甲子園は「本当に」高校球児のための大会になっているのか

8月19日(日)11時0分 文春オンライン

 第100回全国高校野球選手権記念大会が開催されている。


「私たちは今、100回という、長く、重みのある、歴史の上に立っています」。


 開会式の選手宣誓で、近江高校の中尾雄斗主将がそう語るなど、改めて「100年」という年月の重みを感じずにはいられない大会となっている。いち部活動の全国大会がこれほどの歴史を刻んできた事実には驚くほかない。大会運営にかかわってきた関係者、高校野球界を盛り上げてきた指導者の功績は大きい。


 甲子園の素晴らしさは、高校球児の純粋さ、一生懸命さだ。仲間と苦楽を共にしながら、技を磨き、和を大切にして、一生懸命に取り組む。その姿は、時には戦後復興、災害など、様々な苦しみの中にいた日本人の心に響いた。



近江高の中尾雄斗主将 ©共同通信社


甲子園の「光」にしか目を向けない大人たち


 とはいえ、100年の歴史に、一片の曇りもなかったということではない。


 物事には常に「清」と「濁」があり、「善」と「悪」、「光」と「陰」が混在している。しかし、甲子園においては、その「陰」の部分に注目されることがあまりにも少ない。投手が身体の限界を訴えて、顔を歪めながらプレーをしていても、指導者が「勝利のため」と続投を強いる。あるいは練習時間が度を過ぎるほどになっていても、子どもたちの「勝利への渇望」を煽り、学生の本分を蔑ろにした教育が行われている。メジャーリーグのスカウトに「児童虐待(チャイルド・アビュース)」とまで指摘されているが、日本のメディアは、それをほとんど批判することなく、「感動ストーリー」として書き立てる。高校野球の「光」にしか目を向けないのだ。


 それがこの100年間の裏にある真実である。


「勝利至上主義」が加速した「松井秀喜の5敬遠」の頃


 8月9日に上梓した拙著 『甲子園という病』 (新潮新書)では、甲子園という素晴らしい舞台の「陰」の部分に敢えて光をあて、今の高校野球における問題点を詳らかにした。


 その問題の根底にあるのが、この100年の間に加速した、甲子園における「勝利至上主義」である。


 戦いが始まれば勝利を目標にすることはごく自然な真理だ。甲子園における「勝利至上主義」とは、甲子園で勝たなければ意味がない、敗北に価値はないと考える主義・主張のことだ。勝つことだけにこだわり、それさえ果たせれば他に失われることは考えない。


 92年大会で起きた「星稜・松井秀喜の5敬遠」はその最たるものといえるだろう。試合後、投手に敬遠を命じた明徳義塾・馬渕史郎監督は「勝利至上主義」を口にして批判を浴びたが、「勝つためには手段を選ばない」指導者の存在を印象づけた。高校野球界の勝利至上主義が加速したのは、その頃からではないかと思う。



 有望な中学生の勧誘活動が活発化し、長時間練習、上意下達的な指導が横行し、勝つための戦術も多く生まれた。球児たちは、指導者が考えた戦術に当てはめられるように仕立て上げられた。学生の本分であるはずの勉強時間が大きく削られることもいとわなくなった。そして、いざ勝負をするとなると、強い投手ほど、マウンドに立ち続けることを義務付けられた。勝利が絶対となり、エースと言われた選手は「みんな頑張っているのだから」とチームの命運を背負った。その結果、身体を壊し、人生を棒に振ってしまう球児が数多くいるのだ。



「大谷の再来」と期待されたエースの故障


 勝利を追い求めて苦しんだチームとして思い出すのが、2014年、夏の甲子園初勝利を挙げた盛岡大附属高校だ。当時、盛岡大附のエースだった松本裕樹(ソフトバンク)は右ひじの靭帯に炎症を抱えていたが、2回戦の東海大相模戦に先発した。


 松本は、高校通算54本塁打を放つなど、打者としても好成績を収め、大会屈指の剛腕と評判だった。その活躍ぶりから、同じ岩手県で二学年上の大谷翔平(エンゼルス)に続く二刀流の逸材とプロにも注目されていた。しかし、東海大相模戦では、150キロを持つはずの松本のストレートは140キロに満たないほどにまで球速が落ちていた。それにもかかわらず、続く3回戦でも盛岡大附の指揮官・関口清治監督は松本を起用、すでに限界だった松本は3回途中9失点で降板した。



 大会後、松本が3カ月間の休養を余儀なくされたこともあって、関口監督は、後にこうした一人の選手に偏った起用法を排する方針に切り替えたが、当時はそんな考えには至らなかったと語っている。


「うちのチームには全国で勝てる投手が松本しかいなかった。他にも投手はいたんですけど、2、3番手の投手との力に差があったので、松本が先発するしかなかった」


 そもそも、松本が故障したのは、夏の大会を迎える過程で、関口監督が松本の起用にこだわりすぎたからだ。トーナメント制で一戦の負けも許されない戦いゆえに、監督も松本の不調を知りながらも「甲子園で勝つためには松本が投げなければ」とエース依存に陥っていたのである。盛岡大附はこの「失敗」から学び、エース一人に頼るのではなく、複数のエース候補を育てるチーム作りに方針転換した。


 盛岡大附のように、目の前の勝利を優先して偏った選手を起用することは、甲子園では珍しいことではない。表沙汰にはなっていないだけで、「勝ち」にこだわるあまり、球児を負傷させてしまったり、プロに行ける可能性がありながらその道が閉ざされてしまった「甲子園の犠牲者」とも言うべき球児が後を絶たないのだ。



高校生に「負けられない戦い」を強いている2つの問題


 私は、甲子園が「高校生のための大会」という原点に立ち返るために、解決すべき問題は大きく二つあると考えている。


 一つは、高校野球の年間スケジュールが詰まりすぎていることである。夏の甲子園開催期間中の今の時点で、秋季大会の組み合わせが決まっている地区があるほどで、甲子園が終わって身体を休める間もなく次の大会が始まる。フィジカル的にも、テクニカル的にも未熟な高校生たちはじっくり鍛え上げなければいけないが、3年生が高校野球から引退し、新チームに移行してから3週間ほどで「春の甲子園切符」を懸けた大会に突入するのだ。


 二つ目は、高校野球の大会の多くで採用されている「トーナメント制」だ。つまり、「負けたら終わり」の一発勝負の戦いである。高校球児は、研鑽と経験を積むべき時期に、「負けられない戦い」を強いられている。一年の間でもっとも盛り上がる、夏の甲子園が一発勝負になることはやむを得ないかもしれない。しかし、夏の大会を迎える過程においては、選手を育成するという観点から、見直すことができないだろうか。



夏の甲子園の一本化も視野に


 本来、人は失敗から学んでいくものだが、高校野球の仕組みではそれが許されない。常に安定的に勝てるチームづくりをしなければいけないシステムが高校球児を追い込んでいるのだ。


 夏の風物詩として「夏の甲子園」を守りたいなら、春夏2回ある甲子園を、夏に一本化することも視野に入れて、全体のスケジュールを見直すべきだ。高校球児を育成する「アスリート・ファースト」の視点から、例えば、秋から春までの間はトーナメント制からリーグ戦方式を取り入れ、センバツ大会を開催しないというのも一つの方法だろう。


 敗北が許される環境をつくることで指導者や選手たちが勝利だけを追いかけずに済むようになれば、選手起用の幅は広くなるだろうし、ミスや失敗を許容する環境ができる。短期間でチームを作り上げる必要がなくなるから、勉学とのバランスを取ることにもつながるはずだ。


 いまの制度を何も変えずに、熱中症や投手の登板過多などから高校球児たちの身体を守り、学生の本分を全うさせながら、高校野球の歴史を守り続けるというのはどだい無理な話だ。


 今の甲子園は高校球児のための大会になっているのか。101年目を迎えるにあたり、甲子園を再考しようという機運が高まってくれることを願う。




(氏原 英明)

文春オンライン

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