明治150年、歴史とITが融合し会津が新時代へ

8月29日(水)6時12分 JBpress

ライトアップされた「会津さざえ堂」。その脇ではコンサートが行われた。

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 今年は、明治維新150年の年。

 会津では、戊辰150年と白虎隊が自刃した旧暦の8月23日に合わせ、8月25日、26日両日、「TAMASHIZUME(たましずめ)鎮魂祭」が行われました。

 会津さざえ堂は寛政8年(1796)福島県会津若松市の飯盛山に建立された、高さ16.5メートル、六角三層のお堂です。


正宗寺の住職、郁堂が考案

 正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」といいます。

 (重要文化財指定名称は「旧正宗寺三匝堂」)

 当時、飯盛山には正宗寺(しょうそうじ)というお寺があり、その住職であった僧郁堂(いくどう)の考案した建物です。

 かつてはその独特な二重螺旋のスロープに沿って西国三十三観音像が安置されていました。

 参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができると言われていました。

 また、上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、多くの参拝者がすれ違うことなく安全にお参りできるという、世界にも珍しい建築様式を採用されています。

 建築史上その特異な存在が認められ、平成8(1996)年に国重要文化財に指定されました。

 白虎隊が自刃した飯盛山で鎮魂祭を行いたいという市民の想いは以前からありましたが、なかなか実現できずにいました。しかし、IT技術と結びつくことで新しい文化が生まれたのです。


コンピュータ—サイエンスで進化する会津若松

 さざえ堂の中に置かれたライトはコンピューター操作で様々な色を映し出し、参道は市民が作った燈篭や「coder for Aizu」でITを学ぶ子どもたち(Ninja)が作った発光ダイオード(LED)を使った燈籠が優しく愛らしく輝きました。

 ライトアップで使った電気のほとんどは、マイクロ小水力機や太陽光発電で蓄電した電力を使い、自然環境にも配慮しました。

 会場では、幼稚園児の白虎隊の演舞やオカリナや口笛、ギター、尺八などの鎮魂ライブが行われ、その後、慰霊・鎮魂の想いと再生エネルギーへの希望を託し、LEDの鎮魂玉を戸ノ口堰に流しました。

 江戸時代の会津には日新館という輝かしい伝統の藩校があり、会津は教育熱心な藩として知られていました。

 しかしながら、明治維新から125年経っても会津には4年生大学がありませんでした。

 ようやく各方面のご尽力により1993年にコンピューターサイエンスに特化した会津大学ができ、今年で25年になります。

 戊辰から150年、会津大学25周年、会津はスマートシティを目指す新しい街に進化し続けています。

 今回の取り組みで、会津に歴史とITが融合した文化がまた1つ生まれたと言っていいでしょう。

筆者:宮森 光子

JBpress

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