『モーニングショー』で「甲子園の暑さに耐えるのが教育」元高校野球監督が“極右論客”に! 改憲主張や慰安婦否定も

8月24日(土)16時30分 LITERA

『羽鳥慎一モーニングショー』に出演した野々村直通元監督(8月22日放送回より)

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 第101回全国高校野球選手権大会の決勝・履正社高校(大阪)と星稜高校(石川)の試合が行われ、履正社の優勝で幕を閉じた。


 今回の甲子園でも、球数制限や酷暑の問題など、出場する選手たちの健康を考えるうえで重要な議論が複数噴出したが、そんななか、春夏合計で9回甲子園に出場した経験のある元野球部監督による、呆れ果てるほど時代錯誤な発言が話題となった。


 それは、決勝戦を前に今回の甲子園を振り返る特集を企画した8月22日放送『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)に出演した、開星高校(島根県)野球部元監督の野々村直通氏だ。


 野々村氏といえば、島根県の開星高校の野球監督だった2010年の甲子園で、初戦で21世紀枠の高校に負けた試合後のインタビューで「21世紀枠に負けたのは末代までの恥。切腹して死にたい」と発言し、問題になった人物。そんな人物にいま高校野球について解説させるとは驚きだが、この野々村氏、なんと吉本興業所属らしい。


 それはともかく、問題は今回の発言内容だ。番組では、甲子園球場の過酷な暑さのなかで試合を強行させることに批判の声が起き、甲子園球場をドーム化させる案なども浮上していることが紹介されたのだが、野々村氏はこのように言い放ったのだ。


「いや、もう、ロマンないね。いまの時代の暑い炎天下のことを解決するには、(甲子園)球場を(屋根で)覆ってしまうというのはひとつの策ですよ。だけど、太陽のもとでやるのが僕のイメージ」
「暑いなか耐えて頑張っている高校球児を見たがっている人もいる。そこに感動する人もいる。暑さに耐えるのも教育なんだ」


 これにはコメンテーターの玉川徹や高木美保も失笑。しかし、野々村氏はそんな空気はお構いなく、こんな持論を展開するのだった。


「なにもかもがね、エアコンの効いた、空調のきいたハウスのなかでやるような教育をしちゃダメなんです。だから、『ここまでは限界、でも、もうちょっとやれる』っていうのは、そのために指導者、責任者がいるわけで、そういう判断力のある指導者がこれから出てこないと(いけない)ということですよ」


 そもそも、「自分の能力の限界を超える」練習と、酷暑のなか炎天下で理不尽な試合や練習をすることとは何の関係もないのに、それを平気で一緒くたにしてしまうこの無自覚ぶり。しかも、野々村氏は指導者に判断力さえあれば、大丈夫というのだが、自分の身体でさえコントロールをするのは難しいのに、何十人もいる野球部の生徒についてそんな正確な判断が下せるわけがない。そんなことができないから、日本全国で部活動中の熱中症の事故が相次いでいるのではないか。野々村氏がこんなことを言えるのは、現場にいたのが日本の夏の気候がここまで厳しくなる前だったこと(野々村氏は2011年の甲子園出場を最後に監督を引退している)に加え、ただ運良く事故が起きなかったから、それだけのことだ。


 しかし、野々村氏はそんなことはお構いなしに、自分の考え方を「教育論」として滔々と語り始める。


「いまは逆にね、そこをね、あまりにも優しくし過ぎていると思いますよ。僕は。倒れさすんじゃないですよ。『倒れる気でやれ』と。それだけ高校野球に没頭しなさいということは、この時期の教育で絶対に必要。それをやらなくなって温室育ちするから、非常に弱い日本になっている」



 まるで戦前の軍国教育を彷彿とさせるが、これを聞いて反発したのが高木美保。高木は野々村氏が提唱するような教育を受けた生徒の卒業後を心配し、「その根性で社会に出て行ってしまったときにね、その人が指導者になったら後輩をいじめますよ」と真っ当な反論を展開した。しかし、これに対しても野々村氏はこう反論した。


「そういうことはないですよ。言いがかり。そこまでやった子は、社会でも一生懸命仕事をする。そういう経験をした人は一生懸命仕事をします。それで納税します。立派な日本人になる」


 高木氏が懸念しているのは「一生懸命仕事をするか?」といったことではない。「根性論で勝ち上がった自らの成功体験をベースに、部下や後輩に対して非常に強権的なスパルタ指導を行って傷つけないか?」という懸念である。


 これに対して野々村の回答は「それで納税します」「立派な日本人になる」。ようするに、効率のいい社会の歯車になる、戦前のような国のために命を捧げる捨て駒になれる、と言っているだけなのだ。


 野々村氏のような考え方こそが、健康やメンタルを傷つけても結果を出せ、と迫るブラック企業が横行する土壌になっていることがわからないのだろうか。


 とにかく終始、こんな調子の野々村氏だったが、少なくとも『モーニングショー』のスタジオにおいては、コメンテーターの誰からもまともに取り合われることはなく、コーナーの最後には野々村氏自身も意気消沈した雰囲気を漂わせていた。


 しかし、恐ろしいのは、野々村氏の主張が「時代に取り残された老人の繰り言」ではすまないことだ。


 こういった時代錯誤も甚だしい「根性論」「精神論」は今も中学・高校の教育や、大学の体育会に残っているし、そうした教育論はむしろいま、復権しつつある。


 そして、野々村氏自身もその主張が評価を受け、いつの間にか「論客」としてもてはやされている。もともと、高校の監督室に旭日旗や神棚を飾るなど、ゴリゴリの右派思想の持ち主だったことにネトウヨ系メディアや極右団体などが目をつけ、その反動的な教育論を語らせているのだ。



 例えば、2016年にはあの日本会議系建国記念日奉祝委員会主催で「私の強育論 ヌルいぞ日本!勇気と誇りを取り戻せ!」なる講演を行ったり、「月刊正論」(産業経済新聞社)で、安倍応援団として知られる登山家の野口健氏と対談し体罰肯定論を延々開陳したり。同じく「正論」では、右派のタニマチとして知られるイエローハット・鍵山秀三郎会長のトイレを素手で掃除する例の運動も推奨したうえ、男女差別丸出しのこんな持論を展開したこともある。


〈元来、男は狩猟に適し、女は子供を産み母乳で育てる。これは神が創造した性差である〉
〈野球に例えると、バット=攻撃=とミット=守り=である(笑)。犬もオスは片足を上げ(立ちション?)小用をし、メスは地に伏せる。縄張りを示す(マーキング)オスの攻撃的本性である〉
〈学校現場では、人権平等教育に熱心な先生方から良く注意を受けた。私は訳がわからず困惑したことを思い出す。やはり潜在的に、男は男らしく、女は女らしくありたいと願っていると信じたい〉


 教育論だけではない。「正論」2015年3月号では、「戦後70年と朝日・慰安婦問題」と題する記事で、地元・島根県議会が2013年に出した「日本軍『慰安婦』問題への誠実な対応を求める意見書」の撤回に応じないことを批判する、歴史修正主義丸出しの主張を展開。


 さらには、安倍首相のブレーンである八木秀次、日本会議政策委員の百地章とやはり「正論」の改憲座談会に出席したり、「美しい日本の憲法をつくる鳥取県民の会」設立総会で講演して、改憲の必要性を主張したこともある。


 そういう意味では、野々村氏の存在は、いま、広がっているネトウヨ思想や歴史修正主義、改憲が、精神論と根性論を押し付け、体罰を肯定する時代錯誤の教育論や旧来の体育会的発想といかに地続きでるかという証明でもある。彼らは子どの個を否定し、組織ひいては国家への滅私奉公を迫る。その行き着くところは、「命」すら捧げることを強制した太平洋戦争中の日本の復活なのだ。


 しかも、前述したように、恐ろしいのはその価値観が時代に取り残された老人の繰り言ではなく、むしろ安倍政権以降、どんどん存在感を増しつつある。気がついたら、野々村氏のような間抜けな意見が圧倒的な力をもち、失笑することすらできなくなるかもしれない。74年前までのこの国はそういう国だったのだから。
(編集部)


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