【特別全文公開 #2】西川廣人さんに日産社長の資格はない——グレッグ・ケリー前代表取締役世界初告白

9月11日(水)17時0分 文春オンライン

【特別全文公開 #1】西川廣人さんに日産社長の資格はない——グレッグ・ケリー前代表取締役世界初告白 から続く



 日産・西川廣人社長が自身の不正報酬問題を理由に、今月16日付で辞任することを発表した。この疑惑が初めて明らかになったのは、「文藝春秋」7月号に掲載されたグレッグ・ケリー前代表取締役への3時間に及ぶインタビュー記事においてだった。そこで、彼は一体何を語っていたのか。日産問題の核心を広く世に問うため、24時間限定で同記事の全文を公開する。



(本記事は全4本の2本目です)


◆◆◆


 2009年度から、1億円以上の報酬を得た上場企業の役員は、有価証券報告書への記載が義務付けられた。その年、ゴーン氏は約8億9000万円の報酬を得たことが明らかになり、日本国内のみならずフランス国内でもトップであったため批判の的となった。ゴーン氏はこうした批判を避けるため、「報酬隠し」をしたとされている。


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ケリー 私は役員の総報酬額とゴーン氏以外の役員の報酬はだいたい知っていましたから、ゴーン氏の報酬額を類推することはできました。あくまで推測と断っておきますが、開示義務が施行される前は20億円くらいだったと思います。


 私は専門会社を通じて世界の自動車業界トップの報酬について調べたことがあり、それに比べてゴーン氏の報酬は、業界の中では見合ったレベルと言えるものでした。仮にゴーン氏から、「どう思う?」と尋ねられたら、「適当な水準だと思う」と答えたでしょう。ただ、私は報酬についてアドバイスを求められたことはなく、ゴーン氏の報酬額は彼自身が決めたものです。


 ゴーン氏が懸念していたのは、ルノーの大株主であるフランス政府の反応でした。20億円もの報酬をもらい続ければ、自分の地位も危うくなると危機感を抱いていたのです。開示義務の施行後、ゴーン氏はルノーからのものも含めて約10億円まで報酬を下げました。


 実は、報酬を大きくカットした後、ゴーン氏から「法の範囲内で報酬を得る方法を模索して欲しい」と依頼を受けたことがあります。私は信頼できる弁護士に調査を頼みました。その時は、子会社から報酬を受け取る方法などを検討しましたが、いずれも法的に難しいことがわかり、その話は無理だという結論に至りました。



©文藝春秋


退職後の報酬は「雇用契約」案で提示したこと


——それで退職後に支払うことになったのですか。


ケリー いいえ、ゴーン氏の退職後の報酬の話が持ち上がったのは、こういったことがあった後、2011年の夏から秋頃です。人事担当である私の仕事は、いい人材をリクルーティングして、いい人材にいい教育を与え、そして、いい人材の流出を防ぐことでした。ゴーン氏は当時、57歳で自動車業界のCEOとしては2番目に若く、かつまた2番目に長いキャリアを積んでいました。そしてその当時は、60歳になる2014年には退社すると見られていました。ゴーン氏がライバル会社に引き抜かれたら大変なことになります。これは現実的な危機感として、西川さんはじめ日産の経営陣が共有していたことでした。


 ルノーとの提携は素晴らしいもので、日産にとってもルノーにとっても非常にいいことだったと私も思っています。しかしルノーは約43%の株式を保有し、日産の役員人事の過半数を押さえれば、日産の経営権を完全に握ることができました。さらにルノーの背後にはフランス政府もいる。現に2015年には、フランス政府から経営統合のプレッシャーもありました。仮に(ルノーCEOを兼務していた)ゴーン氏がいなくなったら、日産の独立性をどうやって担保できるのか。役員たちの頭を悩ませる非常に大きな懸念事項だったのです。


 2011年6月に代表取締役に昇格した西川さんも、ゴーン氏の報酬が高いことは意味のあることだと考えていました。彼はルノーの役員(2006年〜)でもありましたから、ゴーン氏が退社した場合のリスクを肌身に感じ、誰よりも日産が置かれた状況を深刻に捉えていたのです。


 西川さんと私は経営と人事のトップとして、ゴーン氏が退社するリスクをいかに最小限に抑えるか議論を重ねました。その一つの案として2011年夏過ぎに西川さんと私の2人で考えたのが、ゴーン氏と退職後に「アグリーメント(EMPLOYMENT AGREEMENT=雇用契約)」を結ぶ方法でした。



——アグリーメント? それは何ですか。


ケリー 退職した後もゴーン氏が日産にとって、とても重要であり、かけがえのない存在であることを伝えるための書類です。西川さんから「たたき台となるような案を作って欲しい」と依頼され、私がA4の紙2枚の書類を作成しました。


 この雇用契約のたたき台では、まずゴーン氏に対して、最高顧問兼名誉会長への就任を提案しています。彼はさまざまな政府と交渉することができますし、独自のネットワークで優秀な人材を雇うこともできる。もちろん、ビジネスのアイデアもある。最高顧問として、広い意味で日産のためのコンサルティングを求めたのです。


 そして最も大事なことは、日産と競争関係にならないことを約束してもらうことでした。日産との競業禁止の契約があれば、日産にとって大きな価値があるというのが西川さんと私の考えでした。


——書類には、退社後の報酬についても書かれているのですか。


ケリー 金額も書いてあります。コンサルタント料などの報酬です。この書類には西川さんから承認のサインももらっています。


日産の代表として「誠意」を見せたサイン


—その書類のことは検察から聞かれていますか。


ケリー ええ。ただ、ゴーン氏の退職後の報酬については、私はこの書類のことしか知りません。他に書類があるのかどうかわかりませんが、私は一切タッチしていないのです。もうひとつ言っておきたいのは、この書類が作成されたのが2011年の11月終わりだということです。検察は2011年6月までに共謀が成立したと言っているようですが、この書類は6月時点ではまだ作られていませんでした。



◆◆◆


 後日、ケリー氏の弁護士に書類の確認を求めたところ、書類には次のように記されていることが判明した。


〈日産は、ゴーン氏が日産のビジネスに重要な貢献を続けることができると認識しており、ゴーン氏を取締役ではない立場で雇用することを望んでいる〉


 契約項目としては、「ビジネス戦略」「広報活動」「政府との交渉」などとあり、その報酬は、10年間の契約で一時金として「30億円」(「30 oku yen」)、加えて各年の年間報酬として「3億円」(これは目標を達成した年には5億円まで増額される)。ただし、この報酬額は、青インクのペンで修正され、それぞれ4000万米ドル、400万米ドル(増額は600万米ドルまで)と書き換えられていた。さらにリオデジャネイロ、パリ、レバノンの不動産所有権の提供も報酬の一部として記されていた。


 書類の最後には、西川氏のものと思われるサイン(筆記体で「Hiroto Saikawa」)もある。


◆◆◆


——西川氏がサインをした時の状況を詳しく教えてください。その書類のやり取りは横浜の本社で行われたのですか。



ケリー そうです。ゴーン氏と西川さん、そして私のオフィスは日産本社の同じフロアにありました。角にゴーン氏の広い部屋があり、少し離れたところに私と西川さんの部屋が隣同士で並んでいました。私は隣にある西川さんの部屋に行ってたたき台の書類を見せ、西川さんはそれを注意深く読み込んだ後、サインをしたわけです。


——その書類をゴーン氏にも見せたのですか。


ケリー 西川さんがサインした後、ゴーンさんに書類を見せると、自ら修正を加えました。その時、30億円を4000万米ドルとペンで書き換えたのです。


 ゴーン氏の修正を受けて書類を打ち直し、西川さんにゴーン氏の修正内容を確認してもらいました。西川さんはOKし、再度、承認のサインをして最終的な契約書案になりました。ですから2011年の書類について、西川さんは何度も確認した上でサインを2回しています。ゴーン氏がサインをしていませんから、契約内容は確定していません。西川氏は日産の代表として、ゴーン氏がこれだけのことをしてくれれば、これだけの報酬は支払うと誠意を見せたということです。


 ゴーン氏の部屋を訪れた時は、私ひとりだったと記憶しています。ただ、西川さんはすべてを承知していました。


——法的な拘束力のある契約書にしなかったのはなぜですか。


ケリー 我々は、ゴーン氏が退社するまで法的に契約を結ぶ権限はありませんでした。そのとき西川さんと私が日産にいるかどうかもわかりません。ですから支払いを始める日付や、西川さんのサインの下にある日付の欄は空白のままなのです。



——検察は、退職後に支払われる「将来払い」の分を隠したとしてケリーさんを追及しています。正式な契約書にしなかったのは、将来払いの約束とみられることを避けるためではないのですか。


ケリー その将来払いの話ですが、検察はどうやって約90億円という金額を計算したのか、まだ理解に苦しんでいるところです。


 将来払いという発想は、西川さんにも私にもありませんでした。そもそも私はゴーン氏が報酬をどれだけ減額したのか正確には知りませんし、この書面は、あくまでも退職後の仕事に対する対価を提示し、またゴーン氏に退職後も日産と関係を持たせる引き留め策として考え出されたものなのです。それにあくまでも退職後に結ばれる予定の契約ですから、ゴーン氏は退職後にサインすることになっている。ゴーン氏がサインして初めて報酬も確定するのです。


 その後、この書類は折に触れて修正が加えられ、ゴーン氏によって一時金も6000万ドルまで引き上げられました。2013年と2015年に修正された書類には、西川さんとともに私もサインをしています。


——その時は、西川氏と2人でゴーン氏の部屋に行ったのですか。


ケリー そうですね、たしか2015年には、西川さんと2人でゴーン氏の部屋に行ってサインをしました。


——契約の中身について3人で議論をしたのですか。


ケリー そのときはそれほど議論した記憶はありません。それまでも何度かやり取りされたものですから、内容についてはお互いに理解をしていました。



——13年と15年に加えられた修正とは、何なのですか。


ケリー 大筋は同じ内容ですが、13年と15年のものは、弁護士事務所に依頼してより詳しい文書を作ってもらったため、全体の紙数が増えています。


——修正は西川氏からの提案で行われたのですか。


ケリー 彼からのリクエストではありません。ただ西川さんも修正が行われていることは知っていました。西川さんは、ゴーン氏の退社にかかわる件を含め、社の機密に属する事項について、ゴーン氏と定期的に話し合っていて、いつも私に最新の状況を知らせてくれていました。私はこうした件について、何度も西川さんからメールを受け取っています。


 ほかに知っていたのはCEOオフィスのヘッドと、書類を作成したレイサム&ワトキンス法律事務所(日産の法律顧問)です。ただ、彼らによる細かい法的な文言などについては、私も西川さんもあまり深い関心を持っていませんでした。



西川さんが無実なら私も無実のはず


——西川氏は、「ゴーン氏への権限の集中が不正の温床になった」と批判しています。この言葉についてどう感じますか。


ケリー 私は違法なことをしたとは認識していません。私と西川さんの2人が2011年から取り組んできたのは、合法的な枠組みの中でどうすればゴーン氏に日産と関係を持ち続けてもらえるか。それだけなのです。


——西川氏はメディアの取材に対し、不正について初めて知ったのは昨年10月のことで、社内調査の結果を聞いて「何なんだ、これは」と驚いたと語っています。しかし、今のケリーさんの話では、西川氏は、そもそも雇用契約を提案した一人であり、「将来払い」とは考えていないはずだということですね。


ケリー ええ、その通りです。もっとも、私が西川さんと最後に話したのは昨年9月ですから、昨年10月に西川さんがどう思ったかについてはお答えできません。


 実は昨年、私は、ゴーン氏の引き留めを確実なものにするために、これまでと異なる提案を盛り込んだほうがいいと考え、西川さんにその案を説明し、11月に詳細を詰める予定でした。しかし、この事件のために実現しなかったのです。


——有価証券報告書の虚偽記載について、元CEOオフィスのヘッドと元秘書室長は罪を認めて司法取引に応じています。ケリーさんは、無罪を主張しますか。


ケリー 私は完全に無罪だと申し上げます。独房に入れられている時は、「なぜ私は西川さんと同じ場所にいないのだろうか」と思いました。西川さんと私は全く同じ目的であの書類を作成していましたから。西川氏が逮捕されないのなら、私も逮捕されないはずです。


( #3 に続く)


【特別全文公開 #3】西川廣人さんに日産社長の資格はない——グレッグ・ケリー前代表取締役世界初告白 へ続く



(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年7月号)

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