『朝生』で問題解決しようとは思ってませんよね?

9月7日(金)6時0分 JBpress

「『朝生』って朝鮮問題を扱っていても、その問題を解決しようって気はないですよね?」(土屋)。 「ない。 他のテレビ局がやらないことをやる。これだけ」(田原)

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 刺激的な報道番組に数多く出演する田原総一朗氏は、歴代の総理大臣が一目も二目も置くジャーナリストだ。だが、番組作りで第一に考えているのは「問題を解決することではなく、いかに他局でやっていない番組を作るか」。その精神には日本テレビの土屋敏男氏も大いに同意するという。「テレビの今」をテーマにした2人の対談の最終回をお届けする。(構成:阿部 崇、撮影:NOJYO<高木俊幸写真事務所>)


「組織」ではなく「変な個人」が新しいテレビを作ってきた

土屋敏男氏(以下、敬称略) 田原さんが12チャンネルでいろいろなドキュメンタリーを作っていた時、たぶん会社はあまり認めていなかったんじゃないですか。

田原総一朗氏(以下、敬称略) うん。勝手にやっていたからね。

土屋 でも、やらせてみたら問題もあるけど面白かったと。

田原 そうね。

土屋 テレビの歴史ってだいたいそうなんですよね。萩本欽一さんの番組だって、『オレたちひょうきん族』だって、スタート前には社内に味方なんて基本的にはいなかったわけです。

田原 フジテレビの『ひょうきん族』はすごい番組だったよね。今のお笑い界を引っ張っているメンバーは、ほとんどあの番組から出ている。

土屋 プロデューサーの横澤彪さんは、あの前に『THE MANZAI』という番組を手掛けているんですが、その頃「漫才は古いものだ」っていうのがテレビ界に認識だった。

 でも横澤さんは、たけしさんのツービートを筆頭に新しい血が沸々と沸き上がりつつあることを感じて、アルファベットで『THE MANZAI』という新しい感覚で打ち出したわけですね。

 このときも社内的には大反対だったそうです。漫才なんて古いと。やるとしてもタイトルは、“東西名人寄席”みたいなものにしろと言われたそうです。だけど横澤さんは、「そんなタイトル、絶対ダメだ」って突っ張って、『THE MANZAI』にする。それによって『ひょうきん族』以降につながる新しい時代を切り開いていった。

 だからテレビって、変な個人が我を張ることで新しいものを生み出してきたんですよね。

田原 組織じゃなくて個人なんだよね。

土屋 「他人と同じことはやりたくない。でもこれは面白い」っていう個人の直感です。だからそれをずっとやっているテレビ東京のバラエティー番組が非常に注目されている。

田原 今でもテレ東は、他所と同じことやったら視聴率は上がらないと思ってる。だから、独自路線でやっているわけです。

土屋 だから話題にもなるし、実は視聴率も稼いでいる。そのスタイルがテレビの本質だと思うんですよ。


編成局長をだまして生放送の最中に「天皇問題」を議論

田原 以前のテレ東は、選挙の投開票日に他局がみんな選挙番組をやっていても、違う番組をやっていたくらいですからね。

土屋 その精神は脈々とつながっていると思いますね。モノづくりにおいては、「今、当たっているものをやろう」っていう発想は一見ビジネスに直結するように見えるんだけど、実は最も生き永らえない方法だと思うんです。他にないもの、他がやっていないものを作ろうという精神が、テレビの世界では特に必要だと思いますね。

田原 『朝まで生テレビ』をはじめて2年目に、昭和天皇がご病気になり、危篤になった。それで僕は、日下雄一という番組のプロデューサーに「今こそ天皇問題をやろう」と持ち掛けた。

 それで日下氏が、編成局長の小田久栄門に、「今こそ天皇問題をやりましょう。戦争責任問題までやらせてください」と談判にいった。そしたら小田久栄門は「ばかやろう」と。当時は今よりも皇室問題はタブー視されていたし、天皇が危篤状態の時に天皇問題を扱うと右翼から攻撃される可能性があった。だからテレビ局の編成局長の判断としては当然ですよね。

 でも日下氏が偉かったのは、「ばかやろう」って言われても引き下がらなかったこと。4〜5日たったら、また行く。そして「ばかやろう」と。また数日たったら行く。また「ばかやろう」。

 4回目は僕が一緒に行って言いました。「小田さん、企画変えた」と。「次のテーマはオリンピックと日本人、これでやろう」と。その年はソウルでオリンピックの年でしたからね。小田さんは「それは面白い」と言った。

 そこで僕は続けた。「だけど、小田さん。『朝まで生テレビ』は生放送だよ。始まるのは、夜中の1時過ぎだ。その時間、あなた寝てますよね。終わるのは朝の5時。その時間もたぶん寝てますね。生放送の途中で内容が差し替わってもあなたは気が付かない。そのぶん、責任もない」と。そうしたら「俺をだますのか。けしからん」と怒った。

 でも小田久栄門は、「もしかしたらだまされるかも」ということを承知の上でOKしたんだね。当日の新聞のテレビ欄に載ったタイトルは『オリンピックと日本人』。で、本番が始まってオリンピックの話題を40〜50分やったころで僕が、「今日はこういうことやる日じゃないんじゃないか。天皇問題をやろう」と切り出した。それで、あらかじめ待機してもらっていた大島渚野坂昭如らに出てきてもらい、天皇問題を扱ったわけ。

土屋 あり得ないですよね。天皇問題を、ましてや生放送の番組中に突然始めちゃうなんて。

田原 ところがね、テレビで天皇問題を議論するなんていうのはパネラーの人たちも初めてでしょう。みんな、なかなか議論に踏み込んでいかないんですよ。そしたら日下プロデューサーがCM中に出てきて、「あなたたちが『やろう』って言うからやったのに、周りばっかり回ってる。まるで皇居マラソンじゃないか。もっと思い切って踏み込めよ」と一喝した。それで、みんな恐々入ってきてなんとか議論になった。この回は視聴率も高かったんですよ。

土屋 きっとその回を見た視聴者は「とんでもないことが、今ここで起きてる」と思って受け止めたはずです。それがまさにテレビだと僕は思うんですね。


「田原さん、悪いけど大晦日にもう1回やって」

田原 面白いのはね、月曜日に小田久栄門に謝りに行ったんです。「だますことになって申し訳ない」と。そしたら小田さんはこう言った。「田原さん、悪いけど大晦日にもう1回やって」。

土屋 田原さんや日下さんという個人の力があったからこそ、生放送の途中で天皇制を扱いだすという無茶が出来た。これは組織としてはできませんよね。

 さらに、最初は反対していたのに、「数字も出て反応もいい。だったらもう一回やってくれ」って踏み出せる小田さんのような幹部がいた、というのも『朝生』という番組のパワーの元だったんでしょうね。

田原 『朝生』はいろんなことが出来たんですよ。

 例えば、野坂さんが番組の途中で差別用語を連発するわけ。放送禁止用語だから、司会の僕が放送中に「申し訳ない」と言えば済むことなんだけど、言わなかった。なぜ放送禁止用語があるのか、バックに差別があるからだ、じゃあ差別ってなんだ、ということで被差別部落問題をやろうと考えた。

 ここでも日下さんは偉かった。部落差別問題に取り組む団体はいくつかあって、社会党系の部落解放同盟、共産党系の全国部落解放運動連合会、自民党系の全日本同和会はお互いに仲が良くなかった。顔を合わせれば乱闘になることもある。

 だけど日下氏が、3つの団体と半年かけて交渉してついにOKをもらってきた。それで、被差別部落問題をバーンとやった。

土屋 当時は僕ももう日本テレビに入っていましたが、「次回の『朝生』は被差別部落問題だって」って聞いて、ええって思いましたものね。タブー中のタブーみたいに思われていた問題に正面から切り込んで、各団体の代表を呼んで議論させるわけじゃないですか。その『朝生』が発する熱というか、テレビがやり得る幅を見せてもらったことは、僕らにとってもすごい希望でした。

田原 でも失敗した回もあるんですよ。例えば北朝鮮と韓国の問題やろうとして、北朝鮮系の朝鮮総連、韓国系の民団の代表に来てもらって議論してもらった。正直に言えば、大ゲンカしてもらおうと思った。

 そしたら、意外に仲が良くてケンカになんないんだよね。結局、同じ朝鮮半島出身の民族ということでお互いに理解し合って。そして総連・民団とも一致して「日本が悪いんだ」ってね。

土屋 『朝生』って、ある種すごいトリッキーだと思うんですけど、例えば朝鮮問題を解決しようって気はないわけですよ。

田原 ない。

土屋 要するに「ケンカをしてくれたらテレビとしては面白いだろう」ということですよね。

田原 他のテレビ局がやらないことをやる。これだけ。

土屋 そうなんですよね。

田原 僕のやっていた『サンデープロジェクト』は宮澤喜一さんや橋本龍太郎さんといった現職総理を失脚させた番組だけど、晩年の野中広務さんが言っていました。「田原さんは、国対委員長だ」と。要するに、金曜日に与野党が懸案事項を何とかまとめて玉虫色の結論を出す。それを僕が日曜日にぶち壊している。月曜日からの国会は大混乱だというわけね。

土屋 その田原さんのモチベーションって、別に日本の政治を憂いてるからでもなんでもないわけですよね。「面白い番組を作りたい、他の人とは違う報道番組で作りたい」という思いから相手を挑発するわけですよね?

田原 そう。国会で決まったことをぶち壊してやろうと。

土屋 こんなラジカルことないですよね。

田原 それが面白いでしょ。

土屋 その過程がテレビで見られるから、「テレビが面白い」ってことになるわけですよね。

 池上彰さんの選挙特番なんかでも、敗戦濃厚な候補者が、池上さんのインタビュー中継を拒否する過程までリアルに映し出しちゃう。結局、選挙に勝った人を映すより、そこが一番面白かったりする。だから、そのときの常識のテレビじゃないことをやる人が、実は一番テレビ的なんですよね。

田原 僕は「ぶち壊したい」と思うほうだけど、彼は「ぶち壊したい」とは思ってないでしょう。僕とはタイプが全然違うけど、池上さんは何が面白いかはちゃんと心得ている人ですよ。


常識や既成概念をぶち壊した人間が次のテレビを作ってきた

土屋 テレビの世界のものづくりって、そういうことだと思うんです。少なくともテレビの歴史を振り返ると、間違いなく、誰もが「当たり前だ」と思ってる常識や既成概念をぶち壊した人間が、次の時代のテレビの主流を作っていた。そういうということを65年、ずっと繰り返してきたわけだから。

田原 今、テレビがヤバいのは、どうもぶち壊す人間があんまり出てこないことなんですよ。ぶち壊さなきゃ、新しい時代は来ないですよ。

土屋 田原さんは東京12チャンネルで「こんなもんテレビじゃない」って言われたはずだし、僕も『電波少年』の初期は「こんなもんテレビじゃない」って言われた。でも実はそれが次のテレビだった。

 だから今、「こんなもんテレビじゃない」って怒られてる番組があったら、多分それが次の時代のテレビですよ。それが視聴者とつながったときに、「こういう番組を待ってたんだ」って受け取られる。

 そうなるまでは、周囲の98%ぐらいの人間が「こんなもんテレビじゃない」って邪魔するかもしれないけど、そこを突破して抜け出していく隙間をどうやって作るか。そういう力も必要になると思います。

田原 土屋さんの『電波少年』の後、日本テレビでもああいう斬新な番組が出なかった。なぜですか?

土屋 なんでですかね。みんな頭が良くなりすぎちゃったんですかね。

田原 僕はこう思う。ディレクターたちが、「偉くなりたい」と思うようになったからじゃないかって。土屋さんは、偉くなろうって全然思ってないでしょう?

土屋 それは田原さんと同じですよ。田原さんもテレビ東京に昇進しないままずっと最前線にいようと思っていたんですよね。

田原 僕がテレビ東京辞めたのは42歳の時だってけど、その時、僕の同期で、一番出世した男は部長になっていた。まあほとんどは課長か係長。僕だけ平社員だった。

 これは、当時のテレビ東京の暗黙の了解でね、「田原は勝手なことをやってもいい。でも、偉くしない」っていうことになっていた。

土屋 でも面白いことやってた田原さんのDNAって、テレビ東京のDNAとして残っていると思う。だから、今のテレビ東京の個性的な番組があるんだと思うんですよね。

田原 テレビは面白くなかったら滅びますからね。週刊誌だってそう。最近、週刊誌もつまんない。まともにケンカしているのは『週刊文春』くらいじゃない。

土屋 それはテレビと同じで、売れそうな記事を狙いに行って、「こういうネタがウケるんですよね」ってやってるうちはダメだと思うんです。そうじゃなくて、「他の雑誌がやってないことをうちはやるんだ」っていうことを貫ける雑誌が次の時代の週刊誌だと思います。

田原 今や週刊誌のウリが健康問題だからね。週刊誌を読んでいるのが年寄りばかりだから、健康ものは売れるし、安全なんだ。どこからもクレームは来ないし。

土屋 テレビでも週刊誌でも、ターゲット層に合わせにいくというか、「こういうことですよね」つってご機嫌伺いに行くみたいな番組や記事を作っても、絶対に未来はないと思います。それは滅びへの一歩になっているということを、作り手側の人たちは強く意識してほしい。

田原 その通りだよ。せめてわれわれは頑張ってぶち壊していきましょう。

土屋 はい(笑)。

筆者:阿部 崇

JBpress

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