患者に朗報、目詰まりしにくい胆管ステント実用化へ

8月1日(水)6時0分 JBpress

埼玉医科大学にて打ち合わせをする埼玉医科大学消化器外科副診療部長の合川公康教授(左)とリソテックジャパン取締役の関口淳さん

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 全国各地で繰り広げられる医工連携。中でも半導体製造装置の技術で医療に参入する企業の動きが目立つ。

 埼玉県川口市に拠点を置くリソテックジャパンもその一社。

 リソグラフィという、感光性の物質を塗布したシリコンウエハー上に数10μm(マイクロメートル、マイクロは100万分の1)から数10nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の微細な電子回路パターンを転写する技術を強みとする。

 同社はこのリソグラフィをバイオミメティクス(生体模倣技術)に応用し、医療への技術展開を図る。

 バイオミメティクスとは生物が持つ機能や性能を模倣する技術のことで、例えば、水を弾くハスの葉の超撥水性が防水用品に応用されている。

 リソテックジャパンが開発を進めるのは、胆管ステント。胆管ステントは、胆管がんや胆道閉鎖症による胆道狭窄を防ぐための処置に使われる。

 胆道狭窄が原因で黄疸や、命を落とす肝不全に至ることがある。胆道狭窄を防ぐ治療として、胆汁の流れを確保するため胆管ステントを胆道内に留置する処置が行われている。

 胆汁とは、肝臓で分泌される液体で、脂肪を水に溶けやすくすることで脂質の消化吸収を助ける。

 主成分には赤血球の老廃物であるビリルビン、コレステロール、胆汁酸などが含まれる。胆汁に含まれる油分が胆管ステントを詰まらせる原因になっている。

 胆汁が胆管ステントの内壁に癒着して詰まってしまうと、患者は交換処置を余儀なくされる。

 胆管ステントの径を太くするなども検討はされてきたものの、解決には至っていない。これに対し、同社は、胆管ステントの内壁に油汚れを防ぐカタツムリの殻の表面構造を応用することに着目した。

 本業の傍ら3人のプロジェクトチームを組んで取り組むリソテックジャパン取締役の関口淳さん(58歳)に開発の経緯を聞いた。

 「医療分野への腕試しです」という関口さんからは、探究心あふれる技術者の顔が伺える。

医療現場の困りごと解決には
販売ルートの確保が大前提

 そもそも、なぜ半導体製造装置の会社が医療現場の困りごとを知ることができるのか。

 関口さんによれば、水先案内人は埼玉県の職員。埼玉県には「医療イノベーション埼玉ネットワーク」という医療や福祉機器を開発するのを促すプロジェクトがある。

 ここに、埼玉医科大学消化器外科副診療部長の合川公康教授(49歳)が開発の相談を持ちかけた。

 集められた医療現場の困りごとを、埼玉県の職員が目利き役となり、もの作り企業や中小の医療機器メーカーに振り分けていく。こうして埼玉県では医工連携による開発が始まる仕組みになっている。

 リソテックジャパンは、バイオミメティクスを応用した胆管ステントの開発に取り組む。

 従来の胆管ステントは、ポリエチレンなどでできているため、胆汁に含まれるコレステロールなどの脂肪が馴染みやすく、胆汁がゲル化してこびりつき詰まりを生じるという問題がある。

 そうなると患者は再三のステント交換処置を余儀なくされ、身体的な負担がかかる。胆管ステントの詰まりを抑えることができれば処置の回数を減らすことができ、患者だけではなく医療現場の負担も減らせる。

 これを打開しようとリソテックジャパンは共同開発体制を組み、樹脂メーカーのシリコーンテクノ、胆道ステントを製造販売しているハナコメディカル、臨床試験を手がける埼玉医科大学、技術協力をする立命館大学が参画する。

 技術が確立したらハナコメディカルが製造販売する予定となっている。

 医工連携の落とし穴の一つに「医療現場の困りごとは解決しても肝心の販売ルートがない」という参入の壁に直面する異業種プレーヤーは少なくない。

 そこで同社は共同体性を組み、この問題を解決した。


カタツムリの殻の表面構造で胆管狭窄を救えるか

 梅雨になると見かけることが増えるカタツムリ。その殻は汚れ知らずで、艶やかだ。

 カタツムリの殻の表面は約200〜400nmの凹凸構造になっている。その微細な窪みに水が入り込んで水の膜を作り、油分などの汚れを弾く。これを「超ナノ親水構造」という。

 関口さんらはカタツムリの殻構造を、電子ビームを照射する走査型電子顕微鏡を用いて詳しく調べた。

 カタツムリの殻には20〜40μm程度の大きさの山脈が連なるような構造があり、それらは約200nmの粒の塊で構成されている。さらに粒と粒の間には200nm程度のナノホールが形成されていることが分かったのだ。

 超ナノ親水構造の有効性を調べるため、関口さんらは水中で油滴が接触する様子を測定できるように改造した接触角測定装置を用いた。

 カタツムリの殻とナノ親水加工をしていないシリコン基板を比較するため、それぞれを水中に置き、注射針の先端から油滴を落とし、弾き具合や接触の様子を観察した。

 想定どおり、カタツムリの殻は水中での撥油効果が認められたが、シリコン基板には油が付着した。

 試作品では胆管スタントの内壁に貼る超ナノ親水構造のフィルムを作成した。

 カタツムリの殻構造を模したナノ構造のモールド(型)として、微細加工で用いられる電子ビーム露光技術でシリコン基盤上に直径200nm、深さ200nmのナノホールパターンを製作した。

 これを用いて、ナノインプリント技術でUV硬化性アクリル樹脂にナノ構造体を転写した。この段階でも、転写して製作されたナノ構造体に水中撥油効果があることを確認している。

 こうして得られた防汚機能をもったシートをチューブにし、胆管ステント内部に埋め込んだ。

 通液テストでは、牛胆汁の粉末を純水に溶かしラードを添加して40度に加温した擬似胆汁が使われた。

 バイオミメティクス構造のある箇所では油を弾き、そうでない箇所ではステントの内壁に油が付着していたことから、試作品として原理は実証された。

 今年3月、2匹のブタで検証した。バイオミメティクス構造を部分的に施した胆管ステントをブタの胆管に1週間留置し、肉眼所見と電子顕微鏡観察をした。

 肉眼では、バイオミメティクス構造上の汚れが少ないことを確認し、走査型電子顕微鏡で防汚効果を詳細に確認した。

 2匹のブタそれぞれの胆管ステントからバイオミメティクス構造がある箇所とない箇所をそれぞれ3か所観察したところ、片方のブタは構造ありの平均汚れ率が7.6%だったのに対し、構造なしは49.5%。

 もう片方のブタは構造ありが23.9%、構造なしが57.4%となった。バイオミメティクス構造がある部分では無い部分に比べると58〜85%の防汚効果を得られたということになる。

 結果として、カタツムリの殻表面を模したバイオミメティクス構造を胆管ステントの内壁に施すことで、胆汁の癒着が抑制されるという原理実証を確認できた。

 現在、実用化に向けた金型製作やステント製造方法の研究ステージに入った。医療分野での腕試しで始まった胆管ステント開発プロジェクトが大詰めを迎えている。

筆者:柏野 裕美

JBpress

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