うつ、パニック障害を抱え、老親の年金で暮らす独身姉妹の絶望——2018上半期BEST5

8月18日(土)7時0分 文春オンライン


2018年上半期、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第5位は、こちら!(初公開日:2018年6月11日)。



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「日本の社会保障は世帯単位、家族でできることは家族でやるというのが原則です。介護にしても親と同居する子どもがいれば、その世帯には人手や収入があるとみなされる。でも実際には、子どものほうが親の年金に頼って暮らすケースが増えています」


 社会福祉に詳しい淑徳大学の結城康博教授は、介護家庭の経済的リスクを指摘する。高齢者(65歳以上)の社会保障費を生産年齢人口(15〜64歳)が負担する比率は、2012年時点で1人対2.4人。「騎馬戦型」と呼ばれるが、下支えするはずの馬が騎手に頼るという逆転現象が起きている。


 理由のひとつが、子世代の未婚化や貧困化だ。総務省の調査(2016年)では、35歳〜44歳の「親と同居の壮年未婚者」が288万人。完全失業率は8.1%に達し、52万人が「基礎的生活を親に依存している可能性がある」とされている。40代後半から上の年齢を加えれば、さらに大きな数字になるだろう。中部地方に住む村山真紀さん(仮名・56歳)もそのひとりだ。( #1「要介護状態になった「毒親」を捨てたい──50歳の息子の葛藤」   #2「気力、体力、財力が充実した『ハイブリッド老婆』に苦しめられる長女」 より続く)


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 古い建物が軒をつらねる住宅密集地、3DKの賃貸アパートのダイニングには介護用ベッドが置かれている。母の汚物が染みた紙オムツをゴミ袋に入れ、汚れたパジャマを洗濯機に放り込むと、真紀さんはレトルトのおかゆを電子レンジで温めた。1食分を母と自分とで分けて朝食にする。こうして食費を削っても、生活には少しの余裕も生まれない。


実家住まいの3きょうだいのうち、正社員は弟一人だけ


 83歳の母は要介護2、心臓疾患と歩行障害を抱え、週に3日デイサービスへ通っている。家族は真紀さんの弟(54歳)と妹(50歳)を含めて4人。このうち正規で働いているのは、配送会社に勤務する弟だけだ。


 月当たりの世帯収入は、弟の手取り約20万円と母の年金12万円を合わせて30万円余り。一見支障なく思えるが、その内実にはさまざまな問題が潜んでいる。


「私と弟はずっと独身、妹は一度結婚しましたが子どもができず、8年前に離婚して出戻ってきました。本当なら全員で働けばいいんですけど、妹は離婚時のゴタゴタからうつ病になり、今も半分引きこもりみたいな生活です。私はパニック障害を持っていて、少し働くと具合が悪くなるという繰り返しなんです」



©iStock.com


不安定なアルバイト収入で頼りは「母の年金」だが……


 家賃は弟が支払うが、車や家電製品などのローン返済に追われる上、「家には寝に帰るだけ」という理由でそのほかの負担は拒んでいる。食費に光熱費、医療費といった日々の出費は、真紀さんの不定期なアルバイト収入と母の年金で賄う。姉妹の国民年金や健康保険料もここから出され、母の年金で子どもの年金料を払うという皮肉な現実。少しでも節約したいからと、彼女はパソコンやスマホを持たず古いガラケーを使いつづける。


「最近、過去を振り返ることが多いんです。人並みに結婚していたら、資格でも取っていたら、もっとメンタルが強かったら……そんなふうに次々考えます。自分への後悔や反省点はたくさんあるんですけど、同じくらい母への複雑な思いもあって。今さら親を責めるような真似はできないけど、散々ひどい目に遭わされた人の世話をするのはやっぱりキツイですね」


 疲れた顔で吐き出すと、ふと思い詰めるように眉間を寄せた。



 真紀さんが11歳のときに両親は離婚。母は3人の子どもを育てるため、平日は社員食堂の調理員、休日はゴルフ場のキャディーをして働いた。早朝から家を空ける母に代わり、真紀さんは家事や弟妹の世話をする。長女として母を助けることは仕方ないと思えたが、そこには不快でおぞましい経験があった。


給食費も払えなかった辛い過去


「母はお金もないくせに、ヒモみたいな男と次々につきあう。朝、私が起きると知らない男が裸で寝てるとか、しょっちゅうありました。たいていろくでもないヤツで、酒癖が悪かったり、賭け事が好きだったり。私は今で言う性的虐待のようなこともされたんです」


「性的虐待」の中身を尋ねると、「ポルノ雑誌を見せられるとか、まぁいろいろ……」、そう言葉を濁す。表現できない苦しみを負う彼女には、さらに別のつらさもあった。母が男にお金を貢ぐため、子どもたちの生活が困窮するのだ。


 当時、給食費や修学旅行費などは集金袋に入れて学校へ持参していた。期日になっても払えない真紀さんは、教室の隅で身を縮め、教師の冷たい視線を浴びるしかない。


 自宅の木造アパートには風呂がなかったが、銭湯代にも事欠いた。新しい服や流行りの文房具、友達が持つレコード、年頃の女の子がほしいものはどう願っても手が届かない。



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 学校では「臭い」「貧乏人」と残酷な言葉でいじめられ、家に帰ればろくでもない男が待ち構えた。思い余って母に助けを求めても、「ふーん」と生返事でまともに取り合ってはくれない。真紀さんはそのころの心情を、「死にたいと思ったことは数えきれない」と打ち明ける。


 なんとか高校に進学した真紀さんはアルバイトで学費を払い、弟妹の生活も支えた。卒業後に正社員として就職したが20代からは転職を繰り返し、30代以降は派遣社員として働く。年に数回は母や弟妹と交流していたが、気持ちの上では「もう他人って感じだった」という。


45歳で派遣会社との契約が打ち切られて


「23歳のとき、都会で一人暮らしをはじめました。ちょうどバブルだったので、ディスコで踊ったり、旅行に出かけたり、ようやく『The青春』でしたね。恋愛や同棲もしたんですけど、過去のトラウマからか結局うまくいかなかった。仕事ではパワハラにセクハラ、それに派遣という不安定な状態で結構メンタルにくるんです」


 40歳を過ぎたころ、突然の呼吸困難や強烈な不安感に襲われるようになった。収入を途絶えさせまいと無理を重ねて働いたが、45歳で派遣会社との契約が打ち切られる。



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 わずかな貯金を切り崩しながら求職する中、体調が急変して入院を余儀なくされた。そこで突き付けられたのが家族の存在だ。


「家族に入院保証人になってもらう必要があったんです。やむなく母に頼み、当面のお金も貸してもらった。そのとき、みんなで一緒に住もうと言われました。母も70代になっていたし、私はひとりで生きることに限界を感じてた。実家近くで一人暮らしをしていた弟もまだ独身だったので、トントン拍子に話がまとまったんです」



 母と真紀さん、それに弟の暮らしは、まもなく離婚した妹が加わって4人となる。こたつで鍋を囲んだり、そろって花見に出かけたり、当初は和やかな時間もあった。


母の衰えとともに、互いの不満は高まるばかり


 だが、母の衰えと比例するように一家の状況は悪化する。医療や介護にはお金も時間も労力も必要で、誰かがそれを負わなければならない。3人の子どもで3分の1ずつ分けられるという話でもなく、互いの不満は高まる一方だ。


 仕事で疲れた弟が、働かない妹に怒りをぶつける。自己嫌悪に陥る妹は、何かと過去を蒸し返して母に八つ当たりする。弟の機嫌を取り、妹を気遣う真紀さんに、今度は母が嫌味を言う。「苦労して育てたって、なんにもいいことありゃしない」「あんたは女なんだから、どっかの金持ちの年寄りでも捕まえればいいのに」と。


「母の言い草にはすごく腹が立つんです。だけど、今の暮らしとか、この先のことを考えると……」、言い淀む真紀さんの胸中は切実だ。


「私には子どももお金もない」


 2ヵ月に一度、母の年金支給日に束の間安堵しても、すぐに大きな不安が押し寄せる。母の介護度が上がれば自分の心身が危ういし、今でさえギリギリの暮らしは立ち行かなくなるだろう。母が亡くなって年金が途絶えたら、いったいどんな転落が待っているのか。それこそ「金持ちの年寄り」でも捕まえて破綻を免れたいと、下世話な考えさえ浮かぶのだ。


「あと10年もすれば自分が高齢者の仲間入り。でも、母と違って私には子どももお金もありません。昔、毒親だった人が子どもに世話されて、なのに子どものほうは全然報われない。これが現実かと思うと、生きる希望なんてないですね」


未婚で貧困だと無届けホームにすら入れない?


 真紀さんは虚しさを滲ませて薄く笑う。彼女のような状況で高齢期を迎える人たちについて、前出の結城教授はこう懸念する。


「親が亡くなれば子世代は貧困に陥り、自分の老後は真っ暗になるでしょうね。人口減少で労働力や税収が低下しますから、現行の社会保障制度は行き詰まる。一方で未婚率はさらに上昇するので家族による介護も期待できない。将来的に未婚で貧困の人は無届け老人ホームに押し込まれるか、それさえむずかしくなるかもしれません」



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 2025年には総人口の3人に1人が65歳以上の高齢者、5人に1人が75歳以上の後期高齢者となる。50歳まで一度も結婚しない人の割合を示す生涯未婚率の推計は、男性27.4%、女性18.9%だ。


 真紀さんの苦悩は個人的なものだろうか。重荷であり、保障でもある親を失ったとき、果たしてどんな暮らしが待っているのだろうか。



(石川 結貴)

文春オンライン

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