【特別全文公開 #1】西川廣人さんに日産社長の資格はない——グレッグ・ケリー前代表取締役世界初告白

9月11日(水)17時0分 文春オンライン


 日産・西川廣人社長が自身の不正報酬問題を理由に、今月16日付で辞任することを発表した。この疑惑が初めて明らかになったのは、「文藝春秋」7月号に掲載されたグレッグ・ケリー前代表取締役への3時間に及ぶインタビュー記事においてだった。そこで、彼は一体何を語っていたのか。日産問題の核心を広く世に問うため、24時間限定で同記事の全文を公開する。



(本記事は全4本の1本目です)


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 グレッグ・ケリー氏(62)は昨年11月、カルロス・ゴーン前会長(65)の約90億円分の報酬を隠した有価証券報告書の虚偽記載に関わった容疑で東京地検特捜部に逮捕された。


 昨年12月に保釈されて以来、頸椎の治療を受けながら裁判の準備を進めていたが、今回は弁護士が同席する形で、逮捕後初のインタビューに応じた。公開されている写真よりいくぶん痩せた印象を受けたものの、3時間にわたって自身の容疑や西川(さいかわ)廣人社長(65)の関与について語った。


 大手弁護士事務所を経て、北米日産に入社したのは1988年。日産自動車での勤務は30年に及ぶ。法務、人事畑を歩み、ゴーン氏直属のCEOオフィスのヘッドを経て、代表取締役に就任。逮捕時は、ゴーン氏、西川社長に続く日産のナンバー3だった。


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©文藝春秋


ゴーン氏と西川さんと私


ケリー 質問に答える前に、まずは私の経歴からお話したいと思いますが、いいですか。


——ええ、もちろんです。お願いします。


ケリー 私が日産に入社したのは1988年に、あるリクルーターから誘いを受けたのがきっかけでした。「テネシー州に非常に面白い日本の会社がある。ケリーさんに向いているのではないか」と言われ、紹介されたのが北米日産でした。そこでお目にかかった従業員の皆さんの仕事に対する熱心さ、日産に対する献身的な姿勢と忠誠心に心打たれましたし、製造業で世界トップの日本企業でありながら、アメリカの真ん中のテネシー州で働けることは非常にいい機会だと思って入社することにしたのです。


 最初は法務部に配属されましたが、1992年3月から翌年8月までの18カ月間、日本でマネジメントトレーニングを受けました。この経験は私にとって素晴らしいものでした。当時35歳だったのですが、私は出身地のシカゴからテネシー州に引っ越したことがあるだけで、海外に行くのは初めてだったのです。日本でのトレーニングを終えてテネシーに戻ると、人事部門の責任者に昇格しました。


 ゴーン氏のことを初めて知ったのは1999年、彼が日産のグローバルビジネスを視察するために北米を訪れたときです。ちょうどルノーが日産の株式約37%を取得して傘下に収め、ゴーン氏が日産のCOO(最高執行責任者)に就任した時期でした。ただし、個人的に知り合いになったのではなく、彼の存在を知ったということです。


 ともに働くことになったのは、私が北米日産の副社長に就任した2005年でした。そのときゴーン氏は北米日産の社長も務めていたので、初めて2人きりで話をし、「北米における人事は任せる」と言われました。 


 2007年になると、西川さんがゴーン氏の後を継いで北米日産の社長に就任しました。ここで直属の上司と部下になって以来、私と西川さんはビジネス上でかなり近しい関係を続けていくことになります。


 翌年4月になるとゴーン氏と西川さんに引っ張られる形で日本に異動しました。CEOオフィスのヘッドに就任し、その翌年には人事担当の役員も兼任することになりました。



ケリー 「ゴーン氏の右腕であったのか否か」——この質問にはこうお答えします。「彼の右腕だったことは一度もありません」。そもそも、私は代表取締役ではありましたが、日産の最高意思決定機関「エグゼクティブ・コミッティ」のメンバーではありません。そんな私がどうしてゴーン氏の右腕と言えるでしょうか。


 ゴーン氏とは月に2回、45分の予定でミーティングを行っていました。ただ、彼は理解が早いので、いつも30分程度で終わっていました。主に給料やコスト面など私が関わる業務内容について私なりの提案もしましたが、最終的には、彼がきわめてビジネスライクに決定を下していました。状況に応じて追加のミーティングが組まれることもありましたが、それは他の役員も同様で、私が特別多かったわけではありません。


 事前にいただいた質問項目の中に、「ゴーン氏の経営者としての能力をどう思っているか」という質問がありましたけれど、私の答えは「非常に優秀なCEO(最高経営責任者)だった」です。彼は戦略的であり、会社の将来のビジョンをはっきりと持っていましたし、新しいマーケットに入っていくときには、彼の力がいかんなく発揮されました。CEOを務めていた2016年まで日産の売上げは好調で、長期にわたって好成績を維持していました。


 彼はコミュニケーションの仕方がクリアで、人の話を聞く力に長けています。そして、社員のモチベーションを上げることもすごく上手です。彼自身がエネルギーに溢れていましたし、「みんなで力を合わせてやっていこう」と部下を鼓舞するのが巧みでした。


 ぜひ言っておきたいのは、ゴーン氏は部下に責任を押し付ける人ではないということです。「あいつのせいでこうなった」とか「○○の理由で彼のパフォーマンスが悪い」といった話は一回も聞いたことがありません。彼の仕事に対するアプローチは、いつも何が課題であるかを見つけ、それをどうやったら早く解決できるかを考えることでした。そのやり方に長けていたのです。


 もちろん、「彼が完璧な人間だったか?」と問われれば、そうではないと私も言います。完璧な人間などこの世には存在しません。ゴーン氏もそうなのです。



ゴーン氏の結婚は全く知らなかった


——西川氏はメディアの取材に対し、ケリーさんについて、「ゴーン氏の側近として強大な権限を持つ人物」とか、「日産の将来なんて全く考えていない。ゴーン会長のことしか頭にない」などと語っています。11月に逮捕されるまで、ケリーさんをふくめ3人とも日産の代表取締役でした。どのような力関係だったのですか。


ケリー 私の母国では、会社のトップは議論の余地なくCEOです。CEOが経営責任の全てを負い、言い訳ができない立場にいる。ゴーンさんと西川さんが私と同じ立場にあると思ったことは一度もありません。


——西川氏が上司だったことがあるそうですが、ケリーさんと西川氏は同じ立場ですか。


ケリー 彼はゴーンさんの後の日産CEOです。2017年からは彼が最高責任者として会社を経営してきたのです。私はCEOではありません。



——ゴーン氏や西川氏とは、プライベートでも親しく付き合っていたのですか。


ケリー 西川さんとは年に一度、あるいは半年に一度くらい、お互いの妻を交え食事をする関係でした。他の人と一緒に西川さんの自宅に招かれたこともありますが、それほど頻繁ではありません。


 ゴーン氏も西川さんと似て、非常にビジネスにフォーカスしている人です。部下と一緒にお酒を飲んだりすることはありませんでした。彼は日産とルノーという巨大なグローバル企業を経営しており、多忙を極めていました。アメリカの国務長官よりも世界中を飛び回っていたと思います。


——ゴーン氏は、2016年にキャロル夫人とヴェルサイユ宮殿で盛大な結婚披露パーティを開いています。ケリーさんも招待されたのですか。


ケリー 私は、ゴーン氏がいつ結婚したかすら知りませんでした。仕事では近しい関係にありましたけれど、そういったプライベートのことまでは知りません。



「パーキングエリアで停まりなさい」


——ゴーン氏は、高過ぎると批判された報酬を低く見せるために、約90億円を退職後に受け取る「将来払い」にして有価証券報告書に記載しなかったとされます。検察は、ケリーさんをゴーン氏と共謀したとして起訴しました。ケリーさんは、これに対して「事実無根」と否認していますね。まず、逮捕された時の状況を教えてください。


ケリー 昨年の11月、アメリカにいた私の元に、CEOオフィスのヘッドから、「日本に来てミーティングに出席して欲しい」と電話がかかってきました。


 私は困りました。以前から頸椎狭窄症を患っており、両腕もしびれていたので、12月7日に腰の骨を頸椎に移植する手術の予約を入れていたのです。


 体調面を考えると、飛行機に乗って行くことに不安があったので、ビデオ会議での参加を提案しました。すると「会社のチャーター機を出すから(11月19日の)月曜日に日本に着いてほしい。(22日の)感謝祭までにはアメリカに戻れるよう取り計らうから」と説得され了承しました。つまり当初は「3日で帰れる」と言われていたのです。私はふだん民間のエアラインを利用しています。実をいうと、会社が用意した飛行機に乗るのは初めてのことでした。


 逮捕は、羽田空港からタクシーで高速道路を20分ほど走ったときのことです。


「パーキングエリアで停まりなさい」


 突然近付いてきた黒色のバンからこう指示を受けました。それは検察の車でした。


「後でお話をさせていただいてもいいですか」


 私はこう言いましたが、もちろん許されません。そのまま東京拘置所に連行され、独房に入れられました。それから何日間も尋問されたのです。その時の私の気持ちは、とにかくショック。ただその一言でした。


( #2 に続く)


【特別全文公開 #2】西川廣人さんに日産社長の資格はない——グレッグ・ケリー前代表取締役世界初告白 へ続く



(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年7月号)

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