱり相当、プロパガンダは効果があると思いますよ


——この本の中には、時々現代日本との比較が出てきます。ワイマール共和国憲法の大統領緊急命令(第48条)について批判的ですが、自民党改憲草案についてはどうお考えでしょうか。


舛添 政治の権力行使について考えるとき、性善説に立っちゃだめなんです。性悪説に立って、何が起こるか分からないという態度でいなければならない。ワイマール憲法第48条は、大統領に独裁を許すような規定です。自民党改憲案についても、基本的にああいうものを作るべきではないと私は思います。テロや災害が起こったとき、憲法条項を使わずに緊急事態基本法、災害対策基本法などの法律を適用すればいいのではないでしょうか。



——本の中でナチスのプロパガンダがいかに巧みだったかについても書かれていますが、現在、「#自民党2019」という同党の広報プロジェクトに対しても「プロパガンダではないか」という批判がありますね。どうご覧になっていますか?


舛添 あれは……あまり面白くないですよね。意図がばれてしまっていて、エンターテインメントになっていない気がします。とても古い手法を使っているので、若者ウケしません。むしろメディアの使い方としては、エノケンの喜劇や浪曲、そういった戦前のもののほうがはるかに上手かったんじゃないかと思う。センスが古いと、ネトウヨ的な、変な右翼の方向へ戻っちゃうんですよね。



——参考文献に名前が挙げられていた佐藤卓己氏のように、プロパガンダの効果に関して懐疑的な立場をとっている人もいます。


舛添 やっぱり相当、プロパガンダは効果があると思いますよ。


——政治家としての実体験から、そう思われますか?


舛添 うん、やっぱり全然違う。プロパガンダがなくては成功しません。学者と政治家って両立しないなと思うのは、学者は真実を言わなければならないけれども、政治家は真実を言っちゃだめなんです。だって、参院選の選挙戦を見たら分かるでしょう。全部アジ演説ですから。自民党大会での「悪夢のような民主党政権」発言だって、これ自民党の手柄ということではないですよね。



「嫌韓派、嫌中派、ネトウヨ」と、ヒトラーの反ユダヤ主義


——先ほど、ネトウヨという話が出ましたけれども、ヒトラーの反ユダヤ主義にふれる中で、「日本でも特定の民族に対するヘイトスピーチが行われています」と指摘したうえで、「ナチスと五十歩百歩」、「嫌韓派、嫌中派、ネトウヨと呼ばれているグループの中に、そのような人たちがいます」と書かれています。反ユダヤ主義と近いものを感じますか?


舛添 個人を見ていけばいい人も悪い人もいる。優秀な人もそうでない人も。しかし、民族を一緒くたに「よくない」という言説には近いものを感じますね。私が非常に危惧しているのは、SNS時代のほうがヒトラー時代よりヤバいんじゃないかということ。匿名性のある言説がどんどん拡散するでしょう。ゲッベルスが指示して起きた結果ではなくて、匿名の大衆が自ら発信手段を持って扇動し続ける世界のほうが、コントロールが効かないんじゃないかと思うんです。



「ヒトラー時代が一番よかった」と語った下宿屋の親父さん


——最後に、ヒトラーの政策をどう評価するか。功罪両面があればお聞かせください。


舛添 1980年、研究のために数カ月、ドイツ・ミュンヘン滞在中に私が宿泊していた下宿屋の親父さんがナチス政権時代の写真を見せながら、「ヒトラー時代が一番よかった」と語ったことがありました。その理由は、600万人いた失業者をほとんど完全雇用まで持っていったこと。それから源泉徴収や財形貯蓄などの制度を考案したこと。「悪いことばかりでなかった」ということですよね。親父さんの回想を、当時の私は疑問に思ったものですが、ヒトラーは憲法に則って首相に任命されました。つまり、国民が支持したのです。



 ただ、もちろん反ユダヤ主義という思想は問題です。近代になってからも、この思想で大衆を扇動したことは、何事かと思います。この原因は、ベルサイユ条約の賠償金や失業によって国民全体が苦しんでいたなかで、どこかに敵を求めたいということがありました。


 トランプ旋風、ヨーロッパにおける極右政党の台頭、イギリスのEU離脱。ヒトラー研究は、こうした現代における国際政治の課題を理解することにも大いに役立つと私は考えています。


写真=佐藤亘/文藝春秋



「国際政治学者」の先駆け・舛添要一 「読売でもだめ、産経や『正論』に書いていた」“右派論者”時代 へ続く



(辻田 真佐憲)

文春オンライン

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