学者とマニア、右と左の「中間領域」から過去を問う 近現代史研究家・辻田真佐憲が「戦争」を書く理由

8月14日(月)7時0分 文春オンライン

 戦後72年。かの戦争体験の声が次第に聞けなくなっている今、証言者たちの“孫世代”の中に、声を拾い、研究を深め、表現をする人たちがいる。


 戦争から遠く離れて、今なぜ戦争を書くのか——。


 インタビューシリーズ第2回は近現代史研究家の辻田真佐憲さん。『ふしぎな君が代』『大本営発表』『文部省の研究』など、政治と文化の関係を主軸に研究を展開する辻田さんが考える「戦争を問い続ける」意味とは何か?


辻田真佐憲さん


森友・加計学園問題と『文部省の研究』


——森友学園、加計学園と今年は何かと文部科学省案件の問題が政治を揺さぶっています。そんな中に出版された『文部省の研究』では、国民道徳の規範として「教育勅語」が戦前、戦中、そして戦後どう使われてきたかが一つのテーマになっていて、森友学園問題を予見していたかのような感じさえ持ちました。


辻田 出版のタイミングは全くの偶然です。ただ以前から森友学園は「軍歌を歌わせる幼稚園」を経営しているところとして注意はしていたんです。私は大衆を扇動する文化やプロパガンダに関心があって、軍歌や教育勅語にももちろん興味を持っていたんですが、まさかこの時代に、しかも幼稚園で実際に使われるとは思いもしませんでしたから。危なっかしいなあ、なぜ問題にならないんだろうと不思議に思っていましたが、一気に大問題になりましたね。


——加計学園問題では、文部官僚にも注目が集まりました。


辻田 文部科学省は文部省時代から地味なお役所で、文部官僚個人にスポットが当たるなんて、なかなか想像できなかったと思うんです。ところがここに来て、官邸の圧力を告発した前川喜平前事務次官や、それに対立する形で文部省OBの加戸守行・前愛媛県知事が登場しました。最近だと「ゆとり教育」を推進した寺脇研さんが目立ったくらいでしたよね。あと、少し遡りますがリクルート事件で有罪となった高石邦男元事務次官とか。


——文春オンラインでは辻田さんに「前川前次官もびっくり!? 官僚マニア垂涎の『月刊官界』を知っていますか?」という記事をいただきました。


辻田 あれは『文部省の研究』の資料として読んでいたら、色々と面白いところがたくさんあったので書きました。特にグラビアページがすごいんですよね。めくっても、めくっても、ひたすらスーツの中高年男性ばかり(笑)。


「レコードのB面」に注目することでわかること


——それにしても、どうして地味な文部省に注目をされたんでしょうか?


辻田 私の研究テーマは大きく言うと政治と文化の関係なので、明治以降のイデオロギー動員の仕方や、戦時中の思想統制、道徳教育について探るためには文部省の歴史を総ざらいするしかないと。まあ、もともと地味というか、傍流のものに興味があるんですよ。


——レコードのB面みたいな。


辻田 そうですね。たとえば戦争を背景にした近現代史に興味を持つと、陸軍や海軍といった軍事のほうに行きがちで、陸軍を研究するにしても参謀本部の作戦部や情報部が注目されやすい。でも私は同じ陸海軍でもマイナーな報道部のほうに注目したかった。『大本営発表』では報道部の軍官僚が、音楽家や作家とどんなコミュニケーションをして文化を政治に取り込んでいったのか、軍をどうアピールしようとしていたのか、その「思想戦」「文化戦」の過程を追いました。今後も太平洋戦争の作戦面を研究するような“主流”に手をつけることはないでしょうね。


昭和5(1930)年、教育勅語発布40年式典で旗行列する私立高女の生徒たち ©共同通信社

——傍流だからこそ見えてくる本質とは、どんなものだと思いますか?


辻田 国民を国家プロジェクトに巻き込んで行くプロパガンダの鉄則は「自然に、知らず知らず、水が染み込むように」。戦時中なら、まさに軍歌といった音楽や映画、そしてまさに「大本営発表」という誇大報道によって、人々を戦争という国家プロジェクトに動員したわけです。文部省が「理想的な日本人像」として提示した『国体の本義』『臣民の道』や「教育勅語」の強調も国民精神を動員するための道筋です。こうして作られた全体的なムードの中で、個人がどう動いていくか、どうやって熱狂的になっていくか、異論が言えなくなっていくかを歴史的に知っておくことは、今重要だと思います。



東京オリンピックと「日本スゴイ」過熱の懸念


——現在だと、どういう動きに注意すべきだと思いますか?


辻田 2020年東京オリンピックへの動きですね。国家目標のようになっていますから、知らず知らず意識していないのに、「日本スゴイ」「日本選手スゴイ」「なんで一緒に応援しないのか」「日本人ではないのか」と、変に盛り上がりかねないと思います。


——オリンピックについては、批判の声も強い印象がありますが、どう感じていますか?


辻田 新国立競技場建設に携わっていた建設会社社員が過労を原因として自殺した問題を発端として、ネット上での批判の声は高まっている印象は持っています。選手村に作る施設用に木材を無償提供させる案にも批判がありましたよね。ただ、ネット世論というのは変わりやすい。いざ五輪が開催されて、そこにアニメ好きのマラソン選手が登場したりすると、一気に熱狂して応援するようなことは起こりえます(たとえば箱根駅伝のときのように)。ネット空間は、オタク系のコンテンツが紐付けば、今まで批判していたものがコロッと変わるところがある。それは文化を通した動員になりえますし、ひいてはナショナリズムの文脈に絡め取られる危険性もあるかもしれません。


——1964年の東京五輪でも同じようなことはあったんでしょうか?


辻田 NHKが64年の1月に行った世論調査の数字があるんです。「五輪開催に費用をかけるくらいなら、今の日本でしなければならないことは他にたくさんあるはずだ」に「賛成」と回答した人が58.9%。これはかなりの「しらけムード」だったと思えるんですが、それでも開催されるとメディア総動員で日本は盛り上がった。ちなみに石原慎太郎も開催前は結構批判的だったんですよ。「ナショナリズムはよくない。国際交流だから日本人以外にも注目すべきだ」みたいな、今じゃ信じられないようなことを言っているんですが(笑)、五輪が始まったら「日本人選手が負けたことが悔しい」とか、やっぱり日本人寄りになる。


 もちろんスポーツで感動することは何の問題もありません。ただ、知らず知らずに何かが変わり始めているぞ、ということには自覚的になったほうがいいと思うんです。空気というものは、一気に変わりうるものです。


昭和39(1964)年の東京五輪、日本選手団の入場行進 ©文藝春秋

百人一首に反発をおぼえて、軍歌のほうに……


——ところで、辻田さんの最初の著作は『世界軍歌全集』という大著です。戦争文化というものへの関心がどう生まれていったのか、聞かせてください。


辻田 この本は大学生の時に、暇つぶしでやっていたウェブサイトがもとになっているんです。他の軍歌サイトの更新が止まっていたりして、反応がよかったんですよ。あと、語学の練習にも適していたんです。


——語学の練習ですか?


辻田 軍歌の歌詞って単純なんです、どこの国も。英語でいうとだいたい200ワードくらい。しかも同じような単語を使いまわしているので、各言語の名詞と動詞と副詞を……と辞書と首っ引きで調べて、あとは格変化などの文法を把握すれば、パズルみたいに翻訳できるんです。


——とはいえ、そうそうできるものではないでしょう。


辻田 いえいえ、遊びですから。大学の比較文学の講義でやった翻訳史が面白かったんです。『新体詩抄』や『海潮音』など、日本人が西洋詩をどうやって日本の調べにしていったのかという。この翻訳の方法を軍歌に応用してみようっていうだけのことでして……。本には300作品くらい載せていますが、結局サイトでは1000作品くらい翻訳したと思います。軍歌自体は世界に万単位ありますが。


——大学では歴史を専攻されていたんですか?


辻田 いえ、哲学専攻で卒論はデカルトでした。語学はドイツ語、フランス語のほか、ラテン語や古典ギリシャ語もかじったんですが、調子に乗って色々やりすぎたんでしょうね。全部中途半端に終わってしまいました。興味が散漫な人間なんです……。


——哲学だと軍歌と接点がなさそうですよね……。辻田さんと軍歌の出会いは一体何だったんですか?


辻田 中学生時代まで遡る話なんです。ゲーマーだったんですが、ドラクエみたいなRPGや、『提督の決断』『信長の野望』といったシミュレーションゲームを色々とやっているうちにミリタリーという分野を知るわけです。そこで軍歌というものがあるらしいと知った。一方で、中2くらいですかね、国語で百人一首を覚えさせられたんですが、恋愛話ばっかりじゃないですか、歌の内容が。どうも中2男子には現実味がなくて、空疎なものに思えて(笑)。その反発もあったんでしょう、百人一首とは対極にある軍歌に興味を持ち始めたんです。


——当時だと、ネットで検索して聴く感じでもないですよね。


辻田 レコードショップに行って買いました。軍歌って、純邦楽っていうジャンルの棚の演歌コーナーのさらに奥の隅っこに5枚くらい並んでいるような世界。


——まるで隠しているかのような……。


辻田 そうなんですよね。いろんなレコード屋でCDを買ってきて、プレイステーションで再生して聴いてみる。


——ああ、時代を感じます。


辻田 中高はミッション校だったので日教組の教師こそいなかったんですが、やはり「戦争に興味持っているイコール右翼」という頭の人がけっこういたんです。だから、学校ではかなり批判されましたよ。怒られると、こっちは知識があるもんだから反論しちゃうんです。そうなるとますます対立は深まっていくばかり。まあ、確かに私も偏った面はあったのかもしれないですけどね(笑)。


手にしているのは名古屋市美術館で開催された「異郷のモダニズム 満洲写真全史」展の図録

在野で研究することの大きな意味とは


——軍歌が原点にあって戦争文化の研究に進まれるわけですが、研究の方法はどんなものなのですか? やはり、まずは取り組むテーマの文献に当たり尽くすところから?


辻田 そうなのですが、いきなりその当時の一次資料を見るのは危険なんです。マニアの人がやりがちなんですが、古書店やネットオークションで見つけた誰も持っていない文書や写真を「神扱い」してしまうのは危ない。たまに偽物もあるし、嘘が書いてあったりもします。だから、まずは先行研究批判がされている2000年以降の研究書を読んで、巻末にある参考文献などを片っ端から見ていくという感じです。そこから、大体の感覚をつかんで、必要と思った資料を丁寧に読み込んでいく。


文藝春秋の資料室にて

——辻田さんは大学に所属せず、在野の研究者として活躍されています。この立場のいいところは何ですか?


辻田 私は大学院に2年いて、そのあと公務員として3年半くらい勤めていたんです。そこで分かったことは、自分は徒弟制やタテ社会の人間関係が嫌いなんだな、ということ。組織というのは多かれ少なかれ、そういうものから逃れられないわけですが、ことアカデミズムの世界は専門外のことには口出ししにくいとか、内部のルールがどうとか、人間関係とか、制約が多いんです。私はさっき言ったように興味の対象が広いものですから、自由に手を出せるというのは大きいですね。それから、最近は中間領域にいる人がいないので、そこは意識的に自分の立ち位置としたいと思っています。


——中間領域とはどういうことですか?


辻田 アカデミズムの専門家と歴史軍事マニアの中間、ということです。昔だと、作家がこの中間領域にいて一般読者に知識を届けていたと思うんです。ところが今はそこが空洞化してしまっていて、たとえば「教育勅語」一つとっても生硬な学者の論文か、「教育勅語を読めば社会問題が解決する」みたいなトンデモ本かに二極化してしまっている。そこを埋めなければと思って、自分なりに言葉を探しながらものを書いています。


——ということは、文章の語り口にはいつも工夫をされているのでしょうね。


辻田 今だと、特にネットはすぐに右っぽい語り口、左っぽい語り口に分かれてしまう。だから片方の立場に乗っちゃえば楽なんですけど、そこからいかに逃れるか、第三の道を作るか、いつも念頭に置いています。もちろん人は完全な中立になんかなれませんが、できるだけバランスを取ろうと意識しています。仲間内で盛り上がるだけの言葉を紡いでも意味がないですからね。


戦中の新聞縮刷版を読む辻田さん。「やはりみなさん、昭和16年12月8日の紙面をめくるのか、破れちゃってますね」

——そういった意味で、辻田さんは右と左の中間領域にいようとしているわけですね。


辻田 党派やグループに入って、一方を批判するのは嫌ですから。だから、アカデミズムからもマニアからもズレた場所にいたいし、右からも左からも引いた立場でありたいと思っています。


みんながいいと思っていることを掘り崩していく


——辻田さんが研究者になる上で影響を受けた一冊を挙げるとすれば何ですか?


辻田 そうですね……、高校の時にニーチェの『道徳の系譜学』という本が好きで、結構影響を受けているかもしれません。


——どんなところにでしょうか?


辻田 この本はキリスト教道徳批判なわけです。隣人愛と呼ばれるものはそんな立派なものじゃなく、元々弱者が自分たちを守ろうと作ったもので、要は我々弱者を大切にせよという意味なんだと。起源をたどっていってキリスト教道徳の欺瞞を暴くいやらしい本なんですけど、こういう話、好きなんですよね(笑)。


——ミッション校なのに(笑)。


辻田 みんながいいと思っていることを掘り崩していくようなこの本は、今の私の研究の仕方と底流でつながっているのかもしれませんね。


——「みんながいい」と思っているもの、作為的に作られたものへの違和感とか抵抗感が強いんでしょうね。


辻田 プロパガンダ文化に興味を持つのは、そういう感度があるからだと思います。ただ、「みんなで」というものに巻き込まれるのは本当に嫌で、集団行動とか、学校の全体集会とか、気持ち悪くてどうもダメでしたね。もちろん運動会、特に組体操とか大嫌いでした(笑)。


——そういう一歩引いた立場と論点で、歴史を考え続けることの意味とは何だと思いますか?


辻田 人間って同じことをだいたい繰り返すものなんです。だから、歴史的にどんなことがあったかを振り返っておくことは、何かが起きたときに冷めた目で見る、立ち止まるために必要だと思っています。戦後しばらくは、国が文化を動員することは下品だという風潮があったのですが、最近になって東京五輪や「クールジャパン戦略」など、再び政治と文化が絡み合おうとしている雰囲気があります。次なる動員に向かって、いよいよ冷却材が捨て始められているような感じ。でも、人間は目の前の熱狂に絡め取られたときが一番怖いんです。ですから、私なりの中間領域から「この流れは危ないぞ」と、各方面に石を投げ続けていかなければと思っているところです。



つじた・まさのり/1984年生まれ。近現代史研究者。大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業。著書に『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)など。最新刊に『文部省の研究 「理想の日本人像」を求めた百五十年』(文春新書)。



写真=鈴木七絵/文藝春秋



(「文春オンライン」編集部)

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