ナイナイ岡村隆史が『PRODUCE 101』で韓国人練習生らにセクハラ・差別連発で炎上! 日本のお笑いの差別性・後進性が世界にダダ漏れ

9月20日(金)16時15分 LITERA

岡村の差別的発言で大炎上(『PRODUCE 101 JAPAN』番組HPより)

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 韓国の人気オーディション番組『PRODUCE 101』(Mnet)の日本版『PRODUCE 101 JAPAN』(TBS)の司会ぶりをめぐって、ナインティナイン、特に岡村隆史が大炎上している。


『PRODUCE 101』はこれまでシーズン4まで制作されている人気オーディション番組。シーズン1のI.O.I、シーズン2のWanna One、シーズン4(タイトルは『PRODUCE X 101』)のX1といった番組から誕生したグループは、どれもグローバルな人気を獲得している。


 なかでも、AKB48グループとコラボし、『PRODUCE 48』のタイトルで制作されたシーズン3から生まれたIZ*ONE(日本からはHKT48の宮脇咲良、矢吹奈子、AKB48の本田仁美が選出)は、デビュー直後から日本でも女子中高生を中心に圧倒的な支持を獲得。多くの女性ファッション誌で表紙を飾っている。


 その『PRODUCE 101』の日本版『PRODUCE 101 JAPAN』が制作されるにあたり、MC(国民プロデューサー代表)にナインティナインが選ばれた。放送自体は今月25日深夜からのスタートだが、収録はすでに進んでおり、今月14日には初めての公開収録がおこなわれた。そこでの岡村の発言に怒りを覚えた公開収録参加者が次々とSNSにその内容を投稿し、問題発言が発覚したのだ。


 投稿によれば、岡村はオーディション参加者(練習生)に向けてセクハラ発言を連発。ステージ上で男性器の名称を何度も口にしたうえ、練習生に向かって「ちくび見えちゃいそうだね」「曲中に下脱ぐの?」「お尻ザラザラやろ」といった言葉まで投げかけたという。


『PRODUCE 101 JAPAN』は男性アイドルグループのメンバーを選ぶオーディションだが、同性同士であろうと、こんなハラスメントが許されるわけがない。特に、『PRODUCE 101 JAPAN』は応募時点で芸能プロダクションに所属していないことが参加条件となっており(本国の『PRODUCE 101』は基本的に事務所に所属している練習生の間で競われる)、彼らには守ってくれる後ろ盾がなにもない。


 その状況で吉本興業所属の大物芸人からどんなひどいことを言われても、練習生には対抗する手段がない。そうした権力構造のなかでこのような発言がおこなわれることは、セクハラであると同時に、許しがたいパワハラでもある。


 そしてもうひとつ、さらに許しがたいのは、海外からやって来た練習生に対して差別的な絡み方をしていたということだ。


『PRODUCE 101 JAPAN』には、日本以外からも、韓国、カナダ、フィリピンから練習生が集まっている。岡村は彼らに対し、差別以外のなにものでもない「イジり」をしていたというのだ。


 たとえば、韓国出身のキム・ユンドンやカナダ出身のアルジャマ勇心に対しては、得意ではない日本語で一生懸命話しているのにも関わらず、「何を言っているかわからない」などと、日本語が拙いことを茶化すような発言をしていたという。


 また、日本語の堪能なイ・ミンヒョクに対しては、何度も、「パク・チソン」(京都パープルサンガやマンチェスター・ユナイテッドで活躍した韓国を代表するサッカー選手)と呼んでいたとの証言がある。


 母語でない言語の拙さを揶揄することも、外国人の名前をわざと間違えることも、れっきとしたレイシャルハラスメント、人種差別そのものだ。


●同じ国民プロデューサーありながら、真逆だった岡村とイ・ドンウク


『PRODUCE 101』シリーズには毎回、世界中さまざまな国から練習生が集まり、日本人が参加しなかったシーズンはひとつもない。シーズン2の高田健太(JBJ95)やシーズン3の高橋朱里(Rocket Punch)など、惜しくも落選したものの、この番組をきっかけに別のグループでデビューしてK-POPアイドルになった人もいる。しかし言うまでもないが、『PRODUCE 101』シリーズが長く放送されてきたなかで、国民プロデューサー代表がこんな差別発言をするような場面は一度もなかった。


 歴代国民プロデューサー代表のなかでも、『PRODUCE X 101』でMCを務めた俳優のイ・ドンウクは特に真摯に番組に向き合い、名言を多く残した人だが、彼は番組途中でオーディションから脱落して落胆する練習生に対し「落ち込んだり、自分に失望しないでください。皆さんは大切な存在だし、愛される資格があります」「ここを出たら、目標を失ったように感じるだろうけど、世界は思ったよりも広い。君たちがここで過ごしてきた時間は、人生の0.0001%にも満たない瞬間だ。外はより大きな世界だということを忘れずに、これからも夢を追い続けてくれ」と声をかけ、それはシリーズのなかでも屈指の名場面として『PRODUCE 101』シリーズのファンから愛されている。


 こうした人間ドラマが『PRODUCE 101』シリーズの魅力であり、国民プロデューサーは、人生を懸けたオーディションに挑んで精神的に不安定になる練習生の背中を優しく押す役割を担う存在である。


 しかし、ここで岡村が担ったのは、「強者が弱者を嘲笑する」という、極めて日本的で、世界的な基準ではもはや時代遅れ以外のなにものでもない「お笑い」の定型だ。


『PRODUCE 101』シリーズから生まれたグループはグローバルな活動をすることになる。『PRODUCE 101 JAPAN』も放送前から日本や韓国のみならず世界中から注目されている。


 そうした番組の収録で、以上のような発言がおこなわれ、大炎上したということは、日本のバラエティ番組がいかに遅れた感覚でつくられているかを示す象徴的な出来事といえよう。


●岡村の差別・ハラスメントの背景にある日本のお笑い・バラエティの構造


 実際、ここでナインティナイン(特に岡村)がおこなった絡み方というのは、日本のバラエティ番組のなかでは、ごくごく一般的に見られるものだ。


 今回、『PRODUCE 101 JAPAN』の公開収録に参加した人たちは、普段からK-POPに親しみ、『PRODUCE 101』シリーズのファンが多かったはずだ。K-POPのアーティストやファンはジェンダーや人種差別といった問題に関して、高い意識をもっていることで知られている。だからこそ、岡村の発言に違和感と怒りを抱き、それを表明することができた。


 しかし、もしも日本のお笑いやテレビしか知らないオーディエンスであったら、「バラエティとはそういうもの」として見過ごされていた可能性もある。


 事実、今回の炎上を受けてなのか、SNSには〈日プ(引用者注:『PRODUCE 101 JAPAN』の俗称)の反応見ていてポリコレ棒振りかざし民多いんだなぁ感ある〉といった投稿も見受けられた。


 本サイトでは、『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』(Amazonプライムビデオ)などに見られる、松本人志の圧倒的な権力を背景とした、差別やハラスメントによる笑いの構造を批判してきた(https://lite-ra.com/2018/02/post-3817.html)。


 岡村が『PRODUCE 101 JAPAN』の公開収録でおこなったことは、こうした日本のバラエティの体質の延長線上にあるものだ。「強者が弱者を貶め、視聴者はそれを見て笑う」という構図、枠組みのなかでコミュニケーションがおこなわれ、ハラスメントや差別も、「笑い」の名のもとに免罪されてしまう——。


 実は、こうした差別・パワハラ的な笑いの悪影響について、フォーリンラブのバービーが鋭い指摘をしていた。


●フォーリンラブのバービーが語った“自虐ネタ”の差別加担


 8月30日放送『ACTION』(TBSラジオ)に出演した際、パーソナリティを務めるライターの武田砂鉄に対し、バラエティで定番の“外見いじり”や自身の“自虐ネタ”について、バービーはこう語ったのだ。


「1回コメントをもらったことがあるんですよ。私がテレビでギャンギャン“ブス”とか“デブ”とかいじられているのを見て、女の子からのコメントで「私はバービーちゃんのことそんなにブスだと思ってないし、私と同じぐらいだと思っているから、私が『ブス』『デブ』と言われているように感じてすごくショックだった」っていうコメントをもらって。
 そのときに、自虐はいけないなと思ったのと、やっぱ自虐してるっていうことは、物差しをもっているわけじゃないですか、ここからはいじっていいとかダメとか」
「だから、『すべての人は平等ですよ』と言っているわりに、その自虐の物差しは許されるっておかしいなっていうのは気持ち的にはあって」


 ようするに、お笑い芸人やタレントの差別に対する意識の低さはテレビのなかの話だけでは済まないのだ。お笑い芸人やタレントの差別的な言動は、テレビを通して大衆のなかにある劣情・差別意識にお墨付きを与えることになる。社会のなかで差別に対する許容範囲がいったん広がればまたお笑いやテレビにフィードバックされ、芸人たちはさらに過激な差別的言動をみせる。


 しかも、芸人たちは「コンプライアンスが厳しくなってつまらなくなった」などと嘆いてみせるが、むしろ逆で、こうしたいじめ、差別的な笑いはこの間、どんどんエスカレートしている。岡村にしても、単に意識が更新されていないだけでなく、むしろ悪質化した感すらある。


 いまの日本社会の差別意識・弱者バッシングがどんどんエスカレートして、ほとんど底が抜けた状態になっているのも、こうしたお笑いのありようが影響を与えている面は大いにあるだろう。


 芸人やテレビ番組制作者は、今回の炎上を機に、お笑いのあり方をもう一度考え直すべきではないのか。2010年代も終わろうとしているこの時代に、まだ差別的なコミュニケーションに頼って笑いをつくろうというのは、国際社会では通用しないというだけでなく、芸人としての怠慢以外のなにものでもないのだから。
(編集部)


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